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#もう眠副音⑧:医学生に話したこと。

 僕の病院には、ありがたいことに毎年たくさんの医学生さんが見学に来る。僕はえらい立場じゃないので、僕自身が彼ら彼女らに直接お話をする機会ってほとんどないのだけど、ほんとうにごくたまに「将来の進路として腫瘍内科を考えている」とか言う学生さんが来ると、僕のところにお鉢が回ってくる。
 それはこの病院で腫瘍内科医が僕しかいないからなんだけど。っていうか、腫瘍内科医を目指しているのに、なんでうちみたいな腫瘍内科医が一人であくせくやっている病院に見学に来るんだ?というところからツッコまざるをえない。

 先日は、そんな激レアな医学生さんが来て、僕もたまたま時間があったので、いろいろと話をした。キャリアについての話とか、研修の仕方についてとか。
 その中で、「この病院で研修をすると、どんないいことがありますか?」という質問に対して答えたことが、ちょっとみんなにも役に立つかもなと思って、noteにまとめてみる。

 腫瘍内科は、一般的な内科の上にある専門的なキャリアだ。だから、3年目とか4年目とかでしっかりと基本的な内科の知識を得てから、腫瘍内科の専門研修に入らないと、結構苦労をするよ、という話の流れから
「じゃあ、この病院で基本的な内科の研修ができるのでしょうか」
ということを聞きたかったみたい。

 僕は、うーんと考えこんでから、こんなことを話した。

「内科の研修としてうちの病院が優れているかと言われたら、何とも言えないと思う。
 君は、「病気に興味がある」のか、それとも「人に興味がある」のか、どちらだろうね。うちの病院は、本当に「普通の病気」ばかりを診ている。地域密着なうえに高齢者が多いから、受け持つ症例はがんと肺炎と心不全ばっかり。今日肺炎の人が退院したと思ったら、また同じような肺炎の人が入院してくる。使う薬も、検査も、さっきの人と変わらないじゃんっていうのが毎日続く。教科書に出てくるような○○病みたいな特殊な病気の人はいないし、救急だってドラマみたいなエキサイティングな現場じゃない。だから、「病気に興味がある」医者なら、うちの病院はあまり面白くないと思うよ。

 でも、うちの病院がある地域は、ものすごい大富豪、江戸時代から続く地主もいれば、その一方であばら家に暮らす一家や多摩川べりで暮らすようなホームレスまで、本当に様々な人たちがごちゃごちゃに暮らす地域なんだ。芸能人が入院したりはしないけど、「トイレットペーパーの芯を初めて発明した人」とか「ある全国チェーン店のホットドックのパンを、コッペパンからフランスパンに変えた人」とかがいて、そういう人の話ってすごい面白い。もちろんホームレスの方だって、ここに至るまでに壮絶な人生の紆余曲折があって、その話も面白い、というか勉強になる。愛人さんたちがお互いに支え合って療養をしているお爺さんもいれば、天涯孤独で「何のために生まれて来たのか」と問いかけてくる方もいる。元暴力団の方の刺青にメスを入れて縫い合わせないとならないとか(「先生、ズレても大丈夫だぜ」って言ってくれたけど)、まったく言葉が通じないペルー人に余命を伝えないとならないとかもある。
 だから、もし君が「人に興味がある」のだったら、この病院は本当に面白いんだ。

 もうひとつ言えば、うちの病院は在宅部門をもっているから、患者さんの家まで訪問もできる。さっき言った大富豪や地主の豪邸、文化財級の旧家、その一方で今にも崩れそうなあばら家とか、ゴミ屋敷、ネコ屋敷とかにも行ける。玄関開けたらジャングルとか未来都市みたいな家もあって、本当に飽きない。人間ってどんな環境でも生きられるなって思うし、「玄関開けたら異文化ワールド」でさ、川崎に居ながらにして世界中を旅できるんだよ。人の営みって本当に面白い。

 でもね、こういう話をこれまで学生さんにしても、
「はあ・・・」
とか言われて、全然面白がってくれないのね。はじめ、僕のプレゼン能力が低いんだ、面白さを伝える話術が足りないんだなあ~と思ってたんだけど、途中で気づいたのね。ああ、この学生さんは「病気にしか興味がない」んだって。君はどうかな?
 僕は別に、そういう医者も否定はしないよ。病気にしか興味がなくて、その分野を突き詰めていった先に、世紀の大発見!みたいな研究者が生まれるかもしれないし、「神の手」みたいなスーパードクターになる可能性だってある。でも、そういうのを目指す人は、うちでの研修は向いていないし、もっと別の研修先があると思う。僕自身も、病気のことをもっと深く学ぶために、がんセンターに研修に行ったりしたしね。でも、一生を働くならここがいいと思って、今僕はここにいる。

 初期研修のときは、どんな病院で研修してもいいと僕は思う。都内の超有名病院で研修しようが、地方の中核病院で研修しようが、絶対に「優れている」みたいな答えなんてないんじゃないかな。「君に合う病院」はあるかもしれないけど。
 どんなに有名な病院に行こうが、素晴らしい人格者で臨床能力も高い医者もいれば、とにかく仕事をさぼることに全力な医者もいる。その全ての医者から学ぶことがある。そしてそれ以上に、その病院にきている患者から学ぶことがある。だから、どの病院でも学ぶことはたくさんある。
 初期研修で学ぶべきことは、医者としてどのような態度で患者や家族と接するか、患者は何に悩みそれに対し君には何ができるかを学ぶこと。初期研修の時は、珍しい症例をどれだけ診れたか、とか手技を何例できたか、みたいな細かいことが気になるものだけど、そんな些末なことは医者10年もやれば誤差にしかすぎなくなる。それよりは後期研修以降に、自分が一人で責任をもって患者を受け持っての研修の方が重要だと思うよ。ちなみに、優秀な研修医同期とかと自分を比べる必要もないから。それこそ誤差だから。赤ん坊のときに「○○ちゃんは隣の子よりもお座りが上手で~」というのと同じレベルと思っていい。
 僕らの時代は、決まった指導医についてじっくりと背中を見て学ぶ、という研修スタイルではなくなったからね。ある意味「自由」になったけれど、そのぶん自分の頭で、「今の自分に必要な学びは何か?」を考えながら行動しなければならなくなった。その意味では、今後医師のレベルの格差は広がるかもしれないよね。専門医の後ろについて、その専門医の高度なテクニックに見惚れているだけだと、無為な研修期間を過ごすことになるかもしれないよ。その高度なテクニックから、今の自分に必要なものは何か、ということを考えられる研修医が伸びていく。
 あとは情報収集能力ね。インターネットやSNSを通じて、どこで過ごしていても多くの情報に触れられるようになったし、尊敬できる医師に簡単に私淑できるようになった。僕自身、緩和ケアについては多くのネット上の先生方の考え方を読んで、学んだ部分が大きい。自分の情報網を構築していくことが後々に大きく生きてくると思うよ。差がつくのは10年後。目先のことはそんなに気にしない方がいい。

 僕は「地域に密着した腫瘍内科医」としてここにいるけど、それは腫瘍内科のキャリアのひとつでしかないし、あまりスタンダードな道とは言えない。でも僕は「人に興味がある」医者だから、これからもここに居続けると思う。君はまだ学生だし、そんなに未来の道をきっちりと決めなくていいんじゃないかな。いろいろな病院や医者を見て回って、医者にもいろんな生き方があることを知って、どこかで進む道を変更しても全然いい。僕自身もそうだしね。
 その長いキャリアの中で数年とか、もし「人に興味がある」医療をやってみたいなら、うちで研修することも選択肢に入れてくれたら嬉しいな。

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