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雨の日と、優しいタクシー運転手のおじさんの話

※本日は昨日のお休み分の穴埋め更新ということで、普段とは少し毛色の違う思い出話です。

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まだ中国に来て日が浅く、中国語もまったく不得手だったころのことです。その日は朝からパラパラと小雨が降っていました。

当時もいまと同じ東莞市に住んでいたのですが、その日は隣の広州市に所用がありました。まずは市内の高速鉄道の駅に向かうため、僕は自宅のマンションを出たすぐのところでタクシーに声をかけました(当時はライドシェアの普及前でした)。乗り込んですぐ、運転手に拙い発音で「ドングァン、フオチェチャン」(東莞火車站dong guan huo che zhan)と伝えます。

しかし、運転手はなかなか発進してくれません。運転手のおじさんが何やらこちらに説明をしてくるのですが、当時の語学力ではまったく聞き取れませんでした。自分の発音が悪すぎて伝わっていないと思った僕は、とにかく何度も「ドングァン、フオチェチャン」と繰り返しました。

でも、それでも運転手は出発せず、僕に何かを言い返してきます。その口調は怒っているようでも、慌てているようでもありました。僕はひょっとして、この人は何かの事情があって駅に行きたくないだけじゃないのか? と疑いを持ち始めます。しかし、それを問い詰めたり、交渉するだけの中国語力は僕にはありません。

やがて運転手はスマートフォンを取り出し、何かの文章が書かれた画面を見せてくれました。やはり中国語の不得手な当時の僕は、その意味するところがすべてわかったわけではありませんでしたが、「台风」「停运」などの文字があることに気づき、ようやく何が起きているのか察しました。

つまり運転手は、すでに台風予報のために電車が止まっているから駅に行っても意味がないぞ、と教えようとしてくれていたのでした。当時、台風が来るという情報すらつかめていない程度に、僕は何もわからずに生活していました。そして、心の中で運転手を少し疑っていたことを恥じました。

これまた拙い中国語でお礼を言い、タクシーを降りて自宅に戻りました。家から窓の外を見ると、すぐに雨が強くなり、またたく間に大粒の雨となりました。あのまま出発していたら、危ないところでした。先ほどタクシーのあった道を見ましたが、タクシーはすでにいなくなっていました。

いまにして思えば、運転手のおじさんには感謝しかありません。彼からすれば、僕が何を言おうととりあえず駅に連れていき、料金を取ってしまえばいいだけのことです。それで僕が電車に乗れずに立ち往生しようと、知ったこっちゃないはずです。

しかし、おじさんは行っても無駄足だと僕にわざわざ伝えてくれ、しかも粘り強く説明をしようとしてくれました。最後にはスマホを持ち出してまで(たぶん最初は普通話の通じない田舎者だと思われたのでしょうが、どこかの時点で外国人だと気づかれたのかもしれません)、言葉の通じない僕になんとか伝えようとしてくれました。

これもいまにして思えば、あれはまだ右も左もわからないまま中国に暮らしていた時に感じた、最初のわかりやすい優しさだったかもしれません。

あのおじさんは、まだ運転手を続けているでしょうか。なんにせよ、元気にしていてほしいものです。

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