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「エトワールの白い靴」

白い靴、自分が年上の婚約者に初めて贈ったプレゼントである、フランス製のハイヒールが広いタイル敷きの玄関に並べられているのに、晴明は頬を和らげて自分の革靴を隣に並べた。

「おかえり、晴明。もうすぐ晩ご飯だ。お前の好きな舌平目のムニエルだそうだ」
「博雅、ただいま。靴の履き心地はどうだ? そのワンピースもとてもよく似合っているよ」

淡いブルーのコットンフリルワンピースを纏った婚約者に、近い将来夫となる青年は挨拶として頬に軽く唇を添えると、まだ物慣れない博雅のクリーム色の頬に朱が広がる。出会った頃は、三つ年下である晴明の方が、女性にしてはかなり長身の博雅よりも頭二つ分小さかったはずが、今や新緑の杉のように伸びた晴明には全く及ばない。

女学校時代から自分の背丈に引け目を感じていたから、彼と一緒にハイヒールを履いて銀座を歩く日は、十九歳になったばかりの博雅の心が踊る。和光で婚約指輪に買ってくれたピンクパールが、バイオリンを弾きこなす美しい薬指に楚々と嵌められていた。


幕末が終幕し東京に帝都が移って百五十年、源博雅が始祖とする皇の一族が国の頂点に君臨し、主に「神力(かんき)」と呼ばれる超常能力を持つ名門の貴族や騎士達が、絶対帝政の名の下にこの日本を支配してきた。

名家同士の婚姻は政治だけではなく、力の継承としても重要視される契約であり、博雅の何世代も前の先祖から繰り返し、他家との血の交わりが重ねられてきたのだ。


「わたしの幸せな結婚」版二次創作の博雅。女学校在籍の十九歳。


本来であれば、前醍醐天皇の孫で現帝の従姉妹でもある博雅は、次の帝太子の妻ともなるべく雲の上の存在であったが、何故か幼い頃から神力を持たず見鬼(けんき)の才能も持てなかった彼女は、十二歳で迎えた節句にて陰陽師家の頭領、賀茂忠行の養女となるはずであった。

この時代、神力に恵まれ好き政略結婚の道具になれない女性は尼寺に入って髪を切るか、ずっと格下の下級武士や貴族に降嫁する他に道がない。

その悲劇は、帝従姉妹でもある姫でも例外ではなく、それでも実の妹同然に帝の寵愛を受けていた博雅は、彼からの慈悲で賀茂家に嫁ぎ先が決められていたのである。

帝の意図を汲んだ宮内省としては、既に還暦を迎えた白髪に十七の娘を妾に差し出す手段は選べず、忠行とも相談を重ね、その優秀な神力を受け継ぐ息子の保憲に、博雅は正妻として嫁ぐ予定であった。

賀茂保憲はその強い神力をもって、前歴のない三十を前にして主計頭に任ぜられた男である。両親を早くに亡くした博雅の警護役として、長く彼女の成長を見守ってきた。百八十を超える長身で女が騒ぐような甘い顔立ちと見目も良く、帝にも出世を期待される賀茂家の長男とあって、力を持たない姫の夫には最適の物件と言えた。

一時期は本格的に陰陽道を極める修行区間にて、愛宕の山に籠り帝都を離れていたが、十八にてそれを終えて京都の大学院にて教授に就任。従四位に受勲されて、暦博士の名誉を賜ってから、保憲は東京の賀茂家へと戻ったのではあるが。

帝と同じく、かつての主君の血を汲む源家の忘形見博雅を実の妹のように可愛がってきた保憲にはまだ女学校入学直後の彼女を、半強制的に入籍させるつもりは彼には全く無く。

「こんな三十路のオジサンと、若き姫君を結婚なんぞと。姫には余りにも無慈悲ではないですかね」

そう笑って、すっかり保護者として娘を嫁に出すのに渋った彼を前に、さてどうしたものかと宮内省から賀茂忠行へ「もっと若く、才能溢れる能力者はおらんか」と難問を突きつけられていた所へ、強引に割って入ったのが先の安倍晴明その人であった。





こちら、「陰陽師ゼロ」の二次創作小説になります。続きます〜。

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