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「好き」を大切にするということ

2017年の初夏、私はミスチルの25周年ライブ「DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving 25」で東京ドームに行きました。収容人数が5万人を超える大きな会場で、ボーカルである桜井和寿さんの歌声が響き渡りました。

セットリストは25周年記念を飾るのにふさわしく、ファンが喜ぶ曲ばかりが並びました。ヒットチャートを賑わせた大ヒット曲からファン人気の高いマイナー曲、果てはこれまでライブでほとんど披露されたことのないコアな曲までもが演奏されたのです。


ミスチルの大ヒット曲

特に感動したのが、「CROSS ROAD」「innocent world」「Tomorrow never knows」という連続3曲の演奏でした。この流れはまさに、ミスチルの全盛期時代を思い起こさせるものです。

94年の「CROSS ROAD」の100万枚セールス突破を皮切りに、ミスチルが一気にスターダムへとのし上がっていった順番になっていたのです。この3曲を私がきちんと聴いたのはもっと何年も後のことでしたが、この曲がどんなに人気かはもちろん知っています。

ミスチルのファンは30代~40代が一番多いと言われています。この曲とともに青春時代を過ごしたファンがたくさんいたのでしょう。会場のボルテージが一気に高まった瞬間でした。

私はこの日、何度かわからないほど泣いてしまいました。生涯で最高にミスチルを好きな日だったと言っても過言ではないと思います。

思い入れのある曲に涙したり、盛り上がる曲でわあわあと騒いだり、会場中で一緒に手を振ったりしながらこの上ないほどの一体感を味わいました。帰り道はふわふわと夢心地で、まるでお酒に酔ったときのようにとても気分が良かったです。


今を思い出話にされて

その後私はミスチルが好きな友達に会ったとき、このライブがどんなに素晴らしかったかを語りました。この友達はかつて学生時代にミスチルの話をした仲です。

「それでね、『CROSS ROAD』からの3曲が特に良かったんだよ。発売順に続いてて感動しちゃった」

すると友達はにこにこしながらこう言いました。

「ミスチルはそのころが一番良かったよね」
「そうだね、全盛期だったもんね」

うんうん、と二人で頷きながらも、私はなんとなく違和感を抱えていました。この友達はとても性格がよく優しい人なので、絶対に悪気はないのだろうと思います。それなのにこの一言には、なんだかすごくもやっとしてしまいました。


帰りの電車で私は考えました。あの友達がミスチルのファンだったのはもう過去のことで、今はすっかり離れてしまったのだろうなと気付いたのです。ミスチルは好きだったけど、どこかのタイミングで合わないと感じて聴くことをやめてしまったのでしょう。

確かに私たちの世代からしたらあの3曲が出た時期はちょうど音楽に興味を持ち始めるころでしたし、きっと昔話の一環のように懐かしいねという意味を込めて反応してくれたんだろうと思います。

けれども、現在進行形で好きだった私はなんだか「ミスチルの旬はそこだったね」と言われたかのような気持ちになって落ち込んでしまいました。もちろん、これは考えすぎです。

客観的に考えてミスチルのファンでない人からすると、ミスチルの人気が最も目に見えてわかったのはこの時期でしょう。その後HANABIなど他のヒット曲も出ているものの、その時期に大人になりかけている私たちの世代は既に音楽から遠ざかってしまっている人も多いです。

そんなものなのかなと思いつつ、ひとりでミスチルのファンをやるしかなくなっている自分を初めて寂しいと感じました。


高校で再会した友達と

思えばこんな瞬間が前にもあったことを思い出します。中学生のときに私にはミスチルが好きな友達がいました。といっても、そのころはまだミスチルをほとんど私は聴いたことがなかった時代のことです。

友達は一緒にカラオケに行ったときに「名もなき詩」を歌っていました。特に後半にさしかかる早口のパートを気持ちよさそうに歌っていて、私はすごいなと感心したものでした。あまりに印象的だったのでそのことをずっと覚えていたくらいです。

その友達はすぐに転校してしまったのですが、なんと高校生になったときに再び同じ学校に通うことになりました。こんな偶然があるんだと思いつつ、私はまた仲良くなってお昼ご飯を一緒に食べたりしていました。

高校三年生のある日、私はベストアルバムを借りてついにミスチルに目覚めるときを迎えました。受験への焦りですっかり色あせていた私の視界は一気に光を取り戻し、毎日毎日CDを聴いては自分を励ましていました。


私はお昼の時間、友達にミスチルの話を切り出してみます。

「ねえ、中学生のときにミスチル好きって言ってたよね?私、最近ベストアルバム聴いてはまったんだけど」
「そうなんだ。どの曲が好き?」
「うーんと、今聴いてるところだと光の射す方へとかつよがりとかHallelujahが好きかも」
「えっ……光の射す方へ好きなの?」
「そうだけど」

一瞬眉をひそめた友達は、ため息をつくと小声でこう付け加えました。

「あのころのミスチルは壊れてる」

私は思わず言葉をなくしました。ミスチルに関してそれ以上の話ができなくなってしまいます。なんとか違う話をして普段通りに見せていましたが、心の中では動揺を隠しきれないでいました。

今思えば、彼女も既にファンをやめていたのでしょう。


あの頃は良かったよね

一時はミスチルのファンだった二人の友達。けれども離れてしまった今となっては過去のものとして語り、好きでなくなったことを匂わせるような発言もしています。好きになったものはその後飽きたり嫌いになったり、忘れてしまうこともしばしばです。

もちろん私もそうなってしまったものはあります。それは音楽だけでなく趣味でもそうですし、過去に好きだった人も含まれることだと思います。そして好きでなくなったときに悪く言うか、懐かしい思い出として言うかは人によります。

ブームが去ったときになって「あのころの○○は良かった」という人もいれば「○○は終わった」と表現する人もいます。現在もファンである人の前で言っていい言葉かどうかは一目瞭然です。

けれども、私以外にも「あのころの○○は良かった」という響きでもやっとしてしまうファンはいるようです。


これは実際にSNSで見かけた話ですが、ある女の子が傷ついたと言っている投稿がありました。女の子はかつて一世を風靡したバンドのファンでした。今でも活動しているバンドであるものの、当時の活躍しか知らない人に言われたそうです。

「ああ、○○?あのころは良かったよね」

そんなことを冷たく言われた女の子はものすごく怒っていて、言い返したかったと思われる言葉をいくつも投稿していました。

「今でもいい曲作ってるのにあなたが知ろうとしないだけ」
「ファンだった人なら良さもわかっているはずでしょ?」

プロフィールを見てみると、どうしてそんなに怒っているのかがわかりました。女の子は当時まだ幼い子供だったのです。過去にブームを経験している私からすれば離れていく人の気持ちも理解できる気もしますが、女の子のブームはちょうどそのときでした。

好きになったばかりの歴史あるバンドを、過去にファンだった人から昔のバンド扱いされたら私もきっと悲しくなってしまうと思いました。


「好き」を大切にして

好きなものを否定されるとやはり気分のいいものではありません。それは面と向かって嫌いだとか言われることもそうですが、もう魅力を感じないというものであっても悲しくなったりします。

同じバンドが好きでも自分と違う曲が好きな人もいます。かつて好きだった音楽を懐かしむことで今を認められなかったような気持ちになる人もいます。自分には理解できない魅力を感じている人はたくさんいます。

もっとわかりやすいのは好きな人の話をしたときでしょうか。好きな人を友達に紹介してけなされたり、あのころのほうが可愛かったよねとかかっこよかったよねと言われたらどう思うか――私は自分の「好き」を否定されたように感じて、落ち込んでしまいます。

何かを好きでいることはけっこうデリケートな話題なのかもしれません。「好き」を否定されたくなくて自分の好きなものを隠している人も多いでしょう。実際に私自身、公開していないこともあります。

それは単に気付かれたくなかったり、知られたときに引かれたことのあるものだったり、あまり評判の良くないものだったりと人によって理由は様々でしょう。けれどもこれは多かれ少なかれ、誰もが持っている事情ではないかと思っています。


ひとりひとりが「好き」を持っています。そのため、自分が「好き」を主張するのと同じように誰かの「好き」も尊重しないと相手を傷つけることになりかねません。

そして、それはどうやら思ったより大きな問題になったりもするようです。




――私がどうしてこんなことを考えるに至ったかというと、昨晩自分の好物であるぬれ煎餅を「あんなふにゃふにゃなの煎餅とは言えない」と言われたからです。軽く喧嘩になりました。

食卓で「銚子電鉄のぬれ煎餅最高じゃないか!」と声高に主張した私。

そしてまだ仲直りしていません。サドンデスに突入しています。こんなことで喧嘩になるなんていい年してどうなんだろうとも思います。けれどもこれは全面戦争なのです。

食べ物の「好き」をめぐる戦いは特に根深いのです。



そんなことを言ってはみましたが、やっぱり早く仲直りしたいものです。大丈夫、こんなときでもミスチルはいくつも仲直りの歌を用意してくれているのです。

「ひびき」「口がすべって」「あんまり覚えてないや」……今回の状況に一番近いのはおそらく「口がすべって」でしょう。もし真摯に謝りたいのなら「I'm sorry」とこれまたストレートな歌もあったりします。

桜井和寿さん、いつも今の心境にぴったりな歌をありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いいたします。




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