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すあま作、漫画「憧れに、袖を。」を読む


芹那は、学校の内では校則の範囲内で、ロリータファッションを楽しんでおり、学校の外では校則を破って、ロリータファッション専門店で働いている。

主人公は、芹那が美人で優等生だから規範に縛られず、ロリータファッションを着ることも許されるのだ、と思っているが違う。芹那はロリータファッションを楽しむために、上手く世間の規範を掻い潜っている。

芹那も世間の規範からは自由でない。だが、自分の好きな気持ちに正直であるために、自由であろうと努力している。一方、主人公は自ら進んで規範に収まって、自分の好きな気持ちを縛り付けている。

芹那は主人公を、自分の自由の場に誘い入れる。そこでは、好きな気持ちを縛る、規範も世間の目もない。にも拘らず、主人公はロリータファッションを断念してしまう。規範や世間の目は、何より主人公自身の中にあったのだ。

後日、芹那は、ロリータ服を着て一緒に出掛けよう、と主人公を誘うが、主人公はきつい物言いでそれを拒んでしまう。芹那は「ただ友達に好きな服を着て欲しかったんだ」と謝り、悲しそうに去る。

その後、主人公は、主人公が憧れていたロリータ服を主人公に贈るために芹那が努力していたことを知る。

主人公は芹那の友情に気付いて涙し、自分が憧れていたロリータ服を手に入れ、それを着て芹那の家の前に現れる。そして、主人公に嫌な思いをさせたことを気にしている芹那に、一緒に出掛けよう、と手を差し出す。

二人はロリータファッションで街に出掛けるが、主人公は恥ずかしがって隠れてしまう。芹那は、わたしがいるから大丈夫だ、と主人公を励ますが、それでも主人公は不安な気持ちを拭い切れない。

そこへ女児が通り掛かり、二人を見て、かわいい、と言う。それで主人公の不安な気持ちは晴れ、二人は笑い合う。その日のことは、主人公にとって大切な思い出となる。

主人公は幼い頃、かわいい服が好きだったが、級友に、かわいくない、と言われたことに傷付くと、それ以来かわいい服を着なくなる。そして、世間の目を気にし、規範に収まろうとするようになる。

主人公は当初、芹那を敵視しているがそれは、芹那が美人で世間の目を気にする必要がない、と感じているからだ。

しかし実際はどうだろう。美人だからこそ世間の目が集まる、とも言える。そこでロリータ服を着ても、何も問題はないのだろうか。そもそも美人だろうが、そうでなかろうが、ある年齢を過ぎてロリータ服を着ていることは、世間からは白い目で見られがちではないか。

主人公の秘密の落書きを覗き見て、あなたもロリータが好きなの? と話し掛ける芹那の、嬉しさに満ちた表情を見よ。芹那は芹那で、これまで世間からの白い目に耐えてきたのではなかったか。

美人だから好きな格好ができていいよね、とは、ロリータ服好きという特殊な趣味を持つ主人公だから抱く気持ちだ。世間は、美人なんだから普通の格好をしておけばいいのに、と芹那に対して思うだろう。

芹那は、単に美人であることを世間に認められているだけだ。主人公も芹那も、ロリータ服好きを世間に認められていない点で同じなのだが、芹那が偶々美人だったために、主人公はそこに気付けていない。

主人公が、芹那は美人だから、と言った時、芹那は怒る。それは、美人だけにロリータ服を着る資格がある、という主旨に対してだが、それだけに留まらないだろう。芹那は、ロリータ服を着るのに資格が要る、という考えに怒っているのだ。

主人公は芹那に勢いで「私の事 引き立て役としか思ってないくせに」と言ってしまう。しかし、冷静に考えれば、美人の引き立て役にわざわざロリータ服を着せたがる理由はない。

芹那は同じ(肩身の狭い)ロリータ服好きとして、そして友達として、着たい服を着ることを迷う友達の、後押しをしたかっただけなのだ。

後に二人は和解し、一緒にロリータ服を着て街に出掛ける。そこで女児に、かわいい、と言われて二人は笑い合う。この女児は、まだ世間の規範と無縁だった頃の二人を象徴している。

美人だけがかわいい服を着るべきとか、ある年齢を過ぎたら普通の格好をしろとか、そういうことを言うのは世間だ。人は大人になれば世間の中を生きるようになるが、世間の中だけを生きることもない。まして心の中にまで世間を持ち込まなくていい。

いくつになっても、かわいいものはかわいい。世間が言うからではなく、他ならない自分自身がそう感じるから、かわいい。世間がどう言おうと、自分は自分。かわいい服が好きで、かわいい服を着たくて、何が悪い。

きっと、これまでそんなふうに生きてきたのが芹那だ。主人公にとって、芹那は憧れの存在だ。この作品の題名である「憧れに、袖を。」の「憧れ」は、主人公が世間の目を気にして着られなかったロリータ服と、世間の目を気にせずにロリータ服を着る芹那とを表している。

主人公は「憧れ」に袖を引かれ、「憧れ」に袖を通した。自分の好きな気持ちに正直でいられること。そしてそれを後押ししてくれた友達。主人公はその日、その二つの素敵なものを同時に手に入れたのだ。