記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。

タイザン5作、漫画「タコピーの原罪」第16話を読む

時間が戻った先にタコピーの姿はない。だが、タコピーの意思だけはそこにあって、しずかを見守り、話し掛ける。その言葉は、しずかには届いていない。

しずかはタコピーがいたことを覚えていない。しかし、タコピーは時間が戻る前のことを、しずか達と過ごした時間をしっかりと覚えている。

まりなはしずかの髪にドクダミがないことに言及する。それに対し、周囲の女子達は、まりなは何を言っているのか、と怪訝そうだ。

他の女子達が覚えていない、タコピーの存在の痕跡を、まりなは微かに覚えている。もしかしたら、しずかもそうかも知れないが、ここで二人はそれ以上、ドクダミについては何も言わない。

そして、タコピーは東に目を転じる。東は級友達に、昨日ビデオゲーム機の使用を巡って兄と喧嘩した、と話している。

時間が戻る前の東は、もし時間を戻ることがあったら、次のぼくに、兄と喧嘩でもしてみろ、と言ってくれ、とタコピーに託していた。時間が戻る前の東は、兄と喧嘩をすることができなかった。

だから、この、兄と喧嘩した、と話す東は、時間が戻る前の東とは明確に違っている。

級友達に話をしながら、東はしずかへの関心が表れそうになるが、話を聞いた級友達からの反応で、それは阻止される。話の後で東はしずかに声を掛けようとするが、級友に呼ばれ、東はしずかから視線を外し、級友達のほうへと向かう。

ここで、これまでの東がしずかに何を期待していたか、が窺える。

東は母に自分の話を聞いてもらいたいが、何も言えず、母の言いなりになり、それが兄や級友達との関係を阻害し、誰にも自分の話を聞いてもらえない状況に陥っていた。

そこで東はしずかに目を付けた。誰にも目を掛けてもらえない、しずかなら、自分の話を聞いてくれる、と東は思った。

東は、ただでしずかを助けてあげようとしたのではなく、目を掛け、助けてあげることと引き換えに、自分の話を母の代わりに聞いてもらう気だったのだ。

しかし、兄と喧嘩でき、級友達に話を聞いてもらえる、今の東には、もうしずかは必要ない。

東が離れていったしずかを見ながら、タコピーは、きみはいっつも一人だった、と語る。そして、それはまりなも同じだった、とも語る。

場面は、まりながしずかを激しく痛め付けているところに変わる。

それは、まりながタコピーによって殺害される、少し前の場面を思わせるが、時間は昼ではなく夜で、背景に時計が描かれていることから、場所は森ではなく公園だ、と思われる。

つまり、この場面は、まりながチャッピーに自らの手を噛ませた、あの夜に対応している。だが、そこにチャッピーはおらず、代わりにしずかはランドセルを背負っている。

まりなは、家族を返せ、と訴え、シャープペンシルをしずかに突き刺そうとする。タコピーはそこで、ごめんね、と口にする。

地面に投げ出されたランドセルの中からノートが飛び出し、開けたページには、タコピーみたいな落書きがある。まりなは勢いを落として、それに注目する。

まりなは、何それ、としずかに訊く。しずかは、よく分からない、と答える。まりなは落書きの悪口を言う。二人は落書きに見入る。

まりなはタコピーみたいな落書きに、壊滅的にバカで、何もできなくて、ごみくそって感じ、とその印象を語り出す。それを受けてしずかも、でも何かしそう、いっつも付いてきそう、と落書きへの印象を語り出す。

まりなはそれを受けて、バカなのにずっと話し掛けてきて、絶対に帰らない、と語り、しずかは更に、何もしてくれないのに喋ってばかりで、と語る。

そして、「おはなしがハッピーをうむんだっピ」というタコピーの言葉が出てくる。その言葉を耳にした二人の目からは、訳も分からず、涙が溢れ出す。

タコピーは、それがぼくが忘れてしまっていた、一番大切な約束だ、と語り、最後におはなしできなくてごめんね、とママに謝る。

そして、きみ達にしてあげられないことばかりだ、きみ達の家族のことに何もできない、だけど、もう一人じゃない、きみ達がきっと大人になれるように、と語り、しずか達と別の次元から、タコピーは感謝と別れの言葉をしずか達に送る。

並んでそれぞれの家に帰ろうとする、しずかとまりなだが、しずかだけが微かに、その言葉を感じ取る。

時は流れ、二人は同じリボンタイを首に付ける、高校生になった。二人は、互いの家庭の事情を愚痴り合いながら、一緒に買い物をしている。離れた場所にはチャッピーと思しき犬が、寝転がっている。

二人は変わったキャラクターがあしらわれた商品を見付ける。それは、タコピーが二人に差し出したことのある、何の役に立つのか分からないハッピー道具に似ている。

二人は同時に「土星ウサギの声が出るボールペン」とその道具の名称を口にする。しかし二人は、なぜそれが自分達の口から出てきたのか、分からない。そこで物語は終わる。

タコピーはしずか達の前から姿を消した。しかし、ノートの落書きとしては、しずかとまりなの前に現れる。そして、それだけで終わる。

そのタコピーはもう何も喋らないし、何もしない。しずかとまりなも、不可解な涙を流した後は、タコピーについて何も話さず、そのまま忘れていっただろう。

その不可解な涙を経て二人は和解し、友達になったようだ。タコピーはそれまで、まりなやしずかにしようとしてきたことの全てを取り消した上で、二人に不可解な涙を流させることだけをするようにした。

タコピーは、(しずか達に)してあげられないことだらけだ、と語る。それは、タコピーの思いの内がしずか達にしてあげたいことだらけであることの裏返しだ。そして、それらをしようとしたら、どうなったか。

先ず、まりなの母をまりなが殺害しなければならない状況を招き、それから、まりなにその母の後を追わせてしまう。

次の時間では、しずかの首吊りを防ぐが、まりなを自ら殺害することになり、更にしずかを、反社会的存在を越えた、脱社会的存在にまで仕立て上げてしまう。

もしタコピーがしずか達に全く関わっていなかったら、どうなっていたか。

しずかは、タコピーが傍にいる、いないに拘わらず、チャッピーを失う。そしてしずかは絶望して首を吊るが、それは未遂に終わり、一旦地元を離れ、暗く冷たい瞳を宿して帰ってくる。

まりなは、タコピーが傍にいない場合にどうなるかは不明だが、少なくとも母との危機的関係が解決していないことだけは、確かだろう。

そして、まりなが東と再会せずに過ごしたとしても、帰ってきたしずかによって、何らかの過酷な経験をさせられるのではないか、と思われる。

タコピーが傍にいてもいなくても、まりなとしずかは悲惨な運命を辿る。だが、タコピーが傍にいたことで、まりなとしずかは、どちらかが死を被ることになり、より悲惨なことになる。

タコピーが辿り着いた結論は、まりなとしずかの傍に自分がいてはいけない、ということだ。かといって、何もしないわけにはいかない。そこでタコピーは、まりなとしずかの傍に、自分の代わりに誰がいるべきか、と考えた。

そして、まりなとしずかが互いに傍にいるべきだ、と答えを出した。タコピーは、まりなの傍にいた自分と、しずかの傍にいた自分を消し去り、その空白を二人に引き渡し、二人を結び付けた。

二人が流した不可解な涙の意味は、タコピーが消え去ったことを感じ取った悲しみではなく、タコピーが消え去ることで二人が結び付き、互いに欲しかったものが手に入ったことへの感激だ。

二人が欲しかったものとは、家族との軋轢を癒し慰めてくれる、魔法ではない、本心を打ち明けられる誰かだ。

二人が結び付く手続きは、落書きとなったタコピーを二人で一緒に見ることで完了した。二人が認識できない水準で遂行され、完了した手続きによって、唐突に友情が成立したために、その感激が何なのかを、二人はよく理解できないでいるのだ。

まりなとしずかは、互いに一人だったために悲惨な運命を辿らなければならなかった。しかし二人はこれで、互いに一人ではなくなった。

しずかから、その希望であるチャッピーを奪うのはまりなで、高校生以降のまりなの希望を奪おうとするのは、しずかだった。二人は、互いに互いの希望を奪い合う関係から、互いに互いの希望となり、護り合う関係になった。

二人は、ハッピーなどと言ってはいられない、重苦しい状況を生きていて、タコピーのハッピー道具に興味を持つ余裕はなかった。その二人は今揃って、ハッピー道具に似た商品に興味を持つことができている。

まりなとしずかは、着実にハッピーに近付いている。タコピーの目的は達成されつつある。

だが、ここで気になることがある。タコピーが案じていたのは、まりなとしずかのことだけではない。東のこともだ。しかし、ここで高校生の東が描かれることはない。東はどうなったのか。

東のハッピーが、兄と喧嘩できることから始まるのであれば、東もハッピーに近付いている、と思われるが、ではなぜその姿は描かれないのか。

東にとって、兄が「魔法ではない、本心を打ち明けられる誰か」だ。喧嘩できることは、本心を打ち明けられる関係であることの証明だ。

そしてそれが、級友達との関係に繋がり、更にしずかとの関係の断念へと繋がっていく。それは、まりなとの関係の断念でもある。

東のハッピーは、兄との関係、級友達との関係を築くことと引き換えに、しずかやまりなとの関係を断念することが、その成立の条件となっている。

時間が戻る前後での大きな変化は、タコピーの落書き化と、この東の断念だ。この二つが、まりなとしずかのハッピーの成立の条件ともなっている。

まりなとしずかの傍にいるべきでなかったのは、タコピーだけではなかった。東もまた、二人の少女の傍にいるべきでなかった。だから、東はタコピーと共に、二人の少女がいつかハッピーになるだろう物語から、最後に排除されなければならない。

タコピーと東のハッピーと、二人の少女のハッピーは、両立はする。しかし両者は、互いに傍にいては互いのハッピーを破壊することになるから、互いに別の場所で離れて生きるべきだ。物語はそのような終わりを迎える。

まりなとしずか、二人の少女が似た存在だったように、タコピーと東、少女らに惹かれる二人も似た存在だった。設定上の繋がりはないにも拘わらず、タコピーのしずかへの執着は、まるで東のように、異様に深かった。

なぜタコピーの執着は東と似ているのか。そして、なぜタコピーはまりなを殺害し、また東はそれを隠蔽したのか。それらがこの作品を読み解く重要な鍵となるはずだ。

果たして、タコピーとは何者だったのか。タコピーが広めようとしたハッピーとは何だったのか。タコピーの「原罪」とは何だったのか。それは別の記事で改めて論じたい。