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あるびの作、漫画「マユミの肉」を読む

「女の子の肉を楽しめる店」に所属する女性の主人公は、同じく店に所属する女性の、マユミを羨んでいる。マユミは可愛く、客へのもてなしが上手く、また客が何を求めているかにも敏い。そして、自分の提供する肉に自信と拘りを持っている。

そんなマユミに、主人公は世話を焼いてもらい、客からの評判を上げる。

マユミは日毎に厚着になっていく。自分の肉体を切り売りして欠損した部分を、隠して着飾り、客の好みに応じるためだ。時には、欠損がはっきり見えるのを好む客もいるらしい。マユミの客は、着飾った女性の肉を求めているようだ。

主人公とマユミは仕事が終わると、欠損を隠すための衣装や義具を脱ぎ捨て、抱き合って眠った。

主人公とマユミは、一緒に客前に出ることが多くなる。そこで二人は互いの肉に喰らい付き、皮膚を裂いて血を流し合う。それを客達は羨んで見る。主人公は、客を差し置いてマユミを独占して味わっていることに、恍惚とする。

この店に所属する女性は、客に食べられて、遅かれ早かれ、いつか死ぬ。そうなると屑肉として合い挽きにされて、まるで食料店に並ぶ普通の食肉のように、安く売られる。

初心者や、女性を目の前にしてその肉を食べることに抵抗がある人には、こちらが好まれるようだ。だが主人公は、そんなふうになるのを、名前のない肉の塊になることだ、として淋しく思う。

その話を、主人公は一緒に寝ているマユミにする。マユミは、死ぬのが恐くなったのか、と訊くが、主人公は否定し、屑肉は家畜と同じで、それを食べたい人は、ただ女性の肉の味を知りたいだけで、女性を人間として見ていない、と語る。

更に主人公は、そんな人達にわたしのマユミを食べられたくない、と言ってマユミに抱き付く。

するとマユミは、二人のどちらかが先に死んだら、屑肉にされる前に、その肉を買い取って食べてしまおう、と提案する。そうすれば、わたし達は価値ある女性のまま死んでいける、と。

しかしその翌日、マユミは主人公の目の前で、つまらない事故で死んでしまう。主人公はただ一心に、マユミを食べなければ、と考える。

死んだマユミは、合い挽きにされた屑肉ではなく、一人の人間として、丁寧に料理されて、主人公の前に次々と運ばれ、主人公はそれを食べていた。だが、その食事が進むほど、マユミが存在した痕跡がどんどん消えることになり、主人公はそれに耐えられない。

マユミに会いたくて、マユミの言葉が聞きたくて、主人公は食事が進まなくなる。そこに、マユミの幻が現れ、主人公に食事を促す。

マユミの肉を食べながらマユミのことを思い出していた、と主人公は話す。マユミは、楽しんでもらえた? と訊く。主人公は、とても楽しい時間だった、と答える。

マユミは自慢気に、わたしは、あなたがわたしを愛してくれるように、たくさんの準備をしてきたのだ、と話す。そして、あなたが思ってくれるから、マユミの肉はただの肉ではなく、あなたの特別な女の子の肉になれる、と語る。

いつの間にか主人公はマユミの肉を食べ終わり、マユミの幻も消えていた。そこで主人公は、不安ではなく、マユミをわたしだけの特別な肉にした、という充実感を抱き、物語は終わる。

この作品世界の女性達は何のために、自らの肉を切り売りするのか。店の業態は性風俗店のようにも描かれるが、いずれ死ぬことを女性達が自覚しているのだから、性風俗店とは少し違うだろう。

高い給金を貰えるとしても、若くして死んではどうしようもない。少なくとも、肉体を死ぬまで欠損していくことなど、気軽に金銭と引き換えにできることではない。

彼女達は物理的な死を恐れてはいない。それは主人公らの会話からも窺える。彼女達は、死んだら価値を失い、同じく価値を失った他人と混ぜ合わされてしまう。自分と他人の見分けが付かなくなること。それが、彼女達が恐れる、本当の「死」だ。

彼女達は「死」んでしまわないために、自分と他人が違うことを証明するために、自分の肉を切り売りする。だが、その果てに売る肉がなくなれば、彼女達は死に、そして「死」ぬ。

なら、肉を売らなければいいのではないか。しかし、そのようにしても、彼女達は死にはしないが、「死」んでしまう。彼女達は、肉を売る以外に、自分と他人の違いを証明する術を持たない。だから、遅かれ早かれ、彼女達は「死」ぬ運命なのだ。

彼女達は「死」を遅延するために、自分の肉を切り売りする。彼女達は死に近付いている間だけ、「死」を遠ざけていられる。そして、死に近付くことが全て終わった時、同時に、彼女達は「死」に捕まってしまうのだ。

彼女達の問題は、自分の肉を切り売りする以外に、自分と他人の違いを証明する術を持たないことだ。その術を持てれば、彼女達は「死」なないし、死に近付く必要もない。もう肉を売らなくていいし、もう肉を失わなくていい。

恐らく、主人公は最後にその術を手に入れた。

主人公は、肉を売るための衣装や義具をお互いに脱ぎ捨てたマユミと抱き合う。そして、マユミの痛々しく傷付いた肉体を見て、それを自分の肉体と重ねて、安心する。

その後、主人公はマユミと、お互いの肉を喰らい合うショーを演じる。主人公がマユミと自分を重ねているなら、ここで主人公は、自分で自分の肉を味わって恍惚としていることになる。それを客が羨んでいることにも、着目しておこう。

それから二人は、先に死んだら、残ったほうが相手の肉を買い取って食べる、という相談をする。

それでマユミは、価値ある女性として死んでいける、と言う。価値ある女性として死ねる、ではない。死んでいく、とは生きていくことの言い換えだろう。マユミはここで、価値ある女性として生きていける希望を語っている。

もしそうなら、価値ある女性として生きていけるのは誰か。それは当然、生きているほうの女性だ。死んだほうではない。

翌日、マユミは、肉の切り売りの果てではなく、事故で死ぬ。生きている主人公は、そのマユミの肉を買い取って食べる。

主人公はマユミと自分の肉体を重ねていたのだから、主人公は自分の肉を自分で買い取り、自分で食べていることになる。それは以前の、客前でマユミと演じたショーと、似ている。

その時との違いは、マユミは死んでいて、主人公は客としてその肉を味わい、そうしてマユミを消し去ろうとしていることだ。

主人公はここで、死んだら価値を失うはずの肉に価値を付け、それを客として味わっている。それまでの客とは違う価値観を持った、新しい客となって、主人公はマユミを消費している。その行為がマユミを消し去る。

新しい価値観を持った客の成立と、肉を売る側から買う側への、主人公の転身と、マユミの消失とが、一体の出来事として描かれる。

だとすれば、古い価値観を持った客とマユミの存在は、肉をただ売るしかなかった主人公と結び付いていた、と言える。

古い価値観の客もマユミも、主人公の分身だ。主人公は、古い価値観を持った自分自身への対応に煩悶していた。そして、その古い価値観とこれまで上手く付き合ってきた、マユミとの対話で、主人公は新しい価値観に辿り着く。

それは、主人公自身の古い価値観が消え去ることであるのと同時に、その価値観と上手く付き合ってきたマユミが消え去ることでもある。

主人公は新しい自分になることに不安を覚えている。それを励ますのは、古い自分を支えてくれたマユミだ。

マユミとは、古い価値観に煩悶する主人公の分身だ。マユミがなぜ主人公を支えたのか、と言えば、主人公こそが新しい価値観を実現してくれる、と信じたからだ。それは、自分が価値ある女性として生きていける希望だ。

マユミは、あなたがわたしを愛してくれるように、たくさんの準備をしてきた、と言った。なら主人公は、今まで自分で自分を愛せなかったのだ。

そして、だからこそ、自分と他人の違いを証明できないことに怯え、自分の肉体を傷付け、自分を他人に売り渡すことで、自己を証明しようとした。いや、他人に自己を証明してもらおうとした。

他人に注目され、他人に承認されるために、主人公は、肉を切り売りする、という過激なことをする。しかし、売る肉が尽きれば注目されなくなり、やがて名前も忘れられ、「死」に至る。

ここで言う他人とは、客のことであり、客とは自分の価値を決める者のことであり、自分の生き死にを握る者のことだ。主人公は他人に愛されなければ、生きる価値を失い、「死」んでしまう。

だから、ここまでに何度か言ってきた、自分と他人の違いとは、他人から与えられる、生きる価値のことだ。主人公は他人の犠牲に進んでなることで、生きる価値を他人から与えてもらい、生きてきた。

自分の肉を切り売りし過ぎた女性は、どんな意味でも死ぬ。他人の犠牲になる者は、自身を磨り減らす。マユミは肉の切り売りのし過ぎではなく、事故で死ぬが、それは肉の切り売りをすることからの離脱を表しているように思われる。

そのマユミの肉を主人公は買い取る。切り売りのし過ぎで死んだ女性の肉が食料品店で売られる安肉に例えられたことと、マユミの肉が高級そうな料理として出てきたこととを考えれば、主人公は死んだマユミの肉を、安肉にすることを回避した、と言える。

主人公は、マユミの肉、即ち自分と同じ傷だらけの肉体に、高い価値を付け、それを買い取った。それは、傷付いた自分自身にこそ高い価値がある、と主人公が自分で自分を認められたのと同じだ。

主人公は今や、自分で自分を愛することができるようになった。それも、散々に傷付いたはずの、散々に自分で傷付けたはずの、自分を。

自分の生きる価値を決めるのは自分だ。客ではない。あるいは、自分の生きる価値を決める客には、自分がなる。他人の犠牲になり、磨り減る中で主人公は、自身の分身であるマユミを見詰め、そのことに気付いた。

主人公は、マユミのことを思い出しながら、マユミの肉を食べる。マユミの幻は、楽しんでもらえた? と訊き、主人公は、とても楽しい時間だった、と答える。自分で自分を愛せず、自分で自分を傷付けた過去を、主人公は振り返って肯定している。

それは主人公が、今の自分を肯定し、愛することができているからだ。今の自分が愛しく思えるのなら、それを形作った、過去の自分もまた愛しく思える。

マユミとは、主人公の過去の自分のことであり、それを大切に食べ終わることで、主人公は新しい自分になり、充実感に満たされる。

主人公は、マユミの肉を自分だけの特別な肉にした。肉とは、血肉のことであり、自分を自分たらしめる、過去の痛々しい経験と記憶のことを表している。