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勝五郎とオシラ様の力?私の娘は震災被害者の生まれ変わりなのか?



私は変わった夢をよく見る。同じ場所が何度も出て来たり、夜通しひとつの夢をドラマのように途切れる事なく見続けたり、そんな事がしょっちゅうある。一度目を覚まそうが再び眠ると、また先ほどの夢の続きが始まる事もしょっちゅうなので、何というかシナリオ的に面白い夢を見て起きてしまった時は、その夢の続きを見る為に再び眠りにつく――なんて事も少なくない。

夢の中だけに存在する場所もある。夢の中だけに存在する新宿駅や渋谷駅、東京西部のとある場所、自宅の近辺……等々、現実には存在しないが夢の中だけの世界を私は持っている。

ちなみに、この夢の中だけに登場する新宿駅の夢を見ると厄介だ。この現実とは似ても似つかない新宿駅から私は現実には存在しない鉄道各線を使い自宅に戻ろうとするのだが、いつもいつも全く意図しない場所に電車が走り出したり、駅の構内で迷ったり駅の周囲の住宅地で迷ったり、そんな風にして決まって自宅に戻る事ができない。その早朝だか夜だか分からない薄暗く陰鬱な雰囲気が漂う夢の世界で、私はいつもいつも絶望的な気分に襲われる事となる。

そんな変な夢ばかりを見る私だが、なぜか夢の中に家族や知人が現われる事はほとんどない。登場するのは現実では出会った事のない人ばかり。じゃあ、その見知らぬ人たちと喋ったり行動したりするのかと言えばそうでもない。夢の中の見知らぬ登場人物と接触する事は少ない。

――いや、誰かと喋ったり行動したり、何だったら女の人(見知らぬ人)とセックスしたりしている夢を見る事だってあるが、夢の中で行き交う大勢の人たちから私は見えていないんじゃないか、そう思う事が多い。

もしかしたら、夢の中だけにしょちゅう登場する場所に私が居る時(私がその場所の夢を見ている時)、私は「死者」のような存在になっているんじゃないだろうか? 夢の中だけの世界では、私は生者ではなく死者、まさに「霊」という立場で存在しているんじゃないだろうか? そう考えると、行き交う人たちが私の存在に気付いていないような状況も理解できる。

この夢の世界だけに存在する場所、そうしてその場所での私の在り方、これらを考察する事は非常に興味深い作業に違いないと思うのだが、それは今回私が述べたい話しから脱線していく事となるのでまた別の機会に回す事としよう。

さて、私の夢には家族や知人といった現実に存在する人間があまり登場しないという話しをしたが、先日不思議な夢を見た。その夢には私の知らない少年が登場したのだが、もしかしたら彼は現実に存在する者——いや、現実に存在「した」者ではないかと思えるのだ。

そうして、この少年や、また別の不思議な「存在」の力が働いた「おかげ」で私の娘は生まれたんじゃないか? 私の娘は彼ら不思議な存在によって生まれ変わってきた子なんじゃないだろうか? そういった不思議な感覚を最近になって抱いてしまっているのだ。

何だか妙な話しが始まったと思われるかもしれないが、私がなぜ不可思議な存在やその力や娘の生まれ変わり云々など、こういった出来事を信じようとしてしまっているのか説明したい。

まずは私の見た不思議な夢の話しから始めよう。

空に浮かぶ少年

薄暗くて寂しい雰囲気の漂う砂浜。私は静かに打ち寄せる波を右側に感じつつ、波打ち際をとぼとぼと歩いていた。私は「あぁ、これは夢だな」と何となく感じながらもそのまま惰性のように歩き続けた。

しばらく行くと自分の足元あたりが光り始めた。「なんだ?」と思うと頭の後ろの方に気配を感じたので振り返ると、3メートル程後ろ、地上から2メートルばかりの場所に光を放つ人が浮いており私を見下ろしていた。

それは12歳くらいの少年だと思われるのだが、何やら黄色く発光しておりハッキリと目視する事はできない。しかし、それでも彼は浴衣か着物のような衣服をまとっており、両腕でお姫様抱っこのようにして5~6歳の女の子を抱えている事は確認できた。そうして、彼は悪意のような感情は抱いておらず、私を見下ろしながら微笑んでいる事も確認できた。

すると、少年らしき者が口を開いた。

「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど、遠くの神様も『この子にすんべぇ』って言うからさぁ。へへ、オラとおんなじだ」

少年らしきものは微笑みながら私にこう言った。

私はその声色から12歳程度の少年だろう事は確信できたのだが、いかんせん話しの意味が分からなかった。私は少年に返事をせず、その言葉の意味を探るように少年が抱かえている女の子をよく見た。

女の子は少年とは違って浴衣や着物ではなく赤いトレーナーに黒いズボンといった格好をしており、全身がぐしょりと濡れていた。女の子は生きているのか死んでいるのか分からないような様子で目を閉じており、全身脱力したような格好で両腕をだらんとさせていた。顔には自分の髪の毛がいくつか束のようになって張り付いていた。

そこで、私は唐突に目が覚めた。

私は普段から不思議な夢を見慣れているが、この夢は妙に頭に残った。

「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど、遠くの神様も『この子にすんべぇ』って言うから。へへ、オラとおんなじだ」

この少年の口調。「おめぇ」とか「だけんど」とか「すんべぇ」とか。これは私の生まれ育った東京西部に住む年寄りたちの話し言葉だ。この少年は服装から察するに、おそらく東京西部に住んでいた昔の少年なんじゃないかと想像できた。

しかし、話しの内容がよく分からない。

「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど」
「遠くの神様」
「『この子にすんべぇ』」
「オラとおんなじ」

この少年の言葉が妙に頭にこびりついて離れない私は、言葉のひとつひとつの意味を考えていく事とした。

すると、「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど」――という言葉から彼が何者であるか分かったような気がした。

私の前に現れたあの浴衣だか着物だかをまとった少年。彼は江戸時代、生まれ変わりの少年として有名になった「ほどくぼ小僧」こと勝五郎、またはその前世である藤蔵ではないか――私はそのような確信めいた思いを抱いた。

「ほどくぼ小僧」勝五郎

私の先祖代々の墓は東京都日野市の「高幡不動」に建っている。高幡不動は真言宗智山派別格本山で、高幡山明王院金剛寺は古来関東三大不動の一つに挙げられ高幡不動尊として親しまれているが、この高幡不動境内の広い墓地の一角に建つ我が家の墓のすぐ近くに、「ほどくぼ小僧」こと勝五郎の前世とされている藤蔵のお墓も建っている。

勝五郎の前世であるとされる藤蔵の墓はこのようにちょっとした観光名所扱いされているのだが、この勝五郎とは一体何者なのか? 簡単に説明しよう。

今から200年ほど前、程久保村(※東京都日野市程久保)に藤蔵という男の子が居た。藤蔵は6歳の頃に疱瘡(ほうそう:天然痘)に罹ってあっけなく亡くなってしまった。

それから12年後(文政5年)、程久保村から一里ほど離れた中野村(※東京都八王子市東中野)に住んでいた勝五郎という8歳の男の子が、「自分は程久保村の藤蔵の生まれ変わりだ」と話し周囲の人々を驚かせた。勝五郎は「ほどくぼ小僧」という呼び名で評判になった。

それから後、勝五郎は祖母に連れられ程久保村を訪ねたのだが、勝五郎の言う通りかつて藤蔵という少年が住んでおり、彼は6歳で亡くなってしまっていた事が分かった。勝五郎はまるで前にも来た事があるかのように藤蔵の家や村の様子について語ったので藤蔵の母や義父(※藤蔵の実の父はすでに故人だった)、程久保村の人たちは大いに驚いた。

そんな話しが江戸にも伝わり国学者の平田篤胤の耳にも入ると、平田は勝五郎を江戸に招きその話しを聞き取り、「勝五郎再生記聞」としてまとめた。その書は時の光格上皇にも献上された為、都でも話題になった。

勝五郎はその後、農業のかたわら目籠の仲買を行い55歳で亡くなったが、彼の生まれ変わり譚は明治30年に小泉八雲「勝五郎の転生」として記した事で海外でも有名になった……という事だ。

勝五郎生まれ変わり物語 (umarekawari.org)

……以上が勝五郎についての簡単な説明となるが、この勝五郎の前世である藤蔵の墓と我が家の墓が極めて近い場所に建っているのだ。

「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど、遠くの神様も『この子にすんべぇ』って言うから。へへ、オラとおんなじだ」

夢の中に現れた空中に浮く少年は私に向かって、「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど」――と己の事について東京西部の方言丸出しで語ったわけだが、どうもあの少年は勝五郎が12歳頃の姿に思えてならないのだ(※藤蔵は6歳で亡くなっている為12歳の姿で現れるとは考えづらい)。

そうして勝五郎らしき少年が抱えていたあの5~6歳の女の子、あれは私の娘の前世の姿ではないか? あの女の子は既に亡くなっているのだが、勝五郎や別の「遠くの神様」らが何らかの力で私の娘として生まれ変わらせたのではないか? そう思えてならないのだ。

「オラとおんなじだ」という少年の言葉も、もし彼が勝五郎本人だとしたら、「オラとおんなじ(ようにこの子は生まれ変わるん)だ」――このような意味に捉えても矛盾がないように思える。

しかし、仮にあの勝五郎に抱かれていた女の子が亡くなっていたとして、勝五郎や「遠くの神様」らによって生まれ変わらされていたとしよう。そうすると、ある疑問が湧くと思う。なぜ、あの女の子はキミの娘として生まれ変わったと考えるのだ? キミ自身がその女の子の生まれ変わりだと考えたって良いし、もっと言えば全く知らない誰かに生まれ変わると考えたって良いじゃないか?

その疑問には私と妻がこれまで行ってきた不妊治療、そして遠野の「オシラ様」の話しをする事で、まずは説明の一端に代えさせていただきたい。

不妊治療と遠野の「オシラ様」

私は2010年に妻と結婚したのだが、私と妻はその時30代前半。二人とも子供が欲しかったので子作りに励むわけだが、数ヶ月しても全く妊娠しないので不妊治療を開始した。

タイミング法はもちろん何度も人工授精を試すが全然妊娠しない。そうこうしているうちに6年という時間が過ぎ、我々夫婦も40代に突入してしまった。

詳細は省くが我々夫婦は妊娠の目安となる様々な数値が各々芳しくなかった。このままの治療を続けていても妊娠する可能性はかなり低いというのが医師の見立てだった。その為、我々は体外受精に着手したが、それでも妊娠に至る事はなかった。夫婦の年齢に金銭的な問題も加わり、我々夫婦は不妊治療を続けるべきか否か考え始めた。

そんな頃だった。ある夏の日、私は妻を乗せて岩手県遠野市に向かって車を走らせていた。我々夫婦はその前日から盛岡市にある妻の実家に泊まっていたのだが、翌日その実家から遠野に向かったのだ。

その頃、私は柳田国男「遠野物語」を愛読していた。遠野物語は民俗学者の柳田国男が岩手県遠野地方に伝わる怪異や伝説を記した書物で、カッパや座敷童、山男・山女など不思議な存在がたくさん登場する。そんな不思議な話しが伝わる遠野とは一体どのような場所なのか、私はどうしてもこの眼で確かめてみたかったのだ。

また、余談だが盛岡から遠野に向かう途中に花巻市を横切る事となるわけだが、花巻と言えば「銀河鉄道の夜」や「セロ弾きのゴーシュ」などで有名な宮沢賢治の故郷で、あの大谷翔平も生まれ育った場所だ。私はそんな天才らを育んだ花巻という場所もこの眼で見てみたかったのだ。

盛岡から1時間半程度車で走ると遠野に着いた。私たちはカッパが居るという「カッパ淵」を見学した後、すぐ近くにある「伝承園」という施設を訪れた。

伝承園は国の重要文化財に指定されている曲がり家(まがりや)「菊池家住宅」、遠野物語の話者で柳田国男に様々な話しを聞かせた「佐々木喜善(きぜん)記念館」、そして千体のオシラ様を展示している「御蚕神堂(オシラ堂)」があり、遠野の自然と共に生きた人々の暮らしを垣間見る事ができる施設だ。

色々と興味を惹く施設なのだが、私は特に「オシラ堂」に展示されている千体のオシラ様に興味を惹かれた。

岩手・遠野「伝承園」㏋より https://www.densyoen.jp/


伝承園㏋によると、オシラ様とは蚕の神様、農業の神様、馬の神様、「お知らせ」の神様とも言われているとの事。オシラ様は桑の木などに衣服を着せて作り、遠野地方ではどの家でもそれぞれのオシラ様を祀っていたそうだ(現在もそうなのかは不明)。

おしら様 - Wikipedia

私は普段、何かを神仏に祈願する事はないのだが、遠野やこの遠野に伝わるオシラ様という神様に何か深く感じるものがあったので、オシラ様は安産の神様でも何でもないのだが、私は千体のオシラ様に「子どもを授けてください」と素直に祈願した。

さて、それから数ヶ月後、私たち夫婦は最後の不妊治療として体外受精のなかでも最終段階と言える顕微授精に着手した。もう、これで妊娠しなければ子供は諦めるしかないという思いを私は抱いたのだが、それから数ヶ月後、とうとう私の妻は妊娠した。不妊治療を始めてから約6年、数百万円の費用をかけた後の念願の妊娠となった。

そう、私の娘はオシラ様にお願いをした後に生まれたのだ。私の感覚ではオシラ様が娘を授けてくださったような感覚だ(あと、当時低学年だった姪っ子が、「赤ちゃんを授かりますように」と言って書いて寄こしてくれたハガキのおかげか。そのハガキには赤い色で「太陽」「富士山」「赤ん坊を口に咥えて飛ぶコウノトリ」のイラストが描かれており、これは子宝に繋がるのだそうだ)。

――そんな風に、すべてはオシラ様(と姪っ子のハガキ)のおかげで娘は生まれたと思っていたのだが、先日夢の中に現れた勝五郎らしき少年、そして彼に抱かれた女の子の存在、そして勝五郎らしき彼の

「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど、遠くの神様も『この子にすんべぇ』って言うから。へへ、オラとおんなじだ」

――という言葉。これらを総合すると、私の娘はオシラ様が授けてくれたのは間違いないが、話はそれだけの事ではなく、私の娘は私の先祖代々の墓のすぐ傍に眠る藤蔵(勝五郎)と、私が手を合わせた遠く岩手の神様であるオシラ様との共同作業により生まれたのではないか? 彼らがすでに亡くなった女の子の魂を転生させた事で生まれたのではないか? ――こう考えるのがしっくりくるように思えてならなくなった。

「遠くの神様」というのは「遠く(岩手)の神様=オシラ様」。または「遠野の神様」「東北の神様」と言ったのを私が聞き間違えた。こんなところが答えとして正しいのではないだろうか?

よし、仮に私の導き出した答えが正しいとしよう。では、勝五郎らしき少年が抱いていたあの5~6歳の女の子。赤いトレーナーに黒いズボンの、あのぐっしょりと濡れた女の子。あれは一体誰なのだろうか?

あの女の子はひょっとすると、あの日本を襲った大災害、東日本大震災による犠牲者ではないだろうか?

津波 逡巡する子供の魂

私の妻は東北は岩手県の出身だが、私と妻が結婚した翌年、2011年の3月に東日本大震災が起こった。東日本大震災では岩手県も大きな被害を受け多大な犠牲者を出したワケだが、妻は私と結婚して東京に住んでいた為無事だった。妻の実家は内陸なので彼女の両親も命に別状はなかったものの、親類・縁者には津波に飲まれて亡くなった者も居るそうだ。

私は勝五郎らしき少年が抱えていたあの女の子。あの全身をぐしょりと濡らしたあの女の子。あの子は東日本大震災で起きた津波によって命を失った子供のように思えてならない。

――いや、妻の出身が岩手である事や、遠野のオシラ様に子供をお願いした事、先祖代々の墓の近くに眠る生まれ変わりの奇譚を持つ藤蔵(勝五郎)の事、夢の中で勝五郎らしき少年の言った

「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど、遠くの神様も『この子にすんべぇ』って言うから。へへ、オラとおんなじだ」

――という言葉。こういった根拠だけで女の子を津波の被害者だ、転生して私の娘に生まれ変わったのだと決めつけているのではない。もう一個、また別の根拠があるのだ。

東日本大震災が起きた2011年3月11日。その日、私は夕方から勤務する事となっていたので14時頃に自宅で目を覚ましたのだが、自宅を出る少し前に地震が発生した。幸い私にも妻にもケガはなく自宅にも影響はなかったのだが、その日の勤務は憂鬱なものだった。

都度テレビで被害の状況を確認していたのだが、画面の右上だか左上だかに表示される死者数がどんどん積算されていくのだ。あの津波によってどれだけの人が流されてしまったのか考えると、さすがに私も涙が出てきて仕方なかった。

次の日、仕事を終えた私は昼前には家に着き横になったが、どうにも不思議な夢を見た。

曇天模様の空の下、瓦礫や壊れた自動車が散乱している何処かの街。至るところに泥が積もっているのを私は上空から眺めている。夢の中で私は、「あ、津波の被害を受けた東北の何処かだな」と考えた。街のすぐ傍には黒く汚れた海や堤防のようなものも見える。

そうやってしばらく上空を漂いながら、何か摺りガラス越しに見るようなボンヤリしたハッキリとしない街を見下ろしていると、街の至るところから白い光のようなものがひゅるひゅると短い尾を引くようにして天に昇っては消えていくのが見え始めた。

「きっと、津波で亡くなった人の魂に違いない。天国に上っていくのだろう」

夢の中で私は合掌した。すると、多くの魂が天に昇っていくなか、不思議な動きをする魂を見つけた。ゆっくりと空に昇ってくるのだが、途中で止まったり右往左往したり、何か逡巡するような迷っているような動きをするのだ。

「この魂はまだ天国に行きたくないんだ。まだこの世に未練があるんだ」

そんなように思いながらその魂を眺めていると、その魂が私の目線の先、20メートル程先のところで動きを止めた。

その魂は、どうも私の存在を認め、何かを言いたそうにしているような気がした。そしてなぜか私は、それは子供の魂だと理解した。その子は天国に行かなければならない事を分かっているが、どうしても行きたくないように思っているように見えた。

なんだか憐れに思った私は、その子供と思しき魂に向かって心の中で声を掛けた。

「行きたくなければもう少し何処かで遊んでおいで。それでもやっぱり行きたくなければオジさんが何とかするから」

私は何の霊能力も持っていないのでその子を助ける事など出来ないが、どうにも可哀そうなのでついそう言ってしまった。

すると、安心したのか嬉しく思ったのか分からないが、その子供と思しき魂はぐるりと周ると、凄い速さで動き出して海の彼方に消えてしまった。

この出来事は私の見た夢のなかでの出来事であり決して現実の出来事ではなく、そんな夢を見た事すら長く忘れていたのだが、空に浮く勝五郎らしき少年の夢を見てから、私は急にこの夢を思い出したのだ。

妻と結婚。
数ヶ月後から不妊治療開始。
翌年の3月に東日本大震災発生。
子供の魂に「オジサンが何とかするから」と言葉を掛けた夢
上手くいかない不妊治療。
遠野でオシラ様に子宝を祈願。
妊娠。
出産。
それから6年後、生まれ変わった過去があるという勝五郎と彼が抱く女の子の夢。勝五郎の、「オラぁ、おめぇんとこのお墓の近くの者だけんど、遠くの神様も『この子にすんべぇ』って言うから。へへ、オラとおんなじだ」という言葉。

――こういった諸々を鑑みると、なぜだか理由は分からないが、勝五郎が私に全てを教えてくれたのではないかと思えてならないのだ。

私の先祖代々の墓のすぐ傍で眠る藤蔵=勝五郎と、私が子宝を祈願したオシラ様。彼らは私が声を掛けて(ある意味)助けた子供の魂を、何処かで遊んでいて天国には行かずに居たであろうあの子供の魂を探し出し、またはどうしても天国に行きたくない子供の魂がオシラ様や勝五郎の力を借り、件の子供の魂は数値的にどう考えても子宝には恵まれないであろう私と妻のもとに生まれてくる事になったのではないだろうか? 

私の娘は神仏の絡んだ様々な不思議な力によって生まれたのではないか? そんな事を考えるのはオカシイだろうか?

終わりに

私の娘は勝五郎のように前世の話しをしたりはしない。ごく普通の小学生で元気に過ごしている。誰かが転生して娘として生まれてきたのかそうではないのか分からないが、私の娘はただ一人であり、他の誰でもない。他の誰にも代えがたい大切で唯一の娘だ。もし、娘が誰かの生まれ変わりなのだとしても別に何が変わるわけでもない。

娘は東日本大震災のあった3月に生まれているが、それもただの偶然に過ぎないのかもしれない。

大事なのは、なぜ勝五郎らしき少年が登場してくる夢を今の私が見たのか? という事なのではないかと思っている。私がこの夢や様々な考察をどう消化して生きていくか。これがきっと大事なんだろう。

東日本大震災では多くの尊い命が失われた。そのなかには少なくない子供も含まれている。もし、私がそんな風にして子供を失った親の立場だったら、それはもう悲しくて辛くてやり切れないだろう。

しかし、もし亡くなってしまった我が子が何処かで生きていたら。全くの別人かもしれないが、誰か別の人間に転生して幸せに暮らしていたとしたら。もし、何かのきっかけで本当にそう思える事があったなら、それは慰めとなり希望となり得るかもしれない。

今回紹介した私の不可思議な話しが、何処かで苦しむ誰かの慰めや希望になり得たら素敵だなと思い、こうして長々と駄文を連ねてしまった。読みにくい箇所が多かったと思うが、どうかご容赦いただきたい。

それではこのあたりで。





















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