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アンドロイド転生893

去る2118年9月14日のこと
イギリス:ハスミ邸の近くの公園にて

エマはリョウを許した。100日通わなくても良いと言ったのだ。本当はずっと前から怒りなど消えていた。エマは気付いたのだ。人を恨むよりも、もっと素晴らしい生き方があることに。

リョウの真摯な態度が彼女の心を動かしたのかもしれない。本来の明るい性格のエマだったからなのかもしれない。そして2人は笑顔で別れた。大きく手を振って。満面の笑顔で。


2118年10月10日 深夜
ハスミエマの邸宅

リョウは家に2度と訪れない。エマはそう思っていた。だがそれから26日後の夜。執事のセバスチャンがエマの寝室にやって来た。
「エマ様。リョウ様がお帰りになりました」

エマはベッドに座り、スマートリングを立ち上げて映画の立体画像を眺めていた。
「え?」
「今日で100日目でしたね」

エマは眉根を寄せた。
「どう言う意味?」
「エマ様はリョウ様がもう来ないと仰いましたが翌日から毎晩、家の前に来られました」

エマは目を丸くした。セバスチャンは微笑む。
「いつも丁寧にお辞儀をして去りました。お百度参りを守ったのです」
「えええ?」

エマはベッドから飛び出すと窓に駆け寄った。暗闇でリョウの姿は見えなかった。慌てて家から出て猛然と走り出した。リョウの名を叫ぶ。リョウが気付いて立ち止まり振り返った。

その身体にエマは抱きついた。リョウはあまりの事に目を白黒させた。驚きで気絶するかと思ったくらいだ。エマはしっかりとリョウを抱き締めた。やがて離れると笑顔を見せた。

「今のハグは好きって意味よ。でも変な意味じゃない。愛してるとかじゃない。嬉しかったって意味を表したの。分かる?」
「は…はい…」

エマはそんな類の人間だ。天真爛漫で誰に対してもオープンだ。友人なら男女問わず抱き締める。エマはやっと本来の自分を取り戻したのだ。
「もう来なくてイイって言ったのになんで?」

「僕は自分に誓ったんです。何があろうとも100日間通うって。お陰でパワーがつきました」
「お水を飲んでいないじゃない!」
「あっそうか」

リョウはエマを見つめた。
「あの…こんな事を言ったら怒るかもしれないけれど…僕は祈祷師としての役目を果たしたような気がします。だってエマさんは元気になった」

エマは目を見張った後ニッコリとした。
「うん。そうだね。私がクライアントだ…そしてあなたは優秀な祈祷師だ」
「あ…有難う御座います」

「ううん。こちらこそ有難う。最初の頃は最低な男だってムカついてたけど、今は良い人だって分かってる。それに100日間を守るなんて凄いよ」
リョウは照れくさそうに笑った。

エマはしっかりと頷いた。
「元気でね」
「はい。あ!お母さん達はどうですか?」
「大丈夫。パーティに行けって煩い」

「パーティ?」
「そう。そこで素敵な人を見つけなさいって。でもね。私はそんなところに行かない。自分の人生は自分で切り開くの。親離れするの」

リョウは嬉しかったしエマの表情を見て安心した。母親に帽子を被せてもらっていた気弱なエマじゃない。間もなく2人は別れた。何度も振り向いて手を振った。互いの幸せを祈りながら。いつまでも。


10部 完

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