見出し画像

The Lost Universe 古代の巨大頭足類④巨大鞘形類

頑丈な殻を背負った巨大アンモナイトや巨大オウムガイは、とても強く見えます。しかし、生存競争における強さでは、現生の頭足類も負けてはいません。卓越した運動能力と軟体動物屈指の知能を有するタコやイカたちは、アンモナイトが滅んだ後も全世界の海で力強く繁栄しており、オウムガイよりもずっと広く分布しています。
美しく、たくましく、知的なタコやイカたち。太古の時代、彼らはどのように暮らしていたのでしょうか。


鞘形類とは何者か?

高度に進化した究極の軟体動物

海洋生物が好きな人々にとって、タコやイカはたまらなくかっこいい存在だと思います。魚やクジラとはまったく違った動きで海中を自由自在に舞う不思議な姿、たくさんの足で獲物を絡め取る姿は、機能美の極みと言えます。ミステリアスなタコやイカたちーー鞘形類しょうけいるいの魅力は非常に奥深く、言葉では到底語り尽くせません。
鞘形類の特殊能力は数多くありますが、他の軟体動物と一線を画すのは、何と言っても運動能力です。重い殻を装備するアンモナイトやオウムガイは防御力こそ高いものの、敏捷性や遊泳能力は損なわれていました。一方、鞘形類は防御用の殻を背負っていません。その代わりに、タコやイカは海中を力強く機敏に遊泳することができ、狩りの際には他の海洋生物に素早く襲いかかります。

吸盤を使って優雅に歩くツノモチダコ(サンシャイン水族館にて撮影)。重い殻の制約から解き放たれたことで、タコやイカは驚異的な運動能力を獲得しました。

特殊能力を満載する鞘形類の体は、我々人間とはかなり違っています。大きな違いをいくつかあげるだけでも、彼らが宇宙生物のように思えてくるでしょう。

  • 血の含有成分が人間と異なっており、タコやイカの血は青い

人間の血液中の赤血球には赤いヘモグロビンが含まれていますが、鞘形類の血液にはヘモシアニンが含まれます。ヘモグロビンの鉄分が酸素と結びつくことで血は赤く見えますが、ヘモシアニンには鉄の代わりに銅が含まれているので、酸素と結合すれば青色になります。

  • タコやイカには心臓が3つある

厳密には「心臓に相当する器官」が2つあります。鞘形類は本来の心臓に加えて、エラの根本に「エラ心臓」を備えています。鞘形類の体は強靭な筋肉で構成されており、筋肉を素早く力強く動かすには、多量の酸素が必要なのです。エラ心臓のおかげで、鞘形類は軟体動物の中で最高峰の運動能力を発揮できるのです。

  • 精神状態によって体の色が変わる

鞘形類の体には色素細胞が多数存在しています。これらの細胞が収縮・膨張することで、鞘形類は高度な体色変化を実現します。体色を変える理由は、もちろん周囲の環境に溶け込む擬態ですが、ときには精神状態によって体の色が変わります

周囲の色に溶け込むコブシメ(サンシャイン水族館にて撮影)。イカの表皮には色素細胞が多数存在しており、カモフラージュのみならず、イカ自身の精神状態に応じて体色が変化します

宇宙生物のごとく、タコやイカの体には不思議がいっぱい。多くの海洋生物学者が鞘形類に魅せられ、彼らの生態や知能を解き明かそうとしています。それほど魅力的な鞘形類たちは、どのようにして今日まで繁栄を続けてきたのでしょうか。

太古の怪物と戦い続けた鞘形類

現代科学の見解では、タコやイカはアンモナイトと祖先を共有しており、約4億年前(古生代デボン紀)にバクトリテス類という頭足類から進化してきたと考えられています。一般的に、古代の頭足類と言えばアンモナイトですが、古生代や中生代においては鞘形類もかなり繁栄しました。中生代の海には巨大なイカや深海性のコウモリダコ類がすでに存在しており、多様性ならばアンモナイトにも引けをとってはいなかったと思われます。

古代の頭足類バクトリテスの殻の化石(国立科学博物館にて撮影)。彼らは鞘形類とアンモナイト類の共通祖先であると考えられています。

筆者的には、アンモナイトの方が繁栄していたように見える理由は、単に見つかる化石の数の差だと思います。アンモナイトの硬い殻は化石として残りやすく、ほとんど軟体組織で構成された鞘形類の体は化石になりにくいので、産出する個体の絶対数には相当な差が生じるのです。事実、同じ鞘形類でも、殻を有するベレムナイトの化石の数は比較的多いです。

ジュラ紀の大型イカであるレプトテウティスの化石(豊橋市自然史博物館にて撮影)。軟体部分が保存されている超貴重な化石標本です

大躍進を遂げた鞘形類ですが、太古の海洋は恐ろしい怪物だらけの戦場でした。古生物図鑑を見ればわかるように、大昔には全長10 mクラスの海洋爬虫類がゴロゴロ生息しており、 頭足類のみならず多くの海の生き物はドラゴンたちの影に恐怖していたことでしょう。しかし、鞘形類とて黙ってやられているわけではありません。彼らは数々の特殊能力を身につけ、古代から現代に至るまで厳しい自然界を戦い抜いてきました。
その1つが「墨」です。ご存じの通り、タコやイカは防御のために墨を吐きます。タコの吐くは拡散する「煙幕」であり、敵の視界を混乱させるために使われます。一方、イカの墨は自分そっくりの形になって「分身」として機能します。言わば、捕食者の注意を分散させるためのデコイなのです。

イカが身を守るために吐く黒い墨(サンシャイン水族館にて撮影)。タコの吐く墨は目眩ましのスモークとして機能しますが、イカの墨は自分の分身のような形になって、敵の注意を分身の方へ引きつけるのです。

このように逃げる術に長けた鞘形類ですが、それでも追い詰められるときがあります。その際は、最終手段として捕食者と格闘戦を展開します。タコを例にあげると、足と吸盤のパワーは極めて強力です。タコの筋力は極めて強く、硬い貝の殻をこじ開けたり、小型のサメを絡め取って捕獲することができます。もちろん、大型のタコに水中で襲いかかられたら、人間はひとたまりもありません。

足を広げたミズダコ(おたる水族館にて撮影)。大型のタコの筋力はとても強く、同じ大きさのサメさえも捕縛してしまいます。

タコとは違って、イカの吸盤には鋭い鉤爪があります。これは獲物を捕獲する際にはもちろんのこと、天敵に対する防衛用の武器としても活用されます。実はマッコウクジラの頭部には、ダイオウイカやダイオウホウズキイカに傷つけられた跡が多数あります。イカたちはおとなしく天敵に食べられているわけではなく、決死の反撃を試みているのです。もしダイオウイカの吸盤攻撃がマッコウクジラの目や鼻にクリーンヒットしたら、クジラといえどもたまらず逃げていくでしょう。

イカの吸盤についた鉤爪の簡略図(サンシャイン水族館にて撮影)。獲物や天敵との格闘の際に威力を発揮します。

しかしながら、太古の捕食者は本物のドラゴンのごとく恐ろしい猛者ばかりです。大型動物さえ骨ごと噛み砕くプリオサウルス類やモササウルス類は、当時の海洋生物にとってはモンスターに等しい存在です。そんな怪物たちと、古代の鞘形類はどのように渡り合ったのでしょうか。
答えは簡単です。当時の鞘形類の中には、現在のダイオウイカ級の大物がゴロゴロしていたのです。

古代の巨大鞘形類

ハボロテウティス ~クラーケンを超えるポセイドン! 中生代の超巨大イカ!!~

巨大イカ化石の研究において、最も研究が進んでいるのは我が国・日本です。実は、最大級の古代イカの化石は北海道の地層から発見されています。その大きさは、ダイオウイカを超えていたかもしれないと言われています。
2012年、北海道の羽幌町にある約8500万~約8000万年前(白亜紀後期)の地層から、巨大なイカの口器の化石が出土しました。その下顎部分を現生種と比較したところ、なんとダイオウイカよりも大きく、推定全長10 m以上にも及ぶ超巨大イカであると判明しました。当該種の学名にはギリシャ神話の海神の名前が与えられ、ハボロテウティス・ポセイドン(Haboroteuthis poseidon)と命名されました。

ハボロテウティスと人間の比較想像図(各種フリー素材を使用)。ダイオウイカのような触腕を備えていたとしたら、かなり強力な捕食者だったことでしょう。

ハボロテウティスはダイオウイカと同じ広義のツツイカ類ですが、詳しい生態は謎に包まれています(現生のダイオウイカですら、生態的な秘密は大半がわかっていません)。ただ確実なのは、彼らはプリオサウルスやモササウルスと戦っていたということです。

白亜紀の北海道に生息していたプリオサウルス類の化石(北海道大学総合博物館にて撮影)。ハボロテウティスにとって厄介な天敵であり、両者は激しく戦ったと思われます。

北海道ではプリオサウルス類の化石が発見されており、白亜紀の海洋で暴れ回っていたと考えられます。しかし、体の長さならばハボロテウティスも負けていません。彼らがダイオウイカのように長大な触腕を備えていたとすれば、プリオサウルス類に絡みついて大格闘を演じられたと思われます。また、デコイとして墨を吐き、捕食者を攪乱することもできたでしょう。
白亜紀の海洋生態系において、イカたちは決してマイナーな生き物ではありませんでした。大型海洋爬虫類や巨大アンモナイトがひしめく古代の海の中で、巨大イカは多くの猛者と肩を並べていたのです。

メガテウティス ~凶器の触手を振るう恐るべき大型ベレムナイト!~

中生代に大繁栄した頭足類にベレムナイトという一群がいます。彼らはタコやイカと同じ鞘形類であり、おそらく外見上の特徴はイカに近かったと思われます。ベレムナイトは約2億年前(ジュラ紀前期)に出現し、アンモナイトと同じく約6550万年前(白亜紀後期)の環境激変によって絶滅しました。
軟体部の中には殻があり、鞘・房錘・前甲の3パーツに分かれています。矢のごとく尖った鞘は炭酸カルシウムを主成分としており、この部分が化石として残りやすくなっています。それゆえに、ベレムナイトの化石は別名「矢石」と言われています。
古代の頭足類としては珍しく、ベレムナイトは軟体部の良好な保存化石が発見されています。彼らは10本の足、1対のエラ、墨の入った袋を有していたことがわかっています。

ジュラ紀のドイツに生息していたベレムナイト類の殻の化石(栃木県立博物館にて撮影)。ご覧の通り、矢のような形の殻を有しているので、「矢石」と呼ばれています。
ベレムナイトの体内構造の復元図(三笠市立博物館にて撮影)。軟体部の中に殻が存在し、画像の中の「鞘」の部分が化石として残りやすくなっています。

大半の種類が1 mを超えることのないベレムナイト類ですが、実は彼らの中には大型イカ類に迫る太古のクラーケンが存在していました。その種類の名前はメガテウティス・ギガンティア(Megateuthis gigantea)といい、ヨーロッパのジュラ紀中期(約1億7000万年前)の地層から化石が発見されています。鞘の部分の長さは50~70 cmほどもあり、もしかすると全長は5 m以上(7 mクラス?)に達していたかもしれません。
大きさもさることながら、恐ろしいのは足に装備された凶器です。ベレムナイトの足には吸盤の代わりに鉤爪が生えており、獲物や天敵に対する強力な武器として活用されました。巨大なメガテウティスともなれば鉤爪も相当大きく、攻撃対象に相当な裂傷を与えたと考えられます。

ベレムナイトの足についてのイラスト展示(三笠市立博物館にて撮影)。彼らの足には吸盤ではなく鉤爪がついていて、獲物に巻きついて切り傷を与えたと思われます。

メガテウティスの天敵は、やはり海洋性の肉食爬虫類でした。プリオサウルスやモササウルスの顎の力は極めて強く、メガテウティスを殻ごとバリバリ噛み砕けたと思われます。もちろん、究極の大型ベレムナイトであるメガテウティスは、追い詰められれば激しく抵抗したことでしょう。相手が小型の捕食者ならば、鉤爪を振るって撃退したと考えられます。
強大な種類を生み出し、繁栄を謳歌したベレムナイトですが、白亜紀末期の環境大異変を乗り越えられず、中生代の終わりと共に地球上から姿を消します。タコやイカの仲間が今日まで生き残っている事実を考慮すると、ベレムナイトの生態や生理的な能力は他の鞘形類とはかなり異なっていたのかもしれません。

タコやイカたちの快進撃は古代を超えて現代にも轟き、表層から深海に至るまで海のあらゆる領域で大繁栄を成し遂げています。優れた身体能力と驚異的な知能を有する彼らは、我々の想像をはるかに超えた存在です。
謎と神秘に満ちた頭足類は、数々の神話的な海洋の伝説を生みました。歴史上で語られる海の怪物たちの正体は、まだ見ぬ未知の頭足類なのでしょうか。

【前回の記事】

【参考文献】
Weis, R., et al.(2007)A belemnite fauna from the Aalenian-Bajocian boundary beds of the Grand Duchy of Luxembourg (NE Paris Basin). Bollettino della Società Paleontologica Italiana 46(2–3): 149–174.
奥谷喬司(2009)『イカはしゃべるし、空も飛ぶ』講談社
奥谷喬司, 小野奈都美(2013)『日本のタコ学』東海大学出版会
著:キャサリン・ハーモン・カレッジ, 訳:高瀬素子(2014)『タコの才能─いちばん賢い無脊椎動物』
著:リチャード・シュヴァイド, 訳:土屋晶子(2014)『タコの教科書』エクスナレッジ
著:ダナ・スターフ, 監修・著:和仁良二, 訳:日向やよい(2018)『イカ4億年の生存戦略 (Squid Empire: The Rise and Fall of the Cephalopods)』X-Knowledge
河野重範・布川嘉英(2022)『栃木県立博物館 第133回企画展 アンモナイトの秘密 〜太古の海の不思議な生き物〜』栃木県立博物館
吉池高行・吉池悦子(2022)『伊豆アンモナイト博物館公式ブック 誘う渦巻』伊豆アンモナイト博物館
化石 ベレムナイト https://geo-gifu.org/geoland/1_kaseki/kaseki_22_beremunaito.html 
三笠市立博物館の解説キャプション

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?