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未来予想図

「はあ、はあ、はあ……ごめんなさい、ヴィクトル! でも、間に合ったよね? ぎりぎりセーフ、でしょ?」
「…………いや、時間の融通は効くからそこは別にいいんだけど」
「よかったぁ~。で、何の用? ヴィクトルってば、ここに来るようにって言うばっかりで、結局最後まで何の用事なのか教えてくれなかったし」
「用事って言うか、ちょっと、ね……」
「ふ~ん、でもここってなんか凄くない? ほら、この建物の前の道って毎日の散歩コースじゃん。だからいつも、キラキラし過ぎでしょ、眩し過ぎだよねって思いながらマッカチンと走ってるんだけど……想像以上だった。だって中に入った途端に、眩暈がしたもん。ねえ、ここってホテル? 僕、場違いじゃない?」
「大丈夫、別に浮いてはいないさ。ただ、その背中のリュックだけはいただけないねえ。せっかくのスーツが台無しだ」
「そこは練習帰りなんで大目に見て下さい。でも僕、ちゃんと約束守ったよ。一番いいスーツ着てきた。ほら、どう?」
「背中にリュックで靴はスニーカーだけどね」
「あ、忘れてた。替えの靴、リュックに入ってるんだった。ちょっと待って、今履き替えるから」
「別にいいよ。どうせふたりだけだし。取り敢えず行こうか」

*****

「うわー! 凄っ、広っ! で、なになにヴィクトル? ここで晩御飯食べるの? 食事に誘ってくれたってこと? でもこんなに広いのにふたりだけなんだ。他のお客さんは?」
「そりゃ貸し切ったからね。当然だ」
「えっ? 貸し切り? でもなんで? なにかお祝いごと? えっと、ヴィクトルの誕生日はまだまだだし、もちろん僕の誕生日でもないし。ユリオの誕生日、はいつだったっけ? あ、ヤコフコーチの還暦のお祝いとか」
「今、ここにいるのは俺と勇利だろう? それなのにどうしてそこでユーリやヤコフが出てくる? あとカンレキ? なにそれ?」
「ですよねー、ロシアに還暦なんかないですよね……ごめんヴィクトル、気にしないで。僕の勘違いです。失礼しました」
「っていうか……ねえ勇利、まわりをよく見てごらん。何か気が付かない?」
「まわりって言われても……えっと、ここはレストラン? で、ヴィクトルと僕は今から晩御飯を食べる……で、いい? あってる? やたらめったらゴージャスだけど。味とか分かるかなぁ、僕」 
「勇利、…………もっとよく見ようか。レストランは貸し切り、テーブルの上には花束とリボンの小箱」
「あ~っと、……そうだ! これ、映画とかで見たことある! プロポーズだ! 外国じゃこんな感じでプロポーズするんでしょ? ロシアもそうなの?」
「そう、こうやって――」
「勇利、結婚しよう。出逢って5年、同居して4年。もうそろそろいいだろう。覚悟を決めて俺のものになってくれないか」
「…………! 待っ、待って。ストップ、ストップだよヴィクトル。冗談! じゃ、なさそうだけど………でも、相手はまさかの僕、なの……? 本気? っていうか、その前にまず立とう? 跪くのやめて! 誰かに見られたらどうするのさ。写真とか撮られたら大変じゃん!」
「別に構わない。そのための貸し切りだし。それより勇利、返事は? イエス or  ノー? 勇利の返事を聞かせて欲しい」
「……えっと、その前にちょっとお尋ねなんですけど……そもそもヴィクトルと僕ってお付き合いとかしてましたっけ……? 僕達ってもしかして恋人だった、の? プロポーズ云々の前にまずそこをはっきりして欲しいっていうか……」
「『キスは恋人とするものです』って言ってたのはどこの誰? ふ~ん、勇利は恋人以外の人ともキスしちゃうんだ。それも何回も」
「違う! いや、違わない! けど……あの、あのねヴィクトル、確かにそう言ったし、キスだって、その、してたけど……でも、でも……うっ、僕だってびっくりし過ぎて何が何やらまだよく分かってないんだから、だからあんまり意地悪言わないで……ぐすっ、……」
「あー、ごめん勇利。ちょっと言い過ぎた。俺が悪かった。ほら、いい子だから泣かないで。落ち着いてごらん? 無理強いする気はないんだ。だから今の勇利の正直な気持ちを教えて。そのうえで、もしよければ俺との未来を考えてもらえないだろうか」
「ヴィク、…………」
「うん? ほら、涙を拭いて」
「……あの、あのね…………」
「なんだい? 言いたいことがあるなら言ってごらん?」
「……だって、僕、好きだって言ってもらってない。ちゃんと言葉で言ってくれなきゃわかんないよ。僕の言ってること、変? 間違ってる?」
「……勇利、ごめん。そうだったね。まだ言ってなかったね。俺はね勇利、勇利のことが、ずっと――」

*****

「あー、ちょっと残念。せっかく部屋、取ってたのになあ」
「…………無理。好きです、はいそうですか。じゃ、ホテルに泊りましょう、とか絶対に無理」
「同じ部屋に帰るんだよね? 寝室だって一緒だし、同じベッドに寝てるのに?」
「じゃ、今夜からソファで寝るからいい」
「身体壊すからそれはだめ。ねえ勇利、何を心配してるんだか知らないけど大丈夫だよ。俺は紳士だから、突然襲ったりはしないって。仕方ないから、初夜は一旦お預けってことにしといてあげる。まあ、おいおい覚悟を決めといて。はい、手」
「……手?」
「手、繋いで帰ろっか。恋人つなぎってやつ、ずっと勇利としてみたかったんだ」
「……うん、」
「あったかいね、勇利。もっと早くこうしとけばよかった」
「ほんとだねヴィクトル。僕もそう思う」
「で、いつごろになったら覚悟が決まりそう? いつものベッドでもいいんだけど、やっぱり初夜は思い出に残る方がいいよね。それに合わせてもう一回部屋を取ろうか。う~んとゴージャスなやつ」
「……せっかく幸せな気持ちだったのに、ヴィクトルって馬鹿なの! もうデリカシーゼロなんだから! 信じられない! さっきから、初夜、初夜って、何度も何度も……言っておくけど初夜は結婚式の後って決まってるんだから! ヴィクトルはどうだか知らないけど、少なくとも僕の中ではそうなの!」
「……それってプロポーズの返事、イエスってこと? イエスでいいんだね? 待って勇利、待ちなさい。そんなに走ったら危ないって。怪我したらどうするの? ほら、転んだ。言わんこっちゃない。こら、逃げるな勇利。止まれ! 止まりなさい、コーチ命令だよー」


失敗だったのか、それとも成功だったのか。
まだ咲き初めぬ恋人の可愛らしさ、清らかさに撃ち抜かれたプロポーズの夜。 

 







 

 


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