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学会参加報告:交流分析学会2024その1

 私の専門の一つ、交流分析の学会に参加してきました。自分の研究発表は無し。RC(後述)の発表を考えていたのですが、準備が間に合わず。
 江戸川大学は初めて訪問しました。流山市の新興住宅地にある、こぢんまりとしつつも広々としたキャンパス。東京ではオフィスビルのような大学が増えましたが、昔ながらの大学らしい大学だなと思いました。


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日本交流分析学会 第49回学術大会・講習会
日時:2024年4月27,28日
会場:江戸川大学
テーマ:臨床の場で交流分析をどのように活用するか

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【学術大会】
 1日目の学術大会の主な内容です。

基調講演
「交流分析の過去、現在、未来:バーンから統合的心理療法へ」
  リチャード・G・アースキン
研究発表
「夏目漱石の回復機転とコ・クリエイティブ交流分析(その2)
  ―『坊っちゃん』を巡って ― 」
  江花昭一(神奈川大学保健管理センター)
「リスマンのトリローグでみた偏差値別学習タイプ」
  後藤文彦(京都産業大学)
「パーソナリティと情動知能がスポーツ傷害発生に及ぼす影響」
  岡田誠(法政大学、名古屋女子大学)、他
「RC(反抗する子ども)の重要性について」
  室城隆之(江戸川大学)
大会長講演
「新しい交流分析の理論を臨床にどう活用するか」
  室城隆之(江戸川大学)

▼アースキンの基調講演

 今回の目玉は、オンラインによるリチャード・G・アースキンの基調講演。アースキンは交流分析の世界で国際的な活躍をしている重鎮で、国際交流分析協会 (ITAA)のエリック・バーン記念賞を3回も受賞しています。すでに80歳を超え、交流分析を生み出したエリック・バーンを直接知っている数少ない人となってしまいました。
 アースキンの名前をご存じの方は、「ラケットシステム」を思い浮かべるでしょうが、今回のテーマは統合的心理療法でした。アースキンは1976年に統合的心理療法研究所というものを設立しています。アースキンの言う心理療法における統合とは、感情とニード(Affect & Need)、行動(Behavioural)、認知(Cognitive)、生理学(Physiological)を統合するということです。アースキンは「心理療法のA,B,C & P」と呼んでいます。これを1975年出版の書籍で論じていたようなので驚きです。
(最近流行のBio-Psycho-Social(BPS)モデルと似ていますね。BPSを調べてみたら、こちらも何と1977年に精神科医のEngelが提唱していたようです。着目点は少し違いますが、統合ということでは似たようなことを言っているのかもしれません。つながりはないと思いますが)
 
 アースキンは、関係性のニーズが人間の行動の主要な動機となる経験であるとし、3つの自我状態を改めて説明した後、人生脚本を形成する無意識の関係性のパターンについて、① 生理学的な生存するための反応、② 暗黙の経験から導き出される結論、③ 明示的な決断、④ 自己を安定させるための取り入れ、の4つあるとし、セラピストがどう関わるべきなのか、ヒントをくれました。

▼研究発表は4題

 研究発表は4題で、正直寂しかった。私の研究が間に合わなくてごめんなさい。
 江花先生は昨年に続きコ・クリエイティブ交流分析から見た夏目漱石について。今回は「坊っちゃん」が題材でした。漱石の文学仲間や読者、そして小説の登場人物(猫を含む)との重層的な語らいが、漱石の回復に一役買っていたのではないかという、コ・クリエイティブ交流分析の視点からの斬新な分析でした。私が専門とするオープンダイアローグ(開かれた対話)ともどこか通じるところがあるように感じながら、お話を聞いていました。
 後藤先生は大学生の調査研究から、受験勉強の爪痕を引きずったままの大学教育と、経験学習が中心になるその後のキャリアとのギャップを埋める方法の一つとして、すべての自我状態を協働させる学習に切り替える必要があるとおっしゃっていました(と私は理解しました)。
 岡田先生の発表も面白かった。スポール傷害を経験するアスリートは自我状態のCPとFCが高く、Aが有意に低いというのです。責任感が強く積極的な一面がある一方、自己中心的で攻撃的なプレーをする傾向が強く、冷静さを失いやすい心理状態にあるのではないか、という分析です。

▼反抗する子ども(RC)の発表に関連して

 そして嬉しかったのが、室城先生がRC(Rebellious Child 反抗する子ども)の発表をしてくださったことでした。みなさんご存じのエゴグラムですが、AC(順応する子ども)には、実は親からのプレッシャーに対し、順応する要素と反抗する要素が含まれています。私を含めた一部の交流分析家は、この反抗する要素をRCとして分け、見える化した方が役に立つのではないかと考えています。通常のエゴグラムはCP、NP、A、FC、ACの5因子ですが、RCを加えたものは6因子エゴグラムと呼んでいます。
 たとえば職場で理不尽な扱いを受けた時に、「仕方ない」と諦めるのがACで、「それはおかしいんじゃないか!?」と抗議するような行動がRCです。私が指導している慈友クリニックのリワークの利用者を見ていると、自分が職場で理不尽な目にあっているのに、「自分は怒っている」ということに気づかない人が少なくないことに気づき、2021年6月の日本交流分析学会第46回学術大会では「怒りの問題をラケット感情から考える」として、2022年7月の第19回日本うつ病学会総会では「うつは怒り 第2報- 怒りの問題の解決に対するリワークの有効性 -」として研究発表しました。6因子エゴグラムとしてRCを見える化することで、自身の怒りに気づきやすくなります。またRCは正当な機能であると認識できれば、「怒るのはよくない」と考えてしまって怒りの表明を抑圧することが減り、アサーティブなコミュニケーションを行うための第一歩になるのではないかと考えています。世間ではアンガーマネジメントが流行ですが、まずは自分が怒りを抑圧してしまうからうまくいかなくなる、ということに気づくことが大事ではないでしょうか。

▼大会長講演も素晴らしかった

 大会長の講演は、交流分析の歴史を概観できる、素晴らしくまとまった内容でした。エリック・バーンはなぜ交流分析を臨床に導入したのか、交流分析はその後どのように展開していったのか、日本ではどのように展開してきたのか。そして関係性交流分析や統合的心理療法、コ・クリエイティブ交流分析など、交流分析の新しい展開を紹介し、最後に室城先生がどのように統合を考えているか、話されていました。

▼交流分析の課題

 ということで、交流分析の素晴らしさを再確認する大会となったのですが、一つショックな話を聞きました。令和5年版公認心理師試験出題基準・ブループリントには、交流分析の「こ」の字も出てこないのだそうです。エゴグラムも載っていません。試験に出ないならカリキュラムに取り入れない大学も出てくるだろうと。これは交流分析の普及発展にとって危機です。私個人としては、交流分析ほど人間心理を幅広く研究し、統合した心理療法、人格理論はないと思っています。自分を知り、他人を知る。自分と他人の間では何が起こるのかを知る。すべての心理療法は交流分析理論のどこかに位置づけられてしまうとさえ考えています。たとえば認知行動療法は、交流分析で言うとAの自我状態にPやCの自我状態がcontamination(混入、汚染)している状態を解除し、Aを活性化するための一つの方法、と言っていいでしょう。認知行動療法から発展したスキーマ療法は交流分析の脚本分析そのものと言ってもいいでしょう。これらをエリック・バーンは1960年代にすでに実践していたのだから驚きます。
 ということで交流分析の先進性をついアピールしたくなってしまうのですが、一方では視野に入れている領域があまりにも広く、しかも奥が深いので、学びきれる人が少ないのも事実です。よく言えば玄人好み。交流分析永遠の課題なのかもしれません。

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