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姿を消した二郎さん

ドラマ『俺の家の話』は、
介護をあつかったTBS系の人気ドラマで、つい先日最終回を迎えた。
皆さんご覧なったろうか? 

介護芸人ということで、坂巻さんはどんな感想を持ったんですか?

気になります! ぜひ聞かせてください!

と誰にも言われてないのだが、一応感想を述べようかと思うのだけども。
いやあ、さすがクドカン。もう最高だったね。西田敏行も長瀬くんも演技やばいし。あと戸田恵梨香はやっぱ可愛い。ボクも山賊抱きしたい。あと長州力のシーンぜんぶ笑えたー。

とか

そういう、どうでもいい感想はどうでもいいのである。
介護目線でどう思ったか?という点となると、自分には実は、あるトラウマを呼び起されたシーンがあった――

――第9話。

寿一(長瀬智也)が家でひとり能の稽古をしていると父・寿三郎(西田敏行)が現れる。
寿三郎は先日グループホームに入所した。
・・ここにいるわけはない・・そうか幻か・・
そう分かりつつ寿一は
「どうしたら芸を継承できるんだ答えてくれ!」
と寿三郎に詰め寄るのだがふっと足元見るとグループホームの名前入りスリッパが。

「……あんた亡霊じゃねえのかっ?」

とツッコむ寿一。つまり本物の寿三郎が徘徊にきてたわけである。
「だってつまんねえんだもーん。あそこの爺さん婆さん孫と薬の話しかしねえしー」
なんて悪態つく西田敏行に、思わず吹き出してしまうようなシーンになってるのだが、それを見ていた介護芸人はこう思った。


・・・・・り・・・

り、り、り、離設だーーっ!!


と。

いま施設は大騒ぎになってるぞ!!何してんだ夜勤は!? 

と。

寿三郎さんみたいな認知症も軽度で、しかも立ち歩き多そうな人は一番注意しなければいかんだろう!!

と。


「離設」……
読んで字の如く。施設を離れること。これ人呼んで、離設。スタッフが目を離した隙に利用者さんが外へ出てしまうことを云う。

これは介護職員がもっとも恐れていることなのである。

耳にするだけで我々は顔面蒼白。震えあがって膝から崩れ落ちる。
口裂け女にはポマード!介護職員には離設!!と叫ぶとよい。逃げてゆく。
というわけで寿三郎さんの如き離設者が出たとき。介護施設ではどんなことになってるか?そのサイドストーリーをお伝えしたい。何を隠そう。自分はやってしまったことがある。

むろん偉そうにいうことではない。大の付く失態である。

自分は職場自体を数回変わっており、これは前に勤務していた施設での出来事。(いまの施設の話ではない。あしからず)

ある日の朝方。8時くらいだったか?
朝食の片づけをし自分は台所で洗い物をしていた。
そろそろ交代のスタッフが来る時間だったので、通常ガッチリ閉まっている玄関の鍵を、この時間になると開けていた。
これが命取りであった。

洗い物を終えてふうと一息ついて、広間にいる利用者さんの様子を見て
ん??と思った。


テーブルに1、2、3、4人・・・

ソファーに婆さま1人・・・

計5人。


んんんー?? 

今日は6人じゃ・・・・しばらく広間を凝視して数秒後。
自分は叫んだ。


「あれ二郎さんはっ!?」


「・・・・・・・・・・・」

茶をすする音とテレビの音だけが響く。

そこそこの大声だったであろう自分の叫びは、その場にいるお年寄方には届かぬ。
完膚なきまでに全員ノーリアクションであった。

――うちの寿三郎こと、二郎さん(仮)は、
無口なお爺さんではあったが(というかお爺さんは基本みな無口)といって大人しいタイプではない。
目を離した隙を見てふらふら施設内を立ち歩き、手をひっぱって席に座ってもらおうとすると

「なんだよぉーうーー」

とふくれてまた立ち上がり戸棚を勝手に漁る。冷蔵庫を開けて食材を喰らう。他の利用者さんの衣服など勝手に着る。90歳のご老台でしたがあえて言わせもらえば、問題児というか……いや問題爺であった。まさしく寿三郎。

自分はテンパった。

テンパりにテンパった。

ト、トイレか!? トイレだよな? トイレだろ? トイレしかないよ? トイレ行くときは声かけてつってんのに。勝手にスっと行っちゃうもんすぐあの人! そうに決まってるトイレしかない!トイレにいてくれ!トイレしか勝たん!

という思考の流れは時間的には3秒くらいだったか。気づけばトイレの扉の前にいた。扉を開けようと、取手を握った時点で自分は絶望した。扉には小窓が付いていたのだ。

誰がどう見たってすりガラス越しに人影はない。

一応ガチャっと開けると、便器だけが空しくあった。


・・り・・・離設・・・?
自分は顔面蒼白した。震えあがって膝から崩れ落ちた。
いやいや!いやいやいやいや?まだ諦めるのは早い。二郎さん二郎さん二郎さんっ・・・と唱えながら事務室、押し入れ、テーブルの下、目の前の道、向かいのホーム路地裏の影こんなとこにいるはずもないのに、山崎まさよしばりに探し回った。


「ねえシズエさん(仮)っ!二郎さん見てないよねっ!?」

テンパった末、自分はかろうじて会話が成立する利用者さんにまですがった。

「・・・・んんー?」

「二郎さんだよ?」「じろうさん」「そういつもそこいるお爺さん!」「お爺さん」「いないのよ」「いないね」「見てない?」「見てないかね」「立ち上がったりしてた?」「立ち上がったりね」

忘れていた。

シズエさんのトークスタイルは基本「オウム返し」であった。

得られる情報は無い。自分は立ち尽くした。

――もう完全にいない――

マニュアルに従い、自分は震える手で管理者さんに電話した。


「え、離設っ!?」


「は、はい・・す、す、すいません。すいません」


管理者さんが電話の向こうで顔面蒼白し、震えあがって膝から崩れ落ちているのが分かる。

「最期に見たのはいつ!?」「朝食後にお薬あげてその時かと…」「何分前くらい!?」「15分前くらい…」「トイレには?」「いなかったんです…」


話していると何も知らない昼のスタッフのおばさんが
「おはよござまーすうー」
と能天気にやってきた。
そして絶望の形相で電話している自分を見て、異変を感じたのだろう。近寄ってきて聞き耳を立て、電話を切った途端に訊いた。


「・・・え。ひょっとして離設?」


「あ、は、はい・・・」


「きええええええええ」

彼女も顔面蒼白し、震えあがって膝から崩れ落ちた。

しばらくすると見たことないスーツの大人の人が5、6人。皆口な顔面蒼白で現れた。

「じゃ俺はこっちの道!」「僕はあっちを当たってみます!」「私は家の方面へ行ってみるわ!」

刑事ドラマみたいな台詞が飛び交い、一斉捜索が開始された。
ペコペコ謝り倒しながら自分は泡をふいていた。

「・・・もういいよ。大丈夫だよ。今日はとりあえず帰りな。大丈夫だから」

勤務時間のとっくにすぎていた自分に、管理者さんが気を使って言った。

「ぼ、僕も探してきます・・・」

そう言ってバイクで近辺をしばらく走り回ったが、二郎さんは見つからぬ。打つ手もなく、しぶしぶ家に帰った。
抜け殻。
天井を見た。

たぶんあれはこの世の終わりの風景である。


――そっから1時間後くらいだろうか。

『二郎さん見つかったよ!』


と管理者さんからラインが入った時には、どれほど安堵したかっ!

聞けば、
二郎さんは大通り沿いの歩道、施設から少し離れたところにひとり座り込んでいたらしい。捜索中の社員さんが発見したとのことであった。

ご家族の息子さんにすぐ報告すると

「父がご迷惑かけてすいません……」

と逆に謝られてしまったそうだ。
自分としては額を地面に埋め込ませたい思いであった。
その後交代時も鍵を外さないこと、ドアをくぐった時に玄関まで聞こえる音量のブザー設置、など反省点が改善された。

このように「離設」とは
多数の人に迷惑がかかるわけで、ご家族と利用者さんの安否を思うと恐ろしいこと極まない、マジガチ注意しなくてはならないことなのである。
自分は肝に銘じた。

ちなみに後日伝え聞いたところによると、スタッフと二郎さんと息子さんのいる席で

「親父、ダメだろ!勝手に外に出ちゃ!!」

と――息子に叱られた二郎さん。

何を思ったか?? ゆっくり右手の親指を上げてGoodポーズをとって

『やってやったぜ』

と言わんばかりにニヤリと笑ったらしいのである。
・・・確信犯だったのか??? 
いやはや問題爺である。これは俺の施設の話。

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