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強者は静かに微笑む

豪雨のスクランブル交差点で、おめかしした浴衣の裾をびちゃびちゃに濡らしながら楽しそうに歩く女の子や男の子たちとすれ違う。
今日はお祭りでもあるのかな?花火大会は、この雨だからきっと中止だろうな。お祭り屋台の、キャラクターが描いてあるビニール袋に入ったわたあめが食べたい!って思ったら、すっかりその気になってしまった。
彼らや彼女たちにとって今年の夏は一度きりの特別なんだろうし、それは私だってきっとそうだ。
どれだけ雨が降っていようが関係ない。
しかし濡れたスカートが歩くたびに足にまとわりつく感覚はひどく気持ち悪くて、駅に辿り着くまでにすっかり疲れてわたあめのことなど忘れていたのだった。

いつもお世話になっている病院の予約していた時間を、ぼけっとしてすっ飛ばしてしまう。
見慣れない番号からの留守電が入っており、再生した瞬間「ご予約のお時間ですが、どうかされましたか?」と心配そうな声が流れてぞわわと血の気が引いた。完全に私のミスでめちゃくちゃ迷惑をかけてしまった。
慌てて謝罪の電話を掛け直したら、病院の人は私を責めたりせずにこちらこそ連絡が行き届かなくてすいません、と逆に謝ってくれたし、急病で倒れたりしていなくて良かったですと言った。恐縮するってこういうときの言葉だ。広い心の大人の対応に感動した。


エルヴィス・プレスリーの映画を観に行く。
特別に彼の音楽が大好き!というわけではないが、主演の俳優が雑誌のインタビューで
「僕は踊りが嫌いだったけれど、エルヴィスを演じてゆく過程でダンスが自然に踊れるようになった」と話していて、それがどうしてか気になったからだ。これは作品を観ないとと思って久しぶりに映画館に出かけた。
館内に入ると、名前の知らない若い日本の男優(イケメン)の大きな写真パネルの前で、女子高生がぴょんぴょん跳ねて嬉しそうに写真を撮っていた。可愛かった。純粋に好きなんだろうなってことが伝わってきて平和な気持ちになる。
エルヴィスの映画はやたら派手でギラギラしていた。無名の若者が音楽界に革命を起こして偉大なスターとして成功してゆく前半と、後半は次第に時代と共に人気が落ちぶれてゆく現実に葛藤する姿や愛する家族との別れ、ビジネスパートナーとして長年歩んできたプロデューサーとの金銭トラブルなど、芸能界のキラキラした世界にいながらも一人の人間としての一生の山あり谷あり人生が描かれていた。肝心のダンスの部分も、本当に踊りが嫌いだった人が演じているのか疑いたくなるくらいの自然な動きで素晴らしかった。
私が1番観たいと思っていたシーンはもう一つあって、それは昔聞いた「ねえ知ってる?エルヴィスプレスリーはドーナツの食べ過ぎで死んじゃったんだって」という言葉の真相だった。私はいつになったらエルヴィスがドーナツを致死量に至るまで食べ続けるのか、今か今かと待ち構えていた。
しかし実際はそんなシーンはひとつもなく、映画は真面目な終わり方を迎えていた。あの話は嘘だったのか?謎は闇のままだ。

その日の夜寝ようして目を瞑ると、作中にたくさん出てきた観客の女たちのキャーキャーした歓喜の叫び声が頭の中で繰り返し聞こえてきた。客席から湧き起こる声援にエルヴィスは全身全霊で応え音楽になった結果、いつしか愛に溶けて消えてしまったのだ。