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視点の移動マジックあれこれ

視点を変えると世の中が違って見える、なんてことは大発見でもなんでもない。何かの折によく目にしたり耳にしたりする言葉だ。でも、本当にそうかな、と思って視点の移動を実際にやってみる人ってあまりいないような気がする。

でも、ぜひやってみるといい。本当に今まで見ていた世界はなんだったんだ、と思うくらい今まで見ていた世界が違って見えてびっくりする。大きく見えていたものが小さく、小さく見えていたものが大きく見えるって、想像以上に面白い。

初めてこれを経験したのは学生の時だった。若気の至りで飲み過ぎて気持ちが悪くなってしまい、当時のボーイフレンドにおんぶしてアパートまで連れてってもらった。彼の身長は172センチくらいだったので、おんぶされている私の目の高さは地上から180センチ以上だっただろう。身長が155センチくらいで、いつもは地上から145センチくらいの世界を見て生きていた私は突然いつもより35〜45センチくらい高い世界を見ることになった。

そのくらいの高さの差なんか大したことないだろうと思うこと勿れ。そこは私には全くの別世界だった。そして、ちょっとした高所恐怖症感覚に襲われた。

地面がとてつもなく遠い。

転んで頭を打ったりしたら大変なことになるような気がした。身長155センチが転んで頭を打つのと身長が180センチが転んで頭を打つのでは遠心力の働き方がかなり違うはずで、身長が180センチが転んで頭に受ける衝撃はずっと大きいに違いないと感じた。

ニューヨークでダブルデッカーのバスに乗った時も世界が変わった。バスの2階から眺める景色は路上を歩いて目にする景色ともビルの2階から見る景色とも違う。いつも見慣れた景色が全く違って見えた。

マンハッタンのストリートを歩いていると、よくベビーカーを見かけた。ベビーカーの子供の視線は大人の膝あたり。それを見るたび、つまんないものばかり見せられて子供がかわいそうだなと思った。それに人混みではみんなそんな下の方を見て歩いてないから、歩行者のカバンなどが子供の顔に当たらないかとヒヤヒヤした。稀にだが、今でも歩きタバコをする人がいるので人混みは本当に怖い。

道の真ん中に座っている女性ばかりを写した写真集を見たことがある。よく覚えていないが、通りの真ん中や商店街の真ん中に女性が横座りしている、そんな写真がたくさん収められていた。人通りのある道の真ん中に人が座っている光景なんて見たことがないから、まずそれだけで意表をつかれるのだが、それよりも、そこに座っている女性たちの目にどんなものが映っていたのだろうかと気になる。

日本がバブルの頃、「いまを生きる(Dead Poets Society)」というアメリカ映画を見た。今は亡きロビン・ウイリアムズが全寮制の男子校の教師役で、ある時授業で生徒たちに机の上に立つように言う。そこからはいつもの教室が違って見えた。生徒たちに物事は常に違った視点からも見なければならないことを教えるシーンが印象的だった。

今、私たちはそういうことをしているだろうか。メディアから流れてくるニュースをそのまま受け取っているのではないだろうか。「違う見方もあるかもしれない」という目でニュースを見たり聞いたりしているだろうか。

当時住んでいた東京のアパートでは天井に頭をぶつけそうなのでやらなかったが、ニューヨークに住んでいた時にそれを試す時がやってきた。アパートにはキッチンのシンクの上部にキャビネットがついていた。手が届かないので、そこには普段使わない食器などを入れていたのだが、ある時それを出さなければならなくなり、高めの椅子に載った。すると、私にとってはそこそこ広かったはずのキッチンがものすごく狭く見えて驚いた。

シンクも冷蔵庫も電子レンジもテーブルも何もかもが小さく、私はまるで小人の国にやってきたガリバーのようだった。椅子の上に立ったくらいで、魚眼レンズの反対側からのぞいているように部屋全体が小さく見えるのが不思議でもあり、驚きでもあった。これは実際にやってみないと、想像するだけでは多分わからない。

そして、やっぱり私は高いところが苦手だということを再確認した。背が高くなくてよかった。身長が180センチもあったら、私は毎日が高所恐怖症で生きた心地がしないだろう。




らうす・こんぶ/仕事は日本語を教えたり、日本語で書いたりすること。21年間のニューヨーク生活に終止符を打ち、東京在住。やっぱり日本語で話したり、書いたり、読んだり、考えたりするのがいちばん気持ちいいので、これからはもっと日本語と深く関わっていきたい。

らうす・こんぶのnote:

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