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タイムパラドックスの物理学

タイムマシンは多くの人にとっての憧れでもあり、世界の様々な小説やアニメ、映画にも多く出てくるテーマです。しかしそのストーリーの中では、必ず気にされることがあります。それがタイムパラドックスです。

過去の世界に戻ったときに、その過去の若い自分自身と会ったり、また自分の遠い祖先に会ったりすると、未来が変わってしまうのではないか?そのタイムトラベルに必然的な絡んでくる問題を、物理学では現在どのように考えているのかについて書いてみたいと思います。

時空の物理を記述する確立した物理理論は、アインシュタインが作った一般相対論です。実はその方程式の解には、タイムマシンを含むものも沢山見つかっています。しかしそのような解は、未知もしくは量子的な効果で実現しないだろうと、多くの物理学者は現状では考えています。

タイムマシンが現れる時空の解には特徴があって、閉じた時間的曲線 (closed timelike curve, 略してCTC)という世界線を含んでいます。そのCTCの世界線を未来方向に辿っていくと、いつの間にかの元居た過去の時空点に戻っているというものです。

そのCTCの本質的な部分だけを見るために、簡単なモデルとして2次元の平坦な時空の中の或る有限空間領域の数学的な同一視で、このCTCを図1のように作ってみましょう。

図1

この時空で「自分突き飛ばしのパラドックス」というものを論じてみます。未来にある同一視の空間領域をよぎる花子を考えると、図2のように彼女は同一視された過去の空間領域から姿を現します。そして再び未来の同一視の「入口」に入って、時間的な周期運動を繰り返すことになります。つまり、彼女のこの時空内の世界線はCTCを構成しています。時空に開いたこの「CTCトンネル」では、その入り方次第では永遠にトンネルの出入りを繰り返すことが可能だということです。

図2

また過去の同一視の空間領域をよぎる太郎がもし居れば、図3のように、太郎は同一視された未来の「出口」の空間領域に姿を現します。つまりこの「CTCトンネル」では、その入り方によって未来に一気に飛ぶこともできます。そういう変わった時空になっています。

図3

このようなCTCが存在する時空では、タイムマシンが実現します。しかしたとえば図4のような花子の世界線もこの時空では可能となってしまいます。図中の赤線で記される同一時刻線上に注目すると、同時刻に二人の花子がその世界に存在するのです。


図4

そこで図5のように、CTCトンネルを通ってきた花子が、まだCTCトンネルを通過していない花子自身を突き飛ばすとしてみましょう。それでも突き飛ばされた花子がうまくCTCトンネルの入り口に入れれば、パラドックスをまだ起こさないで済みます。その突き飛ばされて過去に戻った花子が、今度はもう一人の自分を突き飛ばす番になると考えれば良いだけです。

図5

しかしCTCトンネルから出てきた花子が他方の花子を突き飛ばす力が大きすぎると、CTCトンネルをまだくぐっていない最初の花子は、トンネルに入れなくなります。すると過去のCTCトンネルから現れて突き飛ばした花子もそもそも存在しないことになるので、完全なパラドックスになってしまいます。


図6

ここで仮説として、そもそも花子はCTCトンネルに入らないように、宇宙の法則が働くとすれば、このタイムパラドックスの解決法には成り得るでしょう。図7のように花子がCTCトンネルに入ろうとすると必ず邪魔が出てきて、花子が図6の状況になることを宇宙が阻止をするという考え方です。

図7

でもこの仮説だけでは、タイムパラドックスの全体の解決にはなってはいないのです。何故そのような花子の世界線が自然法則で排除されるのかを答えていないからです。これまで分かっている自然法則には宇宙全体で連動する大域的なものは存在していません。全て局所的な法則のみです。未来を見通して、タイムパラドックスが起きると判断して過去に働く大域的な物理法則のようなものは、現時点で全く知られていません。

このタイムパラドックスの本質は、花子の過去の任意の初期状態に対して矛盾のない世界線を作れないということです。数学的に言うと、初期値問題(コーシー問題)が一意に解けないと表現できます。パラドックスを起こさない特定の初期状態だけしか事前には許されないとすると、初期条件は宇宙全体で微調整されているいうことになります。それが不自然だということこそが、まだタイムパラドックスは解消されていないとする、物理学での専門的な説明になります。ちなみにこの「自分突き飛ばしのパラドックス」は、物理学では人間ではなく、通常はビリヤードの球などに置き換えられて論文には書かれています。

ここで述べたCTCトンネルのタイムパラドックスは量子力学にも拡張されて、物理学者たちに議論をされています。現状のまとめをすると、もしCTCトンネルが存在するのならば、未来が過去を決めるという逆因果律や時間方向に関する大域的な新しい物理法則が要求されるということです。ですので自由意志の存在自体も非常に怪しくなります。逆に因果律や局所的な物理法則だけで記述される世界ならば、自由意志の存在もそれだけから矛盾を起こすことはありません。

既に多くのSF小説や映画で考えられているように、タイムマシンの存在は物理学に非常に大きな挑戦を仕掛けていることになります。一方で非常にもっともらしい不可能性仮説はありますが、厳密にタイムマシンの不可能性を実証した研究者はまだいません。物理学においても夢のある問題として残っているとは言えます。ただし物理学徒がタイムマシンを目指すのならば、下記記事を読んで頂くことをお勧めします。

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