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社会人が学ぶ 遅いことなんて何ひとつない!

今、通信制大学に通っている。
大学に行っていること、周りにはあまり話していない。
話す必要もないし、話したところで理解を得られるものでもないからだ。

今日、上司に通信制大学に通っていることを告げた。
仕事との両立はやはり大変だし、仕事の手を抜くわけではないけど理解は欲しかったからだ。

上司の言葉は「へぇ!!すごいね!!」だった。

私は面食らってしまった。

大概こういう話をすると、「へぇ偉いんだね~」とか「真面目だねぇ」とか、ネガティブな意味を含んだ感じの言葉が返ってくる。

その度に、「ああ、言わなきゃよかった」となんだか嫌な気持ちになるのだ。
好きなことをしているだけだし、勉強が好きとはちょっと違う。
知的好奇心を満たすために、学んでいるだけ。
試験は嫌だし。ラクして勉強できないかな~なんていつも考えている。

そんな私のどこが、「偉くて」「真面目」なんだよ。
自虐を加速させる羽目になる。

しかし、上司の「すごいね!」という発言は、心にすっと入り込んだ。
嫌な気持ちはあんまり感じなかった。

そう思えたのは、上司の人柄によるものが大きいだろう。
それに、私自身が「自分が好きなことをしている」という自覚があるから。

大学に行ってることを後ろめたく思う必要はないって、改めて感じた出来事だった。

私の最終学歴は高卒。両親は中卒というコンプレックスがあるようで、高校進学を反対された。
時は就職超氷河期。
「今の時代、高校卒業しないと就職先すら存在しないんだよ?」と説得した。(母からの条件は「お弁当は自分で作ること」だった。)

高校2年の冬、母から「大学に行かせられる金はない」とあっさり宣言された。
奨学金をもらっても将来景気がよくなるかわからないし、どんな職業につくかわからない。
自分でお金を稼いでまでやりたい学問はなかったから、就職に転向した。

あれから20年近い年月が経って、やっと学びたいと思うものが見つかった。
自分で稼いだ金を使ってでも、「学びたい」と思う学問。

大学は、いつ行っても遅くない。

学びたい!と思ったときに、考えればよいのだ。