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【前編】子どもを中心に実現する、オンリーワンの「よみ愛・読書のまち」~三芳町長・林伊佐雄さん、三芳町立中央図書館司書・代田知子さん、西村めぐみさん~

今回のインタビューで訪れたのは、埼玉県三芳町。
「よみ愛・読書のまち」を宣言する通り、読書推進が活発になされている自治体です。
公共図書館を中心とした地域ぐるみの読書推進ネットワークのもとで、数多くの事業が展開されており、人口1人当たりの図書館蔵書の貸し出し数はなんと2000年から連続で県内1位を記録しています。
そんな三芳町が特に重視しているのは、子どもたちに本と親しむ機会を提供すること。「こどもと昔こどもだったすべての人」へ本を届けるポプラ社の社長として、ぜひ関係者の方々からお話をお聞きしたいと考え、インタビューをお願いしました。
インタビューに応じてくださったのは、2011年の町長就任以来、読書をはじめ教育の充実に力を入れる林伊佐雄町長と、町立中央図書館の元館長で子どもの本の研究者の代田知子さん、そして同館の児童サービスチーフ司書である西村めぐみさん。
お三方にはまず、図書館の開館から約30年間の歩みを振り返っていただきました。

埼玉県三芳町
【概要】

人口:3万7807人(2022年10月1日現在)
面積:15.33平方キロメートル
産業:農業(サツマイモなど)、工業
交通:自動車で都心から約1時間
【取り組み】
・1990年開館の町立中央図書館は児童サービスに特化し、お話会や季節イベントなど、年間200回を超えるきめ細やかな子ども向け事業を実施。
・新生児の保護者にわらべうた遊びの本をプレゼント。4か月児、2歳児には町が絵本プレゼント・読み聞かせ事業を実施。
・学校をはじめとする教育・保育施設やボランティア団体など、さまざまな主体と図書館が読書推進ネットワークを形成。
・2016年4月に「よみ愛・読書のまち」宣言を町議会で採択。上記取り組みを推進事業に位置付ける。

「読書のまち」を地域の旗印に

三芳町立中央図書館で、(左から)西村めぐみさん、代田知子さん、林伊佐雄町長と

千葉 三芳町は2016年度に「よみ愛・読書のまち」宣言をされていますが、まずはその内容からお話をお聞きできればと思います。
 
林 宣言では「赤ちゃんからお年寄りまで誰もが生涯にわたり読書に親しみ、本を読みあう喜びを共有できるまちにします」という言葉を掲げていて、家族間で本に親しむ「家読(うちどく)」の推奨や、毎月23日を読書推進の「よみ愛・読書の日」と定めることなどを盛り込んでいます。
 
代田 あとは、従来から行われていた各種の取り組みや読書推進ネットワークが、宣言に紐づいた推進事業と位置付けられましたね。
 
千葉 その推進事業には、どのようなものがあるのでしょう。
 
西村 たとえば、4か月健診に合わせて絵本の読み聞かせとプレゼントをする「ブックスタート」や、その後の「ブックスタートプラス」、小中学校に赴いて本の紹介をする「ブックトーク」、図書館での各年齢層に向けたお話会などがあります。
 
千葉 一部の例を挙げていただいただけでも、子どもたちの読書推進への取り組みがいかに充実しているか分かります。ただそれだけに、お話をどこから聞いていこうかというのが正直な気持ちでして……(笑)。
 
代田 その気持ちは分かりますよ。私自身、メディアから「人口一人当たり貸し出し数で県内1位という記録の秘訣は」と尋ねられることがあるのですが、目玉事業のようなものを開発したわけではないので、「とにかく細やかに事業を展開した成果がじわじわと表れたんです」と答えていますから。実は、「読書推進に関する宣言を出したい」と町長から初めて相談された時も、目新しいことをやっているわけではないという自覚だったので、大賛成という気持ちではなかったんですよ。
 
林 とはいっても、子どもの読書推進で2度も文部科学大臣表彰を受けるくらいですから、取り組みの質は非常に高いのは確か。それをきちんと町の魅力として発信すべきだと考えての宣言だったんです。代田さんにはその思いをご理解いただき、「よみ愛・読書のまち」という言葉や仕組みづくりについて、中心的な役割を担ってもらいました。
 
千葉 読書推進など教育環境の充実は、人口減対策にもつながりますからね。三芳町では読書推進のほかにも国際理解など、教育全般に力を入れていらっしゃいますが、統計に何か効果は表れていますか。
 
林 少子化により児童生徒数が減少していることは確かですが、30~40代の子育て世代の流入は周辺自治体と比べると多く、教育環境と豊かな自然環境が複合的に作用しているのではと考えています。
 
千葉 なるほど。西村さんにおうかがいしたいのですが、司書の皆さんとしては、宣言を行う以前と現在とで違いを感じることはありますか?
 
西村 学校教育や子育て福祉など、分野をまたいだ連携が以前よりもとりやすくなったように感じますね。
 
千葉 宣言で「三芳町は読書のまちだ」という旗印ができたわけですからね。特に首長が読書への深い理解を明確に示していると、司書の皆さんは心強いだろうと思います。
 
代田 その心強さはとても大きいです。ほかの「読書のまち」をうたう自治体には、宣言が有形無実化してしまっているところも少なくありませんが、三芳町は実態が伴っていると自負していますよ。

学習環境の改革は一体感が必須

千葉 さらにさかのぼったところからお話を聞いていきたいのですが、三芳町で子どもに対する読書推進活動が充実しはじめたのはいつ頃なのでしょうか。
 
西村 私は三芳町図書館に来て10年ほどなので、実際に当時を知るわけではないのですが、やはり大きな転換点は中央図書館ができた1990年だと思います。
 
林 三芳町ではそれまで図書の貸出サービスは公共施設の一部で行われていただけでしたから。その頃については当時から司書でいらっしゃった代田さんが詳しいので、私もぜひお聞きしたいです。
 
代田 中央図書館ができるまでは、町民にとって大きな図書館がない環境が当たり前でしたから、何もしないままでは利用者が増えないだろうと考え、児童サービスの特化に思い至ったというわけなんです。
 
林 当時は町内に団地や住宅街ができたりと、子育て環境の充実が求められていた時期でもありましたね。
 
代田 ええ、そうした地域の変化も踏まえての方針決定でした。それに、子どもの利用は保護者の来館につながりますし、子ども時代に図書館と親しんだ人が、将来的に親として子どもを連れてくるという、長期的な好循環も期待できますから。ただ、方針を決めたところで行事を企画・運営するノウハウがないので、何かをやってみては反省する、の連続でしたけれど。
 
千葉 そうして手探りしながら、年間200回を超える細やかな子ども向け事業を確立していったんですね。その中でも、子どもの利用者増につながった事業には、どのようなものがありますか。
 
代田 1992年から小学校でのブックトークを始めたことで、小学生の利用が目に見えて増えましたね。その後、町内小中学校への学校司書の配置が進められるとともに、公共図書館と学校図書館の司書が連携する仕組みをつくったことで、その効果はさらに大きくなりました。そのおかげもあり、現在では全小学校でブックトークができていますし、中学校での実施も拡大しました。
 
西村 ほかの自治体の司書と話すと、「ブックトークをしたくても、やれる機会が図書館にも学校にもない」という声も聞かれるのですが、三芳町では学校側から声をかけていただいている。それはとてもありがたいことだと思っています。
 
林 話は少し戻ってしまいますが、学校司書の導入にも代田さんは深く関わっていらっしゃいますよね。
 
代田 当時、教育長から学校図書館の活用に関する国のモデル事業について相談を受けて、「まずは学校司書がいなければ活用は難しいかもしれない」と申し上げたところ、段階的に配置を進めてくださったんです。1998年に全校へ配置が完了する過程で、学校側とともに連携の仕組みも固めていきました。
 
千葉 学校と教育委員会、公共図書館が一丸で読書推進の体制を整えていったということですね。
 
代田 そういう一体感があったと思います。教育長も本が好きな方でしたし、学校司書を最初に配置した学校の校長先生も、他校のモデルになるよう学校司書を活用できる環境を一気に整備してくれましたから。 

子育て応援の場としての図書館

千葉 子どもの読書推進は、文字を読めるようになった小学生以上だけではなく、それ以前の年齢層も重視しなければいけませんよね。
 
代田 私たちもそう考えて、開館当初から積極的にお話会などを実施し、1歳くらいまでの子どもの来館は着実に増やすことができました。2008年に始まったブックスタート事業でさらに働きかけが手厚くなりましたが、一方で3歳以上の未就学児の利用がなかなか増えないことは、オープン以来の課題だったんです。
 
西村 3歳ごろというのは、長いお話も理解できるようになってきて、本を楽しむ気持ちがぐっと育つ時期なんですけどね。
 
代田 その大切な時期にうまくアプローチできていないことを重く捉えていた中、ブックスタートプラスが2011年に始まったことで、効果的な働きかけができるようになったんです。
 
西村 ご存じのように、ブックスタートプラスは、司書やボランティアが読み聞かせと絵本のプレゼントをするもので、三芳町ではブックスタートに続く事業として、2歳半健診に合わせて行っています。親御さんからも好評で、そのまま利用者登録をされる方もいらっしゃいますし、保護者間の口コミで事業が定着していることも感じます。
 
代田 あとは、「読み聞かせをしてくれた司書に会いに行く」というふうに、その後の来館の動機づけにもなっていますね。
 
千葉 本とふれあう機会を提供することはもちろん、職員の皆さんとのコミュニケーションを通して、「このまちには自分の子育てを応援してくれる人がいるんだ」と、親に感じてもらう機会にもなっている。その点でも事業の意義は大きいと思いますよ。
 
西村 それに、私たちにとってもボランティアの方々にとっても、小さな子どもたちの笑顔は活動の励みになるんです。 

本を愛する気持ちが生む連鎖

千葉 宣言では「生涯にわたって読書に親しみ」とうたっていますが、大人の方々への働きかけはどのようにされていますか。
 
代田 子ども向けほどの数ではないにせよ、人が集えるような機会は積極的に設けていますが、利用者の方が自主的に「みよし読書愛好会」という団体を立ち上げたのは、最近の嬉しい動きでしたね。
 
西村 愛好会は「中高年の読書会」というビブリオバトル形式の行事を始めてくださり、図書館は開催サポートの立場で携わっているんです。
 
千葉 ビブリオバトルは、本の魅力を発表し合い、どの作品が読みたくなったかを投票するものですよね。子どもたちを対象とした大きな大会も開かれています。
 
代田 近頃のビブリオバトルは競技的な側面も大きいですが、愛好会の読書会は自分が好きな本について和やかに語る場になっています。現役世代の頃に子どもと一緒に図書館を利用していた方が、退職後に集まってできた愛好会ですから、読書会はゆっくり楽しもうと。嬉しいことに、回を重ねるうちに若い世代の方も子連れで参加されるようになったので、現在は「みんなで楽しむビブリオバトル」という名称に改めて開催しています。
 
林 それをきっかけとして、今度は小学生対象のビブリオバトルも始まりましたね。
 
千葉 大人たちが本について楽しそうに話している様子が、子どもたちにも良い刺激を与えたのでしょうね。私は、大人が楽しんでいる姿を見せることは、子どもたちの興味関心を引き上げると考えているのですが、三芳町では図書館を中心にそういう機会が生まれているのが素晴らしいと思います。
 
代田 確かに、本を楽しむ気持ちで世代を超えた人たちがつながり合っていることは感じます。図書館ボランティアにしても、「紹介する本を学ぶ中で、自分が読みたい本に出会えるのが嬉しい」と言っていますからね。
 
千葉 そういった大人の気持ちは、絶対に子どもたちにも伝わると思います。やはり、コニュニティー形成においては一人ひとりの「好き」「楽しい」という思いを育むことがとても重要ですね。三芳町では長年にわたりその姿勢を一貫してきたからこそ、中高年の読書会やビブリオバトルのような新しい機会も生まれていて、今後もそうした連鎖は続いていくのだなと思います。 

後編へつづく)