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タイBLブームと日本実写BLの過渡期

今、日本の腐女子界隈において密かな流行となっているジャンルがある。

タイの実写BLドラマだ。

とある作品紹介ツイートが数万RTされ、それまでタイBLに興味のなかった人々がこぞって見始め、見事に沼落ちしていく。
日本の若手俳優、海外俳優、日本アイドル、韓国アイドル、はたまた二次元・・・それはもう数え切れないくらい色んなジャンルから。

数年前、日本でもようやく認知が広がってきた時期からタイBLを見守ってきた私から見る、タイBL流行の現状と日本の実写BLについてお話しようと思う。

流行の中心「2gether the series」

中でも今一番見られている作品は、YouTubeにて配信中の「2gether」という作品だ。

これは日本においてもそうだが、タイ本国においても、その他諸外国においても、今BLドラマの中で最も注目を集めている。

ストーリーは、主人公Tineが同級生の男の子Greenに猛烈アタックをかけられていて、その子を諦めさせる為に「「偽の彼氏」を演じてくれないか」と、見目麗しく学内で超人気の男の子Sarawatにお願いするところから始まるピュアでまっすぐな物語だ。

これを書いている今現在「2gether」は物語の終盤に差し掛かっているが、ここまで身体の触れ合い的なことはほとんど存在しない。
申し訳程度のキスっぽいシーンや「胸を揉ませろ」と異様に乳に執着するくらいだ。

周りの友人や家族、先輩、後輩たちを巻き込みながら2人の関係と感情が変化していく様子が丁寧に描かれている。

ドラマにおけるBLの存在

「2gether」はGMMTVというタイドラマにおいて覇権を握る会社が製作している。
GMMは過去にも、タイBLを語る上では絶対に欠かせない作品「SOTUS」や、男女の恋愛をメインに描きつつもサイドストーリーとしてBLカップルが活躍する長編ドラマ「KISS」シリーズなど様々な”BL”を描いてきた。

今まで男女の恋愛物からサスペンスまで多種多様なドラマを製作してきた大手の会社が本腰を入れて”BL”を作っているのだ。
日本で言えば「おっさんずラブ」のような立ち位置・・・いやもっと上かもしれない。

タイドラマにはゲイカップルやゲイキャラクター、日本でいうニューハーフのお姉さま方が至極当たり前に存在している。
主人公の友達とか、カフェ店員とか、学校の先生とか、勤め先の上司とか、本当にごくありふれた日常の中に生きている。

それは、タイが比較的LGBTQに寛大な国だというのも要因の一つだろう。
ただまぁ、この実写BL産業においては自国だけでなく他国からも人気があり儲かるのが一番の理由だと思うが。

・・・ともかく、タイにおいてBLが存在するドラマというのは、毎年息をするように大小様々なタイトルが複数作られ、ヒットを飛ばしているというわけだ。

そして何より、そんな大きな会社が本気で作っているわけだから、映像作品としてのクオリティがとにかく高い。

役者への演技指導、カメラワーク、ストーリー、音楽、デザイン、広告、そして”BL作品”への愛情。
何一つ手を抜くことなく、ちゃんと製作費をかけて愛を込めて作ってくれているのが受け手にも伝わってくるのだ。

俳優同士の”妄想カップル”売り

このBL産業は、なんとドラマ内だけには留まらない。
作品内でカップルを演じた男の子たちは、基本2人コンビで売り出していくスタイルが主流になっている。

作品外のイベントでも、ソロより2人で呼ばれるお仕事の方が多い。
しかも、キスぎりぎりのゲームを毎度やらされたり、見つめ合ってラブソングを歌いあったり、結構な絡みのある撮影会が行われたり、俳優さん本人たちもまるで本物の”BLカップル”のように振る舞うのだ。

その姿はまさにBLドリームランドである。

「僕たちはお付き合いしてないよ」「兄弟みたいな関係だよ」そう言いながらもファンを喜ばせる接触や甘い台詞は忘れない。

そんな妄想カップルがタイには今一体何組いるのか、ここ数年ずっとタイBLを追ってきた私ですら把握しきれないくらいには存在している。

そして、俳優さん本人たちはプロ意識を持ってお仕事をしてくれているので、絶対に嫌な顔はしないし、”妄想カップル”であることを当たり前として活動してくれているのだ。

自分の相方が他の男性と絡もうものなら阻止しにいったりとか、ファンへのハグサービスにも嫉妬してみせたりだとか、「恋人はいるの?」とインタビューされて相方の名前を答えたりとか、ありとあらゆる手管で私たちファンをドリームランドへ連れて行ってくれる。

書いててどんな世界だよと思ってしまったが、紛れもなく今まで私がこの目で見てきた事実そのものだ。

もちろんオタクだって彼らが本当にお付き合いしてるなんて思ってない。
しかし、妄想するくらい自由ではないか。
そんなオタクの妄想に、現実の俳優さんたちがお仕事の一環として大々的に付き合ってくれている、とそんな現状である。

日本だけじゃない、グローバルなファン層

日本の腐女子の間でブーム、なのだが、そもそものファン層はとんでもないくらいにグローバルだ。

自国ファンに次いで多いのは中国ファン。
過去中国でも似たような形態があったが、政府からの規制があり引き裂かれた”妄想カップル”を何組も見てきた。
そんな中でタイに救いを求めて沼落ちする中国ファンは本当に多いのだ。

そしてその他アジア、アメリカ、ヨーロッパなどなど、日本では考えられないほどに海外ファンがついている。

日本でも何度もタイの俳優さんたちを呼んだイベントがあったが、横から日本語、前からタイ語、後ろからは中国語と韓国語、あとは判断できない謎の言語、添えられた英語字幕という何度行っても「ここどこだっけ」となるような現場だ。

それは、タイが自国での経済の自給自足が難しいから海外への売り出しがうまいという面もあるのだろう。
(その点、日本は海外に売りださずとも自国でやっていけるのでこうしたグローバル化は起きないのだと思う)

大体の公式インフォメーションには英語がつき、最近は俳優さん自身もSNSを更新する時は自ら英語翻訳も一緒に投稿してくれるという福利厚生の手厚さである。

タイBL流行の要因

ここまでタイBLの現状を長々と書いてきたところで、なぜここまで日本のオタクたちが沼落ちしてしまうのか、その理由を考えてみた。

1,YouTube等における無料配信

日本でドラマを見るとなると、テレビで見るか、見逃した場合は有料視聴サービスへの登録などが必要となる。
しかし、タイのBL作品はほとんどがYouTubeやLINETV(タイで大人気のドラマ配信アプリ)で見るのが主流だ。
もちろんどちらも公式で投稿されていて、なおかつ無料で見ることが出来るシステム。
時間に追われ支払いに追われる現代社会において、いつでも手軽にワンクリックで、しかも無料でハイクオリティなドラマが見れてしまうのだから、流行らないわけがない。

2,日本語字幕の対応の速さ

「2gether」に関しては日本の有志からとんでもないスピードで日本語字幕を提供される。
今までは放送されて数日後に日本語字幕がつくなんて考えられなかったし、なんなら字幕なんてなくて当たり前の世界だった。
いくら福利厚生が整ってるとはいえ、さすがにタイ公式から日本語字幕がつくことはない。
これは有志の方の頑張りただそれだけなのでもう感謝しかないが、こういうリアルタイムで楽しめる対応の速さも一つの要因だったと思う。

3,”BL”への嫌悪感のなさ

前述した通り、スタッフも俳優さん本人たちも”BL"への嫌悪感は絶対に見せない。
自分たちはこうあるのが当たり前だと、常にプロとして”BLカップル”を演じてくれているのだ。
その意識の高さとスタッフさん、俳優さんの家族友人仲間、みんながファンを受け入れてくれてるのがわかるのは素直に嬉しいし、こちらも余計なことを考えずシンプルに楽しめる。

4,供給が多い

タイ人はとにかく写真とインスタが好きだ。
それは俳優さんたちやスタッフさん、はたまた親御さんや兄弟までも同様で、毎日のようにありとあらゆる角度から彼らの私生活やお仕事の状況をリアルタイムで知ることが出来る。
授業中、自室でのくつろぎタイム、出勤中、就寝前、楽屋でのひとコマ、リハーサル、本番中、旅行先・・・そんなところまでさらけ出して大丈夫なのか?とこちらが心配になるほど更新してくれるのだ。
後述するが、現地ファンによってイベントの様子は動画・写真が上がるので、現地に行かなくても十分楽しめるシステムになっている。
タイのオタクを始めると、日本にいながらタイにいる推しの生活を堂々と覗き見ることが出来てしまうというわけだ。

5,”距離”が近い

会いに行けるアイドルなんてフレーズがあるが、そんなもの比ではない。
日本の俳優やアイドルたちは有名であれ無名であれ、本人とファンの間に”距離”は大いにあると思う。
写真は決められた位置で、プライベートでは話しかけちゃいけない、お金がなければ推しに会えない・・・。

一方タイの俳優さんたちは、海外ファンをたくさん抱えていて物理的距離は遠いが、その分心の距離はとても近くに置いてくれる。
前述したSNSの更新頻度もそうだが、自分たちをあまり”特別”扱いしない。
自分の私生活も一般人と同じように晒すし、コメントにも返信するし、いいねも共有も気軽にしてくれるし、国内外問わず空港等の出入り待ち、写真撮影とそのSNS投稿、ツーショットもサインもすべてタイミングさえ良ければOK。
タイはそういう文化なのだ。
後先考えずに行動してしまうなんとかなるさ精神の国民性が、私たち海外ファン、特に推しと距離を置かれがちな日本人にとっては優しすぎる世界なのかもしれない。

日本の実写BLの現状

日本における実写BLの転機は、間違いないく連続ドラマ版「おっさんずラブ」だ。
あのヒットを皮切りに、「きのう何食べた?」や「窮鼠はチーズの夢を見る」など、大手の会社がふんだんに資金を使って世間に名の通った役者さんが演じる本気のBL作品が増えてきた。

これまでの日本の実写BL作品といえば、映像慣れしてない若手俳優を起用し、なんとなく予算がないのも伝わってくるような小規模作品が多かった。

まさに日本の実写BLは今、過渡期を迎えている。

「おっさんずラブ in the sky」から見るBLへの意識

「おっさんずラブ」(以下1期)のヒットを経て作られたパラレルワールド作品「おっさんずラブ in the sky」(以下2期)
こちらは前作とは違い、お世辞にも良い作品とは言えなかった。

1期は春田と牧と黒澤の心情の変化を追いながら、個性豊かなキャラクターたちの恋愛模様も交えて丁寧かつピュアな純愛として描かれている。

しかし2期は、なぜそこで好きになったのか、どこで気持ちの変化があったのか、そういった細かいところがまったくもって伝わってこず、とにかく雑な印象だった。

視聴者はバカではない。
一つ一つの行動や台詞に意味を込められて作られたものは、たとえはっきり提示されていなくてもその意味を汲み取ることが出来るし、ただヒットしたからといって「こういうのがいいんだろ」と何の深みもなく作られた作品に対してはその雰囲気を察してしまうのだ。

1期が大ヒットしてしまったから、すぐに2期の計画を立て、役者を揃え、なるべく早い段階で興味が薄れる前に放送してしまおうと、そういうことだったのかもしれない。
でも、そこにあるのは商業的な思惑だけで、作品に対する愛は感じられなかった。

”BL”だから、「おっさんずラブ」だから、なんでもいいわけではない。

そこに製作側からの意図や気持ちや愛が籠っていない作品は、どれだけ良い役者を揃えて良いストーリーをなぞっても、大好きな”BL”であっても、結果として見るに堪えない仕上がりになってしまうのだろう。

「おっさんずラブ」で一瞬変わったと思った”BL”への意識は、実際には何にも変わっていなかった。

1期のように男女の恋愛ドラマとなんら変わらず、誠意をもって製作してくれればそれは絶対に視聴者に伝わる。
それをわざわざ”BL”であることに特別を見出し、「こうやってイケメン同士がいちゃいちゃしてれば満足なんだろう?」という姿勢で来られては興ざめなのだ。

「勘違いしないでね」という空気

前述した通り、タイの俳優さんたちは普段からカップル売りをしているわけだが、日本の俳優さんは違う。

もちろん、タイの売り方が必ずしも正しいとは思わないし、むしろ日本のように役は役、俳優は俳優ときっちり分けるのが普通だろう。

ただ、俳優さんに限らず・・・例えばYouTubeでBLっぽい動画を撮っている人たちなど、日本全体の雰囲気として「あくまであれは役だから、俺は違うから、絶対勘違いしないでね」「ゲイ扱いしないでね、ちゃんと女の子が好きだよ」「お前にキスされるなんてキモイよ(笑)」という空気を感じるのだ。

私はそれを見ると一気に冷める。

そう思うならやらなきゃいいと思ってしまう。
本人たちも乗り気で嫌悪感なくやってくれるなら一番いいし、それが無理でもやるからには最後までそういう雰囲気は出さないでやりきって欲しい。

その点、BLCDでカップルを演じる声優さんたちは皆さん本当に素晴らしいと思う。
真摯に役と向き合って、他のお仕事と分け隔てなく誇りをもって演じてくれているのがアフタートークや普段の口ぶりから伝わってくる。
私たち視聴者の存在を認め、自分たちもまたBL文化を受け入れようと努力をしてくれる、その姿勢がただただ嬉しいのだ。
もし本心がそうでなかったとしても、こちら側にはわからないのでなんら問題はない。

Janne Da Arc的に言えば「死ぬまで騙して」とそんなところだ。

あらゆるジェンダーやマイノリティを理解できなくてもいい。
日本全体が、そういう人がいるのも当たり前だと受け入れる社会になってくれたらいいなと願うばかりだ。

日本の実写BLが向かう先

地球全体が大変な中で、今まで通りとはいかない日々を過ごしているわけで、エンタメ製作へも影響は多分にあるだろう。

それを抜きにしても、今後日本の実写BLが当たり前としてクオリティの高い作品を出し続けることが出来ると思うかと問われたら答えはNoだ。

鶏が先か卵が先かではないが、どちらが先でもいいので、日本全体の雰囲気として許容範囲を広く持つこと、偏見をなくし自分は自分、他人は他人と受け入れること、どんな作品でも関わる人みんなが真摯に向き合うこと。
そんな世の中になればきっといい方向に行くのではないかと思う。

私だって、出来ることなら自分が生まれ落ち日々暮らしている国で、自分たちの操る言語で、素敵な作品に出会いたい。


★2022/06/25更新
「タイBL流行から2年、実写BLとファンの今。」


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