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全力で欲しがることを許可してもいい  ー創作大賞2023ー

「どうせ私にはできやしない。だって、ずっとそうだったから。」
そうやってガードしていた方が、ダメだった時の傷が浅くて済むし、「ほらね、やっぱりダメだった」「わかってたから別に平気だよ、傷ついてないよ」って顔ができる。

いつもそうだった。どんな時も、そうやって「これは全力じゃない」呪いを自分にかけていた。本当はまぁまぁ頑張っているのに、こう言うことで逃げ道を作っていた。結果、上手くいくはずもなく「ほらね、私になんてできるはずがなかった」という当たり前の失敗体験を積み重ねて、「どうせ……」思考を、それはそれは太く、立派に育ててきた。

私は他の人と違って、ただの引きこもりの主婦だし、文章の勉強もしていない。楽しい体験を、面白く、しかも上手に書ける人がたくさんいる中で、なに勘違いして頑張っちゃってんの? と思われるのも恥ずかしい。

決して正面から向き合いはせず、横目で流し見るように「関係ないけど日記書いたついでに? ちょっとテーマに沿ってなくはないし? ダメもとで。どうせ無理だけど」と、文章コンテストには片手間感覚で参加してきた。

昨年 ”読書感想文でお小遣いを稼いでいたエッセイ” で応募した「創作大賞2022」。
結果、中間選考にもかすりもしなかった。

これが悔しかった。本当は全力のつもりだったし「せめて中間くらい通るやろ」と傲慢にも思っていたから。

一生懸命に真正面から文章に向き合い、魂を込めて応募作品を書いていた知り合いの書き手さんたちも、中間選考を落ちたり、本選を落ちたりしていた。

正しく悔しんでいる書き手さんたちを見て「どうせダメだろうけど」「とはいえ中間くらい通るやろ」という気持ちで参加していた自分を「私にはこの人たちのように悔しがる資格すらないな」と恥ずかしく、情けなく、申し訳なく思った。

書くことをバカにするのもいい加減にしろ、私。

私にできることはこれしかないのに、それを自分でバカにするのか? 

言い訳しながら挑戦するのはやめた。
正々堂々、全力で挑む。どうしても、文章コンテストの賞が欲しい。

今までも本当は全力だったけど、これまでのように自分の意識の中に逃げ道を作らず、常に「本当に全力だしてるか?」と自分を煽り続けた。

そして1年。「創作大賞2023」の開催が発表された。
すると、SNS上には「どうせ……」と言っている、去年の私がたくさんいた。

”去年の私” に対して煽り、自分の逃げ道を無くした。
ついでに、Twitterのフォロワーも30人くらい無くした。ごめんやん。

昨年、落ちた ”読書感想文” を1年かけてバージョンアップし、さらにもう2本「創作大賞2023」のためだけに企画したネタで渾身の庶民派エッセイを書いた。

どうしても何らかの賞が欲しい、と全力で挑戦した。

引きこもり主婦の半径数メートル以内に起こる平凡な毎日しか書けないことは変わらないけれど、それでも自分なりに全力で向き合った。
あれ以来私は「どうせ……」とは思っていない。

ああ、今、これを書いてて泣けてくる。ちゃんと本当に頑張ったんだわ。わたし。

頑張った。言い切れる。

(あんだけ事前に煽っていたので、中間選考の発表までは、ちびりそうなほどびびっていた)

正しく悔しい思いをする準備も万端でいたけれど、運も味方をしてくれて、なんと、今年は大賞を受賞することができた。

まさか大賞がいただけるとはつゆ程にも思っていなかったし、今回受賞できたのは奇跡やラッキーかもしれないけれど、それだって全力で挑戦したから起こせたラッキーだ。宝くじだって買わなきゃ絶対に当たらない。

「どうせ私にはできやしない」と、自分が全力で何かを欲しがることを許可しないでいると、うまくなんていくはずがない。

そんな人がいっぱいいるように思う。

あなたも、全力を出して頑張ってもいいんだよ?
もしダメでも、全力で悔しがって、成長して、挑戦し続けるうちに、いつかラッキーが起こるかもしれない。


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