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大きな前歯と、他人軸

わたしの前歯は大きい。写真に映る時は必ず口を閉じるように気を付けてはいるが、油断していると出てる。ポロンと。

乗っている。下の唇に。

油断ポロン

あとから写真を見て心底げんなりする。どんなに服が可愛くても、素敵な風景でも、楽しかった思い出でも、そのポロンと出た2本の前歯にしか目がいかない。
周りの人もそこしか見ていないに違いないと思ってしまう。前歯の写った部分をカッターで切り取って捨てたいと、今まで何度思ったことか。

昨今これだけルッキズムの否定をされているのにこんな話をするのは気が引けるけれども、気になるんだから仕方がない。歯並びが気になって心から笑えない。みんながわたしの歯を無様だと思っているような気がする。

もし綺麗な歯だったら、心の底からとびきりの特大スマイル(ダサい)がかませるのではないか? 芸能人のように全ての歯の大きさやカーブがビシッと揃った美しい歯になりたい!

でもあの針金のような矯正器具を着け続けるのは大変そうだな。それに大人の歯も動くのかな? めちゃくちゃ口内炎になりそうだけど大丈夫かな? もうちょっと考えようかな……などと考えているうちにアラフォーになってしまい、もういまさら綺麗にしてもなー、だったらこれまでの汚い歯だった時間の分、もったいないなー(?)と思っていた。

そんなある日インスタに流れてきたのが、いま流行りの「透明なマウスピース的な歯列矯正器具」だ。
うわー、これなら全然目立たないじゃん、しかも外したい時に自分で外せるの? 超いいじゃん!
あちこちの口コミや症例写真を検索しまくった。

そしてダメ押しに先日、好きな人から「歯並びが綺麗な人がタイプ」という言葉を聞いた。「そ、そうなんですねーアハハー」と返事をしながら、半開きだった口をすぐ閉じた。すぐ歯科医院を検索して、すぐ予約した。翌日11時だ。すぐにも程がある。

さー。これで私も来年には綺麗な歯でにっこり笑うぞ! どんとこい、ローン地獄!

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歯列矯正専門の歯科医院はさすがに普通の歯科医院と違い、大理石のカウンターにシャンデリア、ふかふかのソファーというゴージャスな内装だった。問診票を記入し、歯のレントゲンを撮り、待合室で待っていた。

ここを出る時は、もう綺麗な歯並びに向けてのカウントダウンが始まっており、さぞ足取りが軽いことだろう……そう思うとワクワクした。
今日ここから美しい歯までへの道のりを『中年女性歯列矯正日記』と名付けてnoteで連載しようと思い、待合室の写真をバシャバシャとたくさん撮っておいた。

「さいとうさーん」
いよいよ名前が呼ばれ、待合室よりもさらにゴージャスな個室へ通された。

そこで待っていたのは……若いイケメン歯科医師!
ついうっかり太字にしてしまった。…なるほど、そうきたか。

ジッとレントゲンを見られると、体の中身を見られたような気がして恥ずかしかった。やめて、そんなに私の内側を見ないで。ドキドキ。
私はこれからこの人と力を合わせて美しくなるのか……はい、ローン組みます!

そう心の中で決断していると、イケメン歯科医に言われた。「斉藤さん、これ、前歯が大きいんじゃないですね。その隣が小さいんですね。」

え?

「歯列矯正で歯の並びを治すことはできますが、小さい歯を大きくすることはできません。斉藤さん、歯の並びは綺麗なんで、インビザラインしても見た目は変わりませんね」

なんだってー!
長年、大きい大きいと思っていた前歯、お前たち、実は普通だったんか……! その横のお前たちが小さかったんか……!
なんてこった。大きな勘違いをしていた。

お前たちだったんか……

確かにそう言われてみれば、前歯は普通のサイズで、その横の子たちが小さいような気がしてきた。そうか……お前たちが……。
歯列矯正で小さい歯を大きくすることができないことも納得した。

「芸能人みたいなビシッと揃った歯にしたいと書かれていましたね。でしたら、その小さい歯を一回り削ってセラミックの被せ物を作ることをお勧めします。芸能人の歯はみんなそれですよ。彼らには何年も矯正している時間なんてないし。矯正より気軽に短期間でキレイにできますよ! 私も実はそうです。はっはっは!」と言われた。イケメン歯科医の歯を見ると、それはそれは美しくビシッと揃った歯が、これでもか、と輝いていた。

そうだったのか……! いや、考えてみればそりゃあそうか。次々に冷静になり、自分の無知に打ちのめされていた。健康な歯を削って、セラミックの被せ物をして綺麗にしていく事例をタブレット端末で見せてもらった。被せ物かぁ……。

明らかにテンションが落ちている様子の私を見て、イケメン歯科医はこういった。

「でも、私は斉藤さんみたいな前歯が少し大きい口元って、セクシーでキュートだと思いますけどね?

そそそ、そうなのーーー??

ああ、またうっかり太字に! 

健康な歯を削ることに抵抗もあったため(ほぼ「前歯が大きいのはかわいい」と言われたため)一旦その日は帰ることにした。

ちぇ〜。ここを出る時はルンルンで歯列矯正の多額のローン負債者になっているものだとばかり思っていたのに……。

帰ったらすぐに「前歯大きい 芸能人」で検索した。わたしはすぐ検索をする。
前歯が大きくてもかわいい芸能人もたくさんいた。

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いろいろな歯並びの人を見て、わからなくなってきた。

わたしは本当はどうなりたいんだろうか? ビシッと大きさの揃った歯になりたいと思ったり、前歯が大きくてもかわいいと思ったり。

長年「綺麗な歯並びになりたい」と思っていたはずなのに、人に言われてこんなに簡単に意見が変わるなんて、もしかしたら「綺麗な歯並び」も本当の自分の希望じゃなかったんだろうか? 世間で言われている美の基準が、自分自身の基準だと思い込んでいたんだろうか?

もし誰にも見られなくても、この大きい前歯が気に入らず、治したいと思っていたんだろうか?

「他人の評価を気にしない」「本当の自分の希望は?」「ありのままの自分は?」

「自分がどうしたいのかわからない、他人に求められている役割を演じてしまう」という記事を以前書いた。私は2年前からあまり変わっていない。

背の高さ、肌の黒さ、前歯の大きさなどの外見についても、他人に「大丈夫」と言われたり「それはそれでステキ」と言われて、一個ずつ飲み込んできた。

自分の真の希望かどうかしっかり考えているつもりだけれど、やはりあちこちで他人の評価に気持ちを左右されている。

外見についてだけではない。発言や行動、思考そのものまでも、いまだに他人に何を求められているのか、どうしたら喜ばれるのか、自分の役割を探している。

どこまでいっても人からどう見られるかにぶち当たっていてうんざりする。自分の道を進んでいるつもりなのに、ハッと気づくとまた別の角度からどう見られているか気にしている。

気付くたび「んああああっ! また他人を気にしてる私!」と、着ている皮を脱ぎ捨てているはずなのに。

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ただ、2年経って最近思うこともある。

「もし他人がいなかったら……」なんてことは実際にはありえないし、わたしはこれからも死ぬまで他人との関わり合いの中で生きていくし、今、すでにここにある体も心も、他人との関わり合いで出来上がったものだ。

外見の美しさも、心のあり方も、生き方も、社会で言われている基準に全く影響されずに自分だけで築いた判断基準で生きているなんてことは、誰にもあり得ないんじゃないだろうか? 他人や社会に一切影響されない、ありのままの自分なんて、どこにもいないんじゃないだろうか?

他人の目や評価を気にして生きてきた自分が……、自分に自信がなくて他人に求められる役割をこなすことでなんとか居場所を作って生きてきた自分が、もはや「ありのままの自分」なんじゃないか?

もちろん全てを他人任せにすることを良しとはしたくないし、「自分の意思」や「アイデンティティ」を持つことに強い憧れがあることは変わらないし「本当の本当はどうしたいか?」を探すことも諦めたくはない。

けれど、それも全部含めてわたしなんじゃないか? 自分すらこの自分を認めずに否定しつづけてこのまま死んでいくのは、辛すぎる気がしてきた。

他人軸で生きている自分も認めてあげてもいいのかもしれない。わたしももうアラフォーで、ここまで精一杯生きてきたんだもん。

大きい前歯も、その隣の小さい歯も、他人の目にドキドキさせられながらわたしとずっと一緒に頑張ってきたんだよな。
お前たちも、よくやってるよ。

あーあ、セラミック、どうしよっかなー。


おしまい。

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