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罪を償えるという幸せ

小学3年生の次男の棚から、夏休み前に学校で借りた本が出てきた。今はもう10月だ。

借りたことを忘れていた、という次男。
「正直に”忘れてました、ごめんなさい”って謝って、返せばいいんじゃない?」と言うと「えー、絶対めちゃくちゃ怒られるよ。どうしよう…」と悩み出してしまった。

「わかる。嫌だよね、怒られるの。でも、その本がなくて困ってる人いるんじゃない?」と尋ねると、「こんな本、誰も読まないよ。人気ないし、つまんないし。返さなくても誰も困らないよ」とのこと。

なになに?
『台風の大研究 最強の大気現象のひみつをさぐろう』?
ばかやろう、めちゃくちゃ面白そうじゃないか。最強の大気現象のひみつを探りたいよ、私は!

しかし「何ヶ月も経つけど何も言われんし、きっと誰にも気づかれてないよ」とごねる次男。

あー、次男。卑怯者の私に似てしまったか……。


私には、無数の罪がある。

借りたものを返さないで自分のものにしてしまう、いわゆる”借りパク”なんてカワイイもので、親の財布からお金を盗んだり、遅刻を社会や他人のせいにしたり、仮病を使ったズル休みなんて息をするようにしまくってきた。仮病は呼吸。

ズル休みをしてベッドでお菓子を食べながらプレイする『マリーのアトリエ』は最高だった。

自分の地位向上のために女友だちの悪口を言いふらして蹴落としたり、自分の魅力を確認するために他人の彼氏をとったり、仕事でいい評価が欲しくて仕事以外のことでいろいろと頑張って出世したりもしてきた。ここには書けないようなひどいこともたくさんしてきた。

全ては、自分の欲だけのために。

とても仲が良かった人と、すれ違い、たくさんの傷をつけあい、周りを巻き込んで、みんなの居場所を壊した時なんかは、
「違うの!私が悪いんじゃないの!勘違いされているみたいだから誤解を解きたい!」
と、謝るよりもまず周りに必死に説明して回った。

頭の中は「私は悪くない!悪いのは私じゃないのに!どうしよう、味方がいなくなっちゃう!みんなに嫌われたくない!」ばかりだった。

どうしても「傷つけてごめんなさい」が、言えなかった。

結局、誰にも聞いてもらえなかったし、全員と疎遠になった。

今でも彼らを少しでも目にすると、一瞬で何もかもを思い出し、みぞおちあたりから黄色いモワッとした何かが出てきて、胃がキューっとする。反射的に目を伏せてしまうし、ひどいと吐き気や頭痛までする。

本当に卑怯者で、うんざりする。

悪事がバレて、不貞腐れながらでも「ごめんなさい」と伝えられ、償うことができた罪からは解放されているけれど、謝れないままに通過してしまった罪こそ、今でも忘れられず、とても苦しい。

いや、隠し通せてなんていないんだ。

私が、人の悪口を言いふらすことでしか他人の興味を誘えないつまらない女で、友だちの男をとることでしか自己確認ができない哀れな女で、能力がないから仕事以外でコソコソとズルするしかない惨めな人間で、人を傷つけ周りに迷惑をかけたのに、自分の保身しか考えていない卑怯者だということは、きっと全世界が知っている。

今朝、柿をお裾分けしてくれた隣の古川さんにだって、実はきっとバレている。

そして、これは一生続く。

だって、私がそれを1番知っているし、忘れられないから。

今からでも罪を償えたら…。
一言でも「あの時は、ごめんなさい」と謝れたらいいのに……と願うけれど、それはもう叶わない。一生、この気持ちを伝えられないことが1番辛い。

目を逸らしたくなるものを、たくさんたくさん作って、ここまで生きてきてしまった。

気づけば、あっちにも、こっちにも。
目を逸らしたいものだらけで、私の世界はずいぶんと狭く、濁っている。

こんな思いを次男には、してほしくない。

この先、彼が人生を生きていくなかで、きっといくつもこういう場面に遭遇するだろうし、もしかしたらいつか私のように卑怯な選択をすることもあるのかもしれない。
私には、彼に”正直に謝れ”と言う権利なんてないのかもしれない。それでも、たとえエゴだとしても、次回は届かないとしても、今はどうしてもアドバイスをしたい。

そして、卑怯な自分にも言い聞かせたい。

「誰も気づいてないかもしれないけど、きみは今、気づいたでしょ? これからずーっと、きみ自身が1番このことを忘れられなくて苦しいよ?」
「一瞬は怒られるかもしれないけれど、”勇気を出してよく返したね”って、自分を褒めてあげられた方が、きっと気持ちいいよ?」

そう伝えると、次男は『台風の大研究』をランドセルに入れて、学校に行った。

今日、ちゃんと返してこれるといいな。
帰ってくるまでドキドキして待つことにしよう。


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