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短編小説『妄想猫』続き

★前半はこちら★https://note.com/orisakuame/n/nf20a834af40c

 妄想猫は一気に4倍になったのである。こんな狭い部屋で4匹全員を健康的に飼育することは難しい。だから私は引っ越しすることにした。誰かに預けるわけにはいかないほど事情が込みいっていたことや、自分で面倒を見たいという思いが大きかったからだ。
 嘘をついている気持ちはなかった。ただ、引っ越しをするとなると両親や友人、恋人に言う必要があり、その時にどんな理由を言えばいいか困った。私はもっと大学から近くて広い部屋に住みたいという(すでに大学から徒歩十分の場所に住んでいるので苦し紛れだったが)理由を挙げ、引っ越しをすることにした。
 恋人とは一昨年、動物園の業務体験実習で出会った。私と同じくらい小柄であるのにも関わらず大胆に治療していく姿を見て恋をしたところ、なぜか受け入れられ付き合うことになり、もう二年ほどになる。私たちは将来のことを考え、これを機に同じ屋根の下で生活することに決めた。
 引っ越しの翌日は小雨が降っていた。朝のランニングから帰ってきた彼は、腕いっぱいに大きなダンボールを抱えていた。
「子猫が落ちてた」
 恋人は言った。
 私は子猫のおでこを撫でた。子猫はまだ目がよく見えていないようで、突然現れた感触に右往左往していた。今朝捨てられたばかりだろうか、ミルクは新鮮そうだった。ダンボールの中の汚れたシーツを取り替えるため、自分の引っ越し荷物から猫用のペットシーツを取り出した。
「あれ、なんで持ってるの?」
「後で話がある……」
 子猫が眠った後、私はラギーと3匹の子猫について話した。恋人は私の話を中断せず静かに耳を傾けてくれた。一通り話し終わった後、恋人は言った。
「だから猫グッズがこんなに。僕もね、荷物の中に新品のかじり木とうさぎ用ペレットが入ってるよ。自分用じゃないから安心して。今はどうしてるの? その子たちは」
「この子猫が来てから、姿が見当たらないの。もう見えなくなってしまったかも……」
 私は部屋を見渡した。ラギーの好きそうな空き箱が沢山あるが、遊んでいる気配はない。雨がベランダに落ちる柔らかな音が聞こえる。
「そういえば今朝、猫の鳴き声みたいな音で起きた気がする。君が唸ってるだけかと思ったけど、もしかしてラギーが教えてくれたのかもしれないね」
「君のそういうところ、好きだよ」
 私は子猫にラギーという名前をつけた。やんちゃな雄で、キーボードを打つ私の手にじゃれたり、足の指を噛んだり、ジャージの紐を追いかけ回したりした。大学を卒業したらもっと広い部屋に住んで、この子にきょうだいを作ろうと思った。


                                    了



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