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猫とくらせば / どうなるかわからないノイズだらけ

「ああすれば、こうなる」といった合理性だけで動く世界を前提とし、取捨選択をする。「どうなるかわからない」ものは手入れしない。それどころか「ないもの」として扱い、人間を同じ論理に当てはめながら考えていく現代。それが脳化社会だと、養老孟司『ものがわかるということ』では指摘する。

一方、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、新自由主義が浸透するなか、コントローラブル(制御可能)な自分の行動の変革が重視され、自分以外のアンコントローラブルな社会はノイズ(雑音)として除去される。さらには、知りたい情報だけなく、文脈が多く偶然性の強い知識が書かれた本(そして読書)そのものが"ノイズ"になっていると触れる。

二冊に重なるテーマを思いつつ、ふと横を見れば、猫たちが気持ち良さげに寝ている。こいつらほど「ああすれば、こうなる」が通じない生き物はいないよなあ。事あるごとに、その引力に助けられている。


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