見出し画像

2024年J2第16節横浜FC-清水エスパルス「イシを積み上げる」

2点目のゴールを決めた後、伊藤翔の周りに歓喜の渦が出来る。守備陣のボニフェイスも駆け寄ったほどだ。1点差のまま突入した後半アディショナルタイムに試合を決定付ける追加点が生まれたらポジションに関係なく喜びたくなるだろう。
その一方で、ゴールの後にフィールドに仰向けになっていた選手がいた。櫻川である。その伊藤翔のゴールを結果的にアシストする形になったが、フリーで放ったシュートを枠にすら飛ばせない自分の不甲斐なさに天を仰いでいたのか、それともこれで試合を終わらせたという一種の達成感からか。見ている側からすると前者であって欲しい思いが先にくる。未完の大器からの覚醒を石に噛り付いてでもしてほしいのである。


試金石

2試合勝ちなしの横浜。不安定な試合を繰り返しており、例年の如く団子状態のプレーオフ圏内からこのままでは落ちてしまう危機感があった。この日対戦する清水とは勝点差が12。しかも清水は7連勝。この試合に勝ったからと言って順位がひっくり返る訳でもなければ、もちろん並ぶ訳でもない。その状況下でも首位のチームとどんな試合が出来るか。プレーオフ圏内、そして自動昇格圏内に自分たちがそこにいる資格があるのか、試される試合だった。2位長崎に敗れているからこそ、この試合を内容も悪く落とすのは自分たちが2位以上のチームには勝てないと表してしまうようなものだ。
連勝中の首位のチームを止めれば、リーグの流れが変わる事がある。2022年開幕から14試合負けなしで首位を走った横浜も11節で栃木に引き分けてから流れが怪しくなり、14節熊本戦からは4試合で3敗と一気に流れが変わっていった。強い相手でも一つの負けからグラつくことを私たちは知っている。それを今度は清水相手に吹っ掛ける番である。

横浜がこの試合で採用したのは、徹底的に清水の裏のスペースを衝くという事だった。特に清水の右サイドの裏のスペースにボールを入れて、小川が回収して攻撃を継続した。左のウィングバックにはここ数戦スタメンの村田ではなく、中野を配した事もその布石にある。
狭い空間や俊敏性で村田は力を発揮できるが、経験があって戦術を遂行できる中野は、清水が嫌がるところにボールを落とし続けた。小川の運動量もあって、ここで清水全体を押し下げる事が出来た。
また横浜は開始から下がった相手に対して前線からのプレスを敢行した。4バックの相手に、前線3枚が網を張ってスライドしてけん制した。清水は全体的にボールを限定されてサイドバックから中に刺さるボールが少ない。センターバックからボランチ、ボランチから縦パスとサイドの攻撃を自ら限定しているかのようだ。あるいはサイドバックが縦に大きく逃げるボールを蹴らされては、福森やボニフェイスが着実に回収した。前線の北川やカルリーニョスがボールを持てば怖さはあるが、そこはユーリ中心に守備陣が身体を張って耐えた。前半清水に許したシュートは3本。J2で最もゴールを挙げているチームに攻撃の形すら作らせなかった。

前半17分。ガブリエウが自らのシュートで得たコーナーキック。蹴るのは福森だが、今シーズン初めてだろうか井上を使ってショートコーナーを入れると、一番ファーサイドで待っていたガブリエウが清水ゴールにヘディングでゴールを叩き込み横浜が先制。今シーズン横浜で最も再現性のある期待値の高いセットプレーからのゴールを清水相手でも再現できた。

ほぼ文句のない試合内容で横浜は1点リードして試合を折り返すことになった。首位相手にこの内容なら、まだまだ横浜は戦える。そう感じた。

石の上にも

後半は一転して清水のペースになる。横浜は前半あれだけハーフコートマッチのように前線からプレスをかけて、後ろも守備のラインを高くとればスタミナの消耗は激しい。さらに、この日は25度近くまで気温が上がり蒸し暑く、フィールドからは湿気がムンムンと上がる。
後半清水は乾を投入。ボールを保持できる選手を入れた事で後半横浜は守勢に立たされる。清水は前半の途中から失点した後あたりからシステムを切り替えはじめ後半は明確に3バックでゲームを進めた。横浜の狙っていたサイドバックの裏へのボールに役割をはっきりさせて蓋をしてきた。後半横浜は石の上にも何年と言ったとか言わないとか。中盤でボールが止まらず剥がされて持ち込まれる回数も距離も増えていく。それでも怯まないのが横浜の守備陣の良いところで、タフな肉弾戦で清水にも消耗の色が見え始める。

盤石

横浜も前線の2人を変えて前線の運動量を保とうとした。櫻川については、プレスの緩さは話題だが、スピードのない選手が下手にスペースを空けてしまうのと、とにかくコースを切るのとではどちらが効果的なのだろうと考えていた。前者は奪える可能性もあるが攻め込まれる可能性も高く、後者は奪える可能性は低いが攻め込まれる可能性も低い。時間帯や相手との位置関係によるが、自分が指揮官ならベースは後者の意識を持たせたい。1点差で派手な攻撃陣に良い形でボールを渡したくない。下げさせられたら無理に追わずにじっとスペースを埋める。清水もそれを理解しているからボールを動かしてスペースを作りたい。大きくロングボールを蹴るのであれば別で、出来るだけ追ってタフなキックを強いる事でミスを誘ったり私にはあの時間帯とあのやり方ならあそこで鎮座する方が意味があると見ていた。

清水の攻撃陣の選手を全て使ったのを見て、横浜も逐次選手交代。概ね役割は変わらない。疲労の見えてきた選手をそのまま交代させてフレッシュな選手を投入。サイドでは中村が献身的にブロックを作る。和田は完全に対乾で彼にボールが入ろうとするところでススッと身体を寄せて彼に前を向かせない。

アディショナルタイムは6分。このまま終われと思っていた矢先だった。中盤で身体を投げ出してボールを奪うカプリーニ。それを回収した和田から伊藤へ。裏に走りこんだ中村にスルーパスが出る。前線にフリーで入り込んだ櫻川にクロスが上がる。競り合っている選手もいない。あの広いゴールマウスに叩き込めば、相手GKが元日本代表の権田であっても決められるだろう。

ところがクロスに合わせたヘディングは叩きつけすぎて勢いを失ってしまう。逸れていくボール。そこに風のように現れて押し込んだ選手がいた。中村にスルーパスを出した伊藤がまるで櫻川のヘディングが外れることを予想していたかのように走り込み後半51分に2点目となる追加点を挙げた。これで盤石の体制となった。

セレブレーションの時間を加味しても1分から2分で2点は重くなった清水イレブンの動きはガクンと落ち、これで試合は終了となった。横浜は首位撃破。今年は首位だった岡山も破る首位キラーなのか

賽の河原で石を積む

賽の河原で石を積む逸話は有名であるが、あれは私たちも同じだと思っている。サッカーは自分だけが研鑽すれば高みにいける競技ではなく、必死に石を積んでも鬼が表れてそれを崩されてしまう事がある。意図していない累積警告や出場停止、コンディション不良、負傷による長期離脱、移籍によるバランスの変化等そうだろう。途中まで作り上げた石塔は不運に出会うとゼロからやりなおし。それを38回繰り返していく中で一番高く積み上げた者が一番頂点にたどり着ける。

越えなばと 思いし峰に 来てみれば なお行く先は 山路なりけり

これはある古い歌であるが、意味はそのまま。越えなくてはいけないと思っていた峰に来たが、峰に来たら来たでまだ次の峰が続いている意。
つまり、第16節に勝利したものの、勝ち点差9はまだまだ遠いところにある。残りの試合も20試合以上ある。ビッグゲームに勝利した次に完敗では目も当てられない。1つの勝利で一喜一憂する事なく、淡々とイシを積み重ねたい。昇格するという意志を。

この記事が参加している募集

#スポーツ観戦記

13,475件

#サッカーを語ろう

10,804件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?