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Kagura古都鎌倉奇譚【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(10)

10:かぐら、陰陽に踊る





「おーい。神楽。いいのか?お前」




暫く黙っていた烏天狗が自分の背後から声を掛けて来る。
念願のゲームが今まさにできていて、ゲーマーたちの間ではほぼ周回遅れであろうこの事態を収取すべく、取り憑かれたようにRPGゲームをしている。



自分の家で。



食料もしこたま買って、引きこもりになる気満々でゆったりとやっているのに…。昨日家に帰ってから狐少女は口うるさく「戻れ」と言うし、この烏天狗は時折憐れそうな目をしてくるし、膝には犬猫のように当たり前の如く蒼い龍がいるし。
くっそ可愛いが。
何だよこの丸いフォルムは。





「いいんだよ。これは…俺的な瞑想だ」
「やるなとは言わないがよぉ…」





上手いこと言ったような気がする。


あれから自分はずいぶん色々道中も考えていた。
彼女らに色々と提案も受けていた。
しかし、最終的には
『普通の営みは送れないだろうから、こちらで仕事をして欲しい』
というところに至った。
それだけは譲れないのだと、彼女らは口を揃えた。

普通の営みが遅れない。

そのことを、自分は正直大げさだと思っている。
言っても、熱とか、ちょっと厄介程度であろう。
その程度で社会人が勤まるほど甘くはない。
自分は若く元気だし、だいたいその症状現象とやらも受け入れがたい。

どうせ自分には見えたりだとか、聞こえたりだとか
そういう馬鹿げたことは起きやしない。
今見えない世界があるなら見せてみろってもんだ。


そのことを受け、狐少女はとりあえず鎌倉に行って自分の現状や、今後の事を小笠原家や大宮女命様に報告したり助言を貰うと、プンスコしながら出て行ってしまった。

ま、怒ってる理由は主にゲームばかりしているからだろうが…。




最終的に、小笠原家を出る時はもっともらしいことを言って出てきたが、小舞千はガッツリ疑いの眼差しだったし、狐少女はその時からギャーギャーと喧しかった。益興さんと藍子さんは不思議なことに何も言わなかった。



『絶対戻ってくること』



そう、釘を刺されたが。

唯一何も言わずに着いてきたのが烏天狗だったのだが…。
ここに来てとうとう口を開いた。



「お前が状況飲み込めねぇってのも分かるし、急に言われても仕方ねぇってのも分かる。だが、今は俺らがいるから“あの小さいの”はなんとか窓際で食い止めてる」



ゲームのセーブが終わったというのに、それを出されると進められない。



「だが、お前の中の鬼は曲がりなりにも神だ。荒魂って言うとんでもねぇな。お前、昨夜から寝てねぇだろ?」



確かに。
一晩中駆け回っていたのに、全然疲れてもいなければ眠くも無い。
むしろ、やる気と活力に満ち溢れている。



「だが、今夜は寝る」

「だろうな。それがどうしたんだ?」



脅すつもりはねぇが…。



と、彼は言いにくそうにする。



「正直夢の中までは護ってやれねぇ。番(つがい)でもなけりゃな」



自分はゲーミングチェアをくるりと回し、自分よりも一回り大きい烏天狗を見上げた。



「どういうことだ?夢?守るってなんだ?」

「…体の中に鬼が宿ってて、今目を覚ましちまってるんだ。前世の朝霧も鬼にも仕事やらすって言ったのを中で奴も聞いてる。お前の体半分は鬼同然。魂を明け渡す夜なんてのはお前は無防備になる」

「え?俺、・・・死ぬ?



流石に不安になりそう聞くが彼は“死なねぇよ!”と、現代風なノリで突っ込んできた。案外この烏天狗は付き合いやすいのかもしれない。



「だが、地獄の夢を見るだろう。それから、その鬼の気にあてられた奴の夢だとか。まあ、目が覚めている間も地獄探知機みたいになって、自然とそういうのを感じたり見たりすることになるんだろうが」

「・・・それ、さっき“護る”って言ってたが…どれだけ危機的状況なんだ?」

烏天狗は寝息を立てる子龍を気遣いながらも、小声で唸って人差し指を立てる。

「そうだな。この時代的に言えば“毎日超絶ホラー映画豪華4本立て”を見れて、“夏の怖いホームビデオばりのことが現実で常に”起こるぞ」

「起こるぞ♥じゃねぇよ鳥野郎!!どうにかしてくれよ!!!」

「するけどだから戻って、番と俺らと・・・」
「だから“つがい”って何なんだよ!!!俺はオバケとか大嫌いなんだよ!!」


烏天狗の首にぶら下がっている、ボンボンがついた変な細い布を、龍が起きないようにガクガク引っ張ると、案の定「キノコ野郎」「鳥野郎」という罵り言葉と神や眷属とは思えない罵詈雑言で罵り合うという醜い戦いが繰り広げられた。



龍は、あれから寝てばかりだ。
両手にすっぽり乗るぐらいの子猫ぐらいの龍は、まるまるとしていて可愛いがしっかり皮膚も、鱗も龍で、額にも閉じているが目がある。閉じた瞼の縁が女性の白いラメ入りのマニキュアのようにキラキラと輝いている。
今の所小さいので、西洋の龍のような体系だ。
ぽってりとした腹を撫でてやると心地よさそうにゴロゴロする。
猫のようだ。



「ったく、神楽。あまり良く分かってないだろうが、俺たちの言うことも少しは聞き届けてくれ。俺らは命を賭してお前を護る。だが、お前が無防備すぎると俺らの手から零れちまう可能性があるんだ」



それは…。
生徒を預かる身の教師としても胸に迫るものがある。
こちらがどれほど覚悟決めてようとも、思春期の子らは自由度と知性は高いが、危機感に乏しい所がある。
こちらがどれほど心血注いでも…。本人たちが飛び込んでいったりしようものならどうしようもない。



分かるが・・・
あまりにも超常的過ぎて受け止めきれない。



「夕方には稲荷も帰ってくるだろう。それまでじっくりお前の瞑想でもして考えをまとめておくんだ。俺は外の客人を追い払ってくる」



すぐ戻る。

烏天狗はそう言って消えた。

「瞑想って…あいつ本当天然なのか?」

セーブしたゲームの画面を見ながら自分は頭を掻いた。








すぐ戻ると烏天狗は言っていたが、長く帰ってこなかった。
ゲームもするが、先ほどのホラー映画のようなこれからのことを考えてしまい、身が入らない。
水のペットボトルを手にし、一口飲む。
窓の外は日が傾きかけていて、烏が飛んでいる。




『眠い…』




急な睡魔に襲われた。
酷い眠気だ。
コントローラーを何度も手から落として龍に当てそうになる。





何度か持ち直すが、自分はとうとう夢の中に堕ちてしまった。








空が、赤と黒だ。




赤い空に、黒い雲かもしれない。




周辺の海辺の建物も色があるようで無く、
全てがグレーに汚れて影があるようだ。




海辺に立っているが海も波打ち際ですら、黒く、暗い。





雰囲気も重々しく、息苦しい。

だというのに、

『酷く懐かしく、心地よい』

そう思ってしまった。



と、その時・・・。

『なんだあれは?』

海から黒い小さな丸が見えた。

それはゆらゆらとしていて、

何だか大きくなってきてる気がする。

目を凝らしていると、

その黒い丸が、増えた。
3つ・・・

いや、4つ、

10・・・?

いや、もっと沢山だ。






ー…分かった。



人の頭だ。


マネキンのような凹凸の黒い影がある。





黒い人影が、海から上がってくる。
まるで、ゾンビのようだ。





海の先の町にもどこかを目指してぞろぞろと、粗末でボロボロな農民服を着た人々が、ゾンビのように奥に向かっている。







ー・・・誰も自分を見ていない。
そう思った。




だが、




帰れない。そうも思った。






そして、うすら寒い気配と嫌な予感と共に振り返ると、目の前に

あの、白い子供が立っていた。








骨と皮だけの小さく、やせ細った体。


干からびた顔。


栄養がいきわたっていない、ぼさぼさな髪。


その顔に浮かぶ、奈落のような黒い穴。


落ちくぼんだ口と目。





「どこ・・・どこ・・・」





それしか言わないのに、黒い口から白い歯と舌の先しか見えないのに、



彼の深い、深い
絶望感と、
悲しみ、
孤独、
憎悪、
憤りが・・・

衝撃と鳥肌と共に伝わり、体をそれに蹂躙された。







このままここにいたら、殺される









そう強く思った時、





ググゥ…

唸り声だ。


そして、

まるでカメラの光の映り込みのように、

発光体が目の前に現れた。

その光は上から差しているようで、

眩しさの中に人型が見えた。





それもそれは・・・

昨夜の小舞千のような姿だった。




彼女はその剣で舞をしだした。




鈴を持っているようには見えなかったが、
合いの手のように鈴がどこからともなく鳴る。




すると、一瞬ひるんだその子供が見えたかと思うと






パッ

目が覚めた。

「ググゥ…」

目の前には、目を開けている龍がいた。
こちらをつぶらな瞳で見ている。
額の目は閉じたままだったが、目が開いてることにも驚いたし、何よりあの夢の中の唸り声がこの声だったのに混乱もしている。



汗を大量にかき、
息が上がっている。
息苦しさもそう言えば感じていた。




窓の外を見ると、夕日に染まる空が見えた。
いわゆる、「黄昏時」というやつだろう。



「お前が、助けてくれたのか?」



まだ震える手で龍の頭を撫でると、やはり猫のように嬉しそうに掌に頭をこすりつけてきた。



ほっとするもつかの間、



「おい神楽大丈夫か?!」

と、烏天狗が凄い勢いで部屋に入り込んできて



ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン!
『佐竹さん!佐竹さん私です!小舞千です!開けてください!』

玄関の外には狂ったようにチャイムを鳴らす小舞千がいるようで…?



「うぁああ!!神楽大事ないか?!四肢はあるか?!心の蔵は無事か?!首も繋がっておるし、腸も無事・・・!!ああ!!心配したのじゃぞー!!」

とんでもなくグロい心配をしながら、人の体を撫でまわして、最終的に涙と鼻水の頬ずりをしてくる狐少女。いや、ばあさん。




その行動に触発されて、龍が ぎゃっ、ぎゃっ、と顔に飛びついてくる。




とりあえず一人ずつ部屋に座らせて、茶を淹れた。
自分の無事を知った全員は、まったりと自分たちがいかにこの瞬間まで頑張ったかを報告しだした。



ああ、
そうだ。


たぶん、身の危険を感じ取りにくいのは・・・
こいつらのこの、どこか危機感のない行動と言動のせいもあるだろう・・・。


そう理解を1つ深め、自分は遠く彼らを見つめた。

ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。