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Kagura古都鎌倉奇譚【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(6)

(前回のあらすじ)教職につく佐竹神楽(25)は冬休み前にひょんなことから怪異などに巻き込まれ、年末に鎌倉に来ることとなってしまった。怪異によって、与えられた冬休みの2週間の内1週間を振り回され、年明けまであと30分ほど。正装と言われる着物を着て、鶴岡八幡宮の第二の鳥居前に来るがそこから暖かで、妖しげな、人間のいない騒がしい異次元へと来てしまったが、ここは…?

6:かぐら、古都鎌倉に酔う

往来には、明らかに神様のような輝く方々が
ゆったりと鶴岡八幡宮に向かっている。

唖然としながらも、おのぼりさんのように一つの景色も見逃すまいと周りをきょろきょろと見回す。

そのたびに「佐竹さん!」と、小舞千に窘められた。
彼女曰く、「厄介なこと」に巻き込まれる可能性があるからということだが、
正直言うとそれも好奇心で少し気になるところでもある。

と、向かいから蒼く、目立つ男性が歩いてきた。
この流れに逆らい、帰っていくようだった。



「やあ、絵巻師方。年明けからも宜しく頼むぞ」
「ええ。こちらこそよろしくお願いいたします。また、後程江島、竜口山にも馳せ参じさせて頂きます」




益興さんを始め、藍子さん、小舞千が深々と礼をする。




とんでもなくカッコイイ、和服の光り輝くお兄さんに。





「神楽!」

小声でいつの間にか人型になった狐少女に窘められ、自分も慌てて腰を深深と折った。




アイスブルーのようなふわふわ逆立つ長い髪は踝まで長く、まるで龍のようだ。

瞳もこの世で見たことが無いほどの朝日のようなシャンパンゴールド。


目鼻立ちもくっきりしており、深い慈愛の籠った微笑みで自分たちを見た。



世に言うイケメンという奴を少なからず荒んだ心で見ていた自分だが、これほどまでに神々しい美しさを見ると最早崇めるほどの心地になるのだと、初めての感覚に狼狽している。

青や黄色を基調とした羽織の下はまるで古代の神のような白い服であった。
質素にも見える。



「そうか…」



彼は優しくも、威厳のある声で言う。




「主らも、良い年になった。そちらの絵舞を継ぐ者を挨拶周りに行かせるのだな?」

ー継ぐ?!





驚きに顔を上げようとしたが、狐少女に足を踏まれて更に腰を丸めた。
結構地味に痛い。





「はい。これまで本当にご助力を賜り、この益興、藍子共々深く感謝しております」




あの飲んだくれの華絵師のまっさんが、まるで将校の引退のように張りのある声で目の前の自分よりかなり若い容姿の男に、熱く礼を言っている。




「益興、藍子。そなたらの絵舞はどれひとつとっても素晴らしく、大神様も大変お喜びであった。大儀であったな」




そう言うと彼はぽんと、益興と藍子の肩に手を乗せた。



「五頭龍様!」
「・・・ッ勿体なきお言葉!!」




2人は、泣いているようだった。
小舞千も、面の下から雫を何個も、何個も落としている。






正直まったくついていけなかったが、その優し気な声と、仄かに彼から温かい光を受け、どこか懐かしい感覚を覚え、もらい泣きをしそうだった。

男なのに、母性のようなものも感じる。だがしかし、体躯から見る通り男らしい力強さも感じる。



「小舞千、神楽」
「はっ」
「え?!」




思わず大きな声を出しながら、だらしなく顔を上げてしまった。




もはや、名前を何故知っているかなどという愚問はしない。

だが、呼ばれると思っていなかった。



五頭龍と呼ばれた彼と、ばっちり目が合う。




自分が思わず竦み上がると彼は目を丸くして、静かに笑いだした。



「友よ。何度転生してもお主は同じ反応をする。愉快な奴だ」
「と、友?!」



最早語彙力が死亡している。
自分の発言は動物の鳴き声に等しい。

しかも、裏返った。
死にたい。




「しかし今回は男の子(おのこ)に転じたのだな。で、主が女子(おなご)か。腕は鈍ってないだろうな?」

「お試しになられるか」




驚く前に小舞千が秒速で刀を掲げたので反射的に




「ちょちょちょちょちょ・・・ッ!!!」




と、2人の間に入っていってしまった。
勿論脊髄反射なみの突発的行動だったので、この後の事は勿論無計画だ。





とりあえず、気まずい空白の時間ができたので


「新年も目前に、物騒なことはやめようではりませんか」





と、言い、眼鏡を・・・。仮面があることを忘れて仮面の鼻面を押し上げてしまった。






爆笑だ。






あのイケメン神様?兄さんですら腹を抱えて、イケメンに笑っている。
藍子さんだけがあわあわしている。


吹き出しながら。


「お主は・・・!本当に相変わらず間の抜けた・・・。ほんに、愛らしい童よ」
「えっ?!」



彼の愛情表現が良く分からず、驚きに固まると彼は自分と小舞千の肩に手を置いた。

温度的な温かさではない、内から外へと泉の如く湧いてくる不思議な温かさが心臓から末端まで流れ込んできた。



「またな。待っておるぞ」



彼はそう言って瞬きの間に消えた。
まだ鶴岡八幡宮にも辿り着いていない、参道でこんな強烈な人に会うと思わず、完全に度肝を抜かれて若干放心状態だ。

しかし、これから向かっていく流れの最中、彼だけが帰っていくようだった。

「神楽君、驚いただろう。あれは腰越におわす五頭龍様でな。遥か古から華絵巻師が世話になっとるありがたい神様なんだ。もしかしたら、一番古い付き合いのあるお方かもしれんな。藍子」

藍子さんは うん、うん。 と、何度もうなずいてほほ笑んだ。




「始めはアレだったが、本当に懐の深い、しかし、親切な御仁でな」
「アレ・・・?」





不穏な言葉を聞き、益興をみやる。

「それにしても・・・」




小舞千の様子が何だかおかしい。
いや、女3人ともおかしいようだ。
益興の話も自分の話も聞いていない感じだ。

これは・・・知ってるぞ。





「何度見てもいい男だねぇ~…」
「何度見てもイケメンー!」
「何度見ても美しいのぅ~・・・」


3人がため息を吐くほど、うっとりと彼が去った先を見ている。


ー凄い!某ゲームの攻撃「魅了する」っていうのが現実で見られるとは!


妙に胸が熱くなるが、それに伴いじりじりと「面白くない」という荒んだ心が沸き上がってきたのも事実だ。
まぁ・・・、とは言ってもこの世の者とは思えぬほどの美男子であった。
太刀打ちできない相手に感情をあらわにする程愚かではない。
至極当たり前の光景だろう。




「お前たち!何なんだ揃いも揃ってはしたない!!俺だっていい男だろ?!こんな粋で、できるじいさんは俺しかいねぇだろ?!」

ーいたわ。ここに愚か者が。





むしろこの空気で張り合おうという精神を褒め称えるべきか。
迷うところだ。
そして、案の定華絵師のまっさんは女子から猛烈な集中砲火を浴びた。



「あなた!五頭龍様と同じ空気を吸えるだけでもありがたいって言うのに!」

ー藍子さん。本気で泣くな。


「おじいちゃん思い上がりも甚だしいわよ。あの方が宝石なら、おじいちゃんなんか爪の先に詰まった泥付きの小石なんだから。それも足の」

ーやめて差し上げろ。孫からの痛烈な攻撃は。おじいちゃんが泣きそうだぞ



「益興、二度と転生できぬよう首と胴を切り離し、首を材木座海岸、胴を小町某所に私自ら埋めてやろうのぅ」

ー狐!少女の顔して一番イカレたこと言ってんじゃねぇ!!良く分からんが、じいさんが本気で顔蒼くしてるぞ!


身内同士でバトルロワイアルを年末にするのヤメロ。


「ちょっと待ってください!新年まで時間が無いんだってさっき急いでたのにいいんですか?!もうあと15分ですよ!!」


自分が言い放った瞬間に、最も全員が蒼くなり、


静かに歩くことを止め走り出した。



「な?!」



極端だ。
極端すぎる。



なんで0か100かなんだ!





益興が、振り返る神様のような方々を無視し『全力疾走だー!!』と、先頭切って走っていたのが、いつしか最後尾になり、自分がそれに並走し、女性陣が息も切らさず光り輝く鶴岡八幡宮に着くという年末最後の事件を終え、自分は辺りを見回した。





ー光る雲だ・・・スゲェ・・・







少し足を動かすと雲にピンクや金色の細かな光を舞わせながら、雲のようなものがふわりと動く。

鶴岡八幡宮に辿り着くと上の境内に続く階段から、舞台周辺から、太鼓橋からわいのわいのと神様がごった返していた。
狐少女や藍子さんが「あれは何の神」と教えてくれるが全然頭に入ってこない。それどころではない。眩しくって、天にも昇るような心持に勝手になり、とんでもなく温かい。



ー冗談抜きで召されそうだわ。




と、小声で小舞千が「佐竹さん」と窘め、狐少女が小突いてきた。



「気を抜くな。死ぬぞ」
「こんな心地で死ねるならむしろ良いのかもしれない」



それに小舞千が えっ と驚くが、狐少女は平然と言う。



「ほう。二度とゲームができないのにか?」
「ぜってぇ死ねねぇ。死んでも閻魔倒して還ってくるわ」



小舞千が無言でこっちを見ている。

分かっている。君の表情も、心の声も、自分には分かっている。

どうせじっとりとした目で「うわ。こいつ引き籠りのオタクだわ」って思ってる。それがなんだというのだ。こちとらゲームの為に屋根のある一人暮らしをしているようなものだ。自分の家というより、ゲームの部屋に自分が帰らせて貰っている、いや、頂いているといっても過言ではない。

それを、

君には分かるまい。

肩を叩かれた。

「ん?」

振り返ると美しい天女のような人が、心配そうに自分を見ていた。

「神楽。だめよ。体は労わらないと。心配している人が沢山いるわ」

周りの老若男女の神々が一斉に「うん、うん」と、頷く。



圧巻だ。




そして、最高の公開処刑だぜ。



「特に、素ラーメンにお肉ばかりの大量の食事は毒よ」

周りの老若男女の神々がまた一斉に「うん、うん」と、頷いた。





圧巻だ。

そして、最っ高の恥辱に塗れた処刑だぜ。
しかも、美女に言わせるとか。
美女の口から素ラーメンとか言わせちゃって・・・。

もう一回聞きたい。

「そのぐらいにしてやってくだされ。こやつはまだ年頃でございます故」

そして、狐と言えど美少女に「年頃」と庇われるこの光景。



この年末の心の傷の闇は深い。



小舞千が無言ではあるが、気の毒に思ってくれているのか何度か様子を伺うそぶりをした。だが、もう自分の事は話題にも上げず、視界にも入れて欲しくない。誰かいい感じの穴を掘ってくれたらありがたいのだが。







年明け10分前。




急に空が一段と輝いた。





まるで昼間…。





いや、光の中に飛び込んでしまったようだ。




だというのに・・・

不思議な感じだ。

目も見えるし、
何故だか懐かしい気がする。

もしかしたら気持ち悪い表現かもしれないが、
世に言う母親の腹の中…
胎児の感覚だ。




温かくて、安心する光に包まれている。







「佐竹さん。見て。あの方が天照大御神様よ」








ほら。と、
彼女は自分の背に手をそっと添えた。





小山ほどある大きな光に包まれた彼女が、天照大御神様だと言う。
神話のような白い服の裾をなびかせて、
金色の雲に乗り、
両脇に狐少女のような子らと、護衛のような者達を引き連れている。








開いた口が塞がらない。

周りは彼女が出てきた瞬間から大盛り上がりである。

彼女は両手を広げ、言った。




「新しき年を明けましょう。新しき時と新たな命を祝しましょう。あな、めでたや、めでたや!」

めでたや!
めでたや!!




周りはもう小躍りしながら絶好調である。
立派そうな鎧の男性も、厳格そうな女性も、今にも倒れそうなおじいさんの神も、本当に嬉しそうだ。



その後、神を引退する人、新たに神になる者の名前が天照大御神から紹介され、前に出ては引っ込むを繰り返した。


そして、唐突にそれは起きた。






「我らの友華絵巻師の華舞師藍子、華絵師益興」







彼らは一瞬で舞台に立っていた。



そう。前に出るというのは舞台に立つということだったのだが、神様だから一瞬にして前に出ているのだと思っていた。
だが、
こうして生身の人間が人間離れをした動きをすると、度肝を抜かれてしまう。




「彼らは今年限りで引退となる」






すると、神様たちは彼らを褒め称えだした。

手を叩いたり、涙を流しながらほほ笑んだり、





労いの言葉を幾千、幾万と・・・

この鶴岡八幡宮に響き渡った。








ここの空間は不思議だ。

空間の距離感や閉鎖感がまったくない。

どこまでも見え、そしてどこまでも聞こえる。

次元も、空間も超越した場所に感じる。




2人が、神様になったかと思うほど神々しく輝いており
まだ何をする人物たちか分からないのに酷く



「カッコいい」



と、鳥肌が立つほど深く感動した。
堂々と、彼らは深々と礼をして、正面を見た。






「そして、後継者はこの者らだ」


ーん?





光の中にいた。



目の前には360度、パノラマでありがたい神様方の光る海が見える。






「舞師、小笠原 小舞千」





どんちゃかどんちゃかと、会場が湧きたち、どこから聞こえるのか楽器のような音もする。小舞千はすっと腰を折った。





「絵師、佐竹 神楽」







すると、一瞬会場が






シン・・・








静まり返ってしまった。







あまりの戸惑いに狼狽えていると、




今度は会場中の神様方が、泣きながら歓迎しだしたではないか。




「皆、神楽は前世の記憶も思い出していない。ここは一つ、いつものように迎えてやっておくれ」

天照大御神様がそう言うと、徐々にではあるが小舞千のような歓迎に変わった。ここに立っている意味も分かってないのに、この展開でますます混乱してしまった。

「ここに、新たな華絵巻師誕生を祝す!あな、めでたや!めでたや!!」

神々も、めでたい、めでたいと金の扇や刀を振り回して小躍りした。

「おのおの方、これにて仕舞いとする。新たな時の幕開けよ」

そう言うと天照大御神様は消えて行った。
神様方も口々に めでたい めでたい と言いながらひとり、ひとり、消えて行く。




と、周りの反応からすると自分にしか聞こえない
天照大御神様の声がした。





『神楽よ。そなたはこれから神々に会う。そこで色々と話を聞くと良いであろう。私からは前世の功と功徳、それから今世の志と受難に伴い、そなたへ加護を送ろう。私の可愛い子よ。何かあれば、母に申しに参るのだぞ』








そう言うと、彼女の脳に直接響くような声は消えて行った。

はて。加護とは何のことなんだろうか?
それに、どうして自分だけにそのようなことをしてくれるのだろうか?


割と序盤から不吉なワードを聞いているだけに、自分の行く末が恐ろしくてしかたない。



ーしかし、前世の功徳とは何なのだろうか?

そこに、さきほどの神々が泣きながら歓迎したわけと、小笠原家や狐少女の態度のわけが繋がっているのだろう。





「皆様、ご自分の寺社仏閣にお戻りよ」

思考を巡らせていると、小舞千が帰りゆく神様を眺めながら、独り言ぐらいの小さな声でそう言った。

彼女は、やはり自分の事を好ましく思っていないのか、こちらも見ず、気まずげだ。一体、何がそれほど気に入らないのだろうか?



「ああ。これから初詣で、忙しくなるんですね。これはその前の朝礼のようなものだった、ということですか」




そう答えると彼女は勢いよく振り返って、至近距離で言う。

「あなたね、神様方の前で色々と失礼な態度で…信じられない。私、恥ずかしいわ!」
「そ、そんなこと言われても正直理解が追いつかないんですよ!そんなこと言うならいい加減ハナエマキシとかいう職業?の話をしてくださいよ!うちの会社副業できないところなので、断らせて頂きますが!!
「こ、断れるわけないでしょ~?!日本の神様の頂点から新年に華絵巻師に認定されたのよー?!」



緊張の糸が切れた者と、
もはやキャパオーバーをした者が、
神聖な場所で言い争っている。

それを神々が去り際に微笑ましく見ていった。



「お主らやめんかみっともない」
「何なんですかこの男は稲荷様!何かにつけてネチネチと小姑のようにー!!」

おかんと言われたことはあるが、小姑は初めてだった。
泣きそうだ。

「小奴は物事を整理立てて脳みそに仕舞って行かないと、パンクしてしまうのじゃ。分かってやれ!」

その上まだディスるか。

トントン

また肩を叩かれた。
恐る恐る振り返ると、温和そうな顔をした先ほどとは違うタイプの琵琶をもった美女が「にまっ」と笑った。

「わらわの所にも年始の酒を酌み交わしに来るのじゃろう?男の子(おのこ)よ。どれ、念入りに舞師と縁を結んでやろうのぅ」



野次馬かよ!!



「やめてください弁財天様!!」




やめてください・・・








自分はこの先、どれほどの恥辱と屈辱にまみれ、心の傷と闇を深めていくのだろうか?






「どうして?小舞千。佐竹さんほどいい人はいないわよ?お顔立ちもいいし、いったい何が不満だというの?」
「気にするな神楽。私はお前が赤子のころから愛しているぞ。なんなら前世から愛しくて仕方ない」

藍子さんと、狐少女のダブル淑女にフォローされて、
自分は・・・
自分は・・・

ああ、天照大御神様。
どうせ加護なら・・・

自分が不憫にならない、厄介ごとに巻き込まれない加護を
お与えください。







「お主今まで女子に縁が無かったじゃろう。そろそろ恋しかろう」

「本気でやめてください。今この場で泣き崩れますよ」







おまけに、彼女いない歴=年齢をばらされた。縁結びの神様に。



美しい縁結びの神様に痴態をバラされながら、




年が明けた。
25の冬。



ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。