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Kagura古都鎌倉奇譚【壱ノ怪】星月ノ井、千年の刻待ち人(7)

(前回のあらすじ)教職につく佐竹神楽(25)は冬休み前にひょんなことから怪異などに巻き込まれ、年末に鎌倉に来ることとなってしまった。そこで小笠原家という不思議な家族に出会い、年明け30分前に出かけ、異世界の鶴岡八幡宮に行き、神様たちと出会うこととなり正式に「華絵巻師」というものを継承されてしまった。さて、華絵巻師とは一体・・・?

7:かぐら、古都鎌倉に酔う

抜け出そうと思えば抜け出せた。

本気で嫌だと言えば、この不思議な世界から出ることもできたと思う。

だが、そうしなかった理由はいくつかある。

勿論、自分の興味もこの上なくあった。

こんな世界、どんなに金を積もうが絶対見れないし、関われない。 

見るもの、聞くもの、全てが珍しく、温かく、美しい。

幻想的な世界に骨抜きにされたのは間違いない。

あとはやはり、自分が老人に弱いというところだろう。
特にこのおばあさん。小笠原藍子さんに弱いと思う。
何だか放っておけないし、悲しませたくないと思ってしまうのだ。
彼女も何だか自分の事を本当の孫かのように、大切にしてくれる。



それからだ。
ここからだ問題は。



「おう神楽君!酒だ酒!!酒を本覚寺の恵比寿様に注いでくれぇ!!」
「はいはいはい」



これだ。この勢いに逆らえないんだよ。


「君か今度の絵巻師は。うんうん。いつもよく頑張っているね。あと、もう少しだからね」



と、恵比寿様があのよくある絵柄の風体に近い感じで、優しく自分の頭を撫でてくれた。



「え?!それはあの・・・!!」
「俺の次に優しい男なんですよ恵比寿様!!これからもどうぞ宜しくお願い致します!!」

え。

おい。俺のターンだぞ。


しかもさらっと自分の話題にしてるまっさん。
まっさんが自分の話題をかっさらうことはかなりの頻度であった。

ここらへんの神様全て回るというのだから、一か所に留まる時間も
大変短い。1言、2言話す程度。
その貴重な会話をかっさらっていく。

このじいさんにいつ勝てるのか・・・と思いながら、

もう何十か所回ったか分からない。
しかし、現実に歩いているわけではないようで、
時間や距離という概念がなく、そこに行こうと思うとまるで
ワープのようにそこに行ける。
まっさんが「次はここだ」と歩くと、不思議と景色が変わってそこに辿り着いている。


そう思うと、勝てない戦いをしているのでは?

と、二の足を踏んで、また話題をかっさらわれてしまう。
そんな繰り返しだった。




そして、佐助の弁財天様のところでは…



「おやまぁ…。此度の生もまた、人の為なる事を・・・。そなたの魂はいつの世も、清く、美しいのう…。しかし、それが故の悪鬼を・・・なんとかしてやりたいところじゃが・・・」
「悪鬼・・・?ってヒェッ?!


弁財天様が自分の頬を撫でたのに驚き、妙な声が出てしまった。

自分でも聞いたことのない、情けない声だった。
鶴岡八幡宮でからかうように笑いながら声を掛けてきた時と違い、
本人の本拠地に居るときはあの時にもまして神々しい。
岩にたおやかに腰かけて憂い顔だ。


その周りにはおっかない「眷属」と呼ばれる屈強そうな護衛が
大変な凄みを利かせて聳え立っているが…。



「これからの難局を乗り越えるために、縁を結ぼうかのぅ。神楽」




それにしてもだ。




正直弁財天様はかなり美しい。
しかかも何だか、いい香りがする。
天女のような姿をしていて、
声も美しいというのに、
岩にしな垂れかかりながら、優しく名前を呼ばれるなど
もう答えは決まっている。



「はい。弁財天様とお願いします」



四方八方から張り手が飛んでくる。

「この無礼者!!お主という奴は女なら誰でもいいのかこの浮気者ー!相手は神じゃぞ!!弁えんか不埒者!!」

狐。私事を挟んでくるのはやめろ。そして、そんな子に育てた覚えはないと泣くな。自分も育てられた覚えはないわ。

「分を弁えなさい!理詰め朴念仁!」

え。小舞千さん、酷くないですか?そんな風に思っていたのだろうか?あたりが強いとは思ってたけど、これ、そうとう嫌われてませんか?

「弁財天様。この者の処遇、私めにお任せを!!」

神様に必ずと言っていいほど護衛のようにいる「眷属」という神様方も怒りだしている。
正直に言おう。

超怖い。

殺されるかもしれない。


仁王のような人もいれば、人外のものもいて、八咫烏という目が三つ、足がみっつの烏のようなものもいる。

圧、と言っていいのだろうか。

押しつぶされそうな恐ろしい気と、重圧を感じる。

と、弁財天様がため息をついた。





「童に目くじらを立てるでない。それに・・・触れるでない。神楽はその身に呪を宿している」




そう。これだ。





自分がこの小笠原家について、こんな摩訶不思議なことに付き合ってる理由の最大の点。




どうやら自分には「のろい」がかかっているらしいのだ。





このような話を、神様方に酒を注いで回っている間に何度聞いたことか。

必ず言葉を濁して「自分たちの口からは言えない」「鶴岡八幡宮に帰ったら聞くがいい」と言われてしまう。

女性陣の暴力の怖さもさることながら、自分の身に何が起きているのか知らねばならない。そんな思いから自分は今この行事に懸命に参加しているのだ。

「弁財天様。私は・・・」

弁財天様が自分の口に人差し指を添えた。

「私から語ることは許されぬ。しかるべき時、しかるべき者が教えてくれるであろう。また遊びに来い」

お主らならいつでも私自ら歓迎しよう。

彼女はそう言って消えた。





呪、と

彼女は言った。






『呪って、のろいってこと・・・だよな?』





と、言うことはもしかしたら…。
あの心霊現象もそのせいということだろうか?
誰かに恨みを買うようなことをしてしまったのだろうか?






と、藍子さんが自分の手を優しく温かい手で包んでくれた。





「大丈夫よ神楽さん。大丈夫。私たちがついてるからね」





どうしてだろうか?
彼女にそう言われると、心が温かくなり
すっと、心の靄が晴れていくようだった。



小舞千が横目でじっと見ている気もするが、その表情と心情は鳥の面と巫女の姿で一向に分からない。





佐助稲荷に行くと、まず大宮女命(おおみやめのみこと)様が出迎えてくれた。不思議な雰囲気の場所で、白い狐たちがわんさかおり、苔むして段々になっている岩で囲まれた、神々しい場所だった。

「大宮女命様が、私をお主に仕えさせておるのだぞ」

目を細めて誇らしそうに言う狐少女は大変可愛らしい。
まるで、本当に子供のようだった。
と、厳かな古代の巫女のような姿をした神が榊を片手に苦笑する。



「厳密に言うと、本家鶴岡八幡宮の神様方と、宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)様からのお申し付けにより、私が神楽に仕えさせています」




彼女はゆっくりと自分を見据える。




まるで何もかも見えているかのような、不思議な瞳をしていた。


そして、どことなく小舞千に似ている雰囲気を感じた。




「華舞師は華絵師の番。華絵師を導くことは当然の事。私が送った子も、小さき身でありながらよく働いてくれた」


「ん?」




ここは稲荷だ。
狐はこの狐少女のみで、この少女は小町通りからだから・・・小さき身の送られたものとは一体・・・?




「そ、そーれより佐竹君!!お酒!!ね!?お酒!!!」


ーどうした?挙動がおかしいぞ。そーれよりって何だ。




小舞千のこんな元気な声を聞いたのは初めての気もするが、
これだけ女子に体当たりされてぶっとんだ経験も無い。




狐少女が必死に支えてくれたのもあるが、肩辺りを一瞬とても大きな手が闇から出てきて、押さえてくれたような気がするが…。

周りを見回しても何も無かった。
抱え込んで支えた酒は無事で、少々ずれた眼鏡を元に戻そうとして仮面を押し上げそうになりながら、中に手を入れて眼鏡をかけ直した。






大宮女命様に金粉入りの酒を注ぐ。

周りが光り輝いているせいで酒も光を躍らせる。








自分も一緒に、
ほんの一口だけ飲むのだが




『あー、流石に酔っぱらってきたなぁ…』




何だかこの一升瓶も無くなりそうで全然なくならないし。
何か不思議な力でも働いているのかもしれない。




「あの、大宮女命様…俺・・・」





言葉を紡ごうとし、逡巡すると

ゆったりと榊が目の前に現れた。



榊の葉は青々としてみずみずしく、
その先を辿ると大宮女命様が目を横に流し、
益興と藍子に目をやる。

「このあと、五頭龍様の元へ参るのであろう?」

2人が神妙に頷くと、彼女は榊を腕に戻し
まるでお告げのように厳格に言った。



「神楽と、それを共にする小舞千は今回少々特例じゃ。
挨拶が早々に済んだらそちらはその足で鶴岡八幡宮へ参ると良い。
話は五頭龍様からされるであろう」
「…分かりました。そうさせて頂きます」




2人は大宮女命様に頭を下げる。

「大宮女命様。私は神楽と…」
「主は五頭様に従いなさい。彼の方に委ねましょう。
そなたも…神楽と五頭龍様のことは知っているでしょう」

狐少女は目を伏せた。
それは、悲壮だけではなく
何故か怒りと、憤りと
複雑な表情だった。



「そして、小舞千。あなたも・・・この数千年の輪廻転生の記憶を持ちし
霊力高き舞師のそなたも…。形に捕らわれず、かつての縛りを越え、
小舞千として生きるのです。あなたは十分、自分を呪い続けました。
華やかな、神の舞を舞い上げるには…自分の生を楽しむことが必要不可欠
なのです。愛を、感じ取るのです」



大宮女命様は、舞の神でもある。
だから小舞千を気にかけているようだ。
いや、この口ぶりからするとその、数千年前からこの魂を見守り続けている存在なのだろう。




と、言うのに。




小舞千は浮かない雰囲気だ。
赤い口が引き結ばれて、硬くなっている。
顔色も悪いように思える。






ーって・・・





「数千年の輪廻転生を全部覚えてるーーーー?!」




周りが自分の声の大きさに驚いて、急に現実に戻された反動で
固まっている。




そんなこと、人間にあっていいのだろうか?

人一人の人生も紆余曲折あり、良い思い出もあれば、
そうでないものもある。

それに、昔なのだから人の生き死にが関わるものもあったろう。
自分が死にゆく場面もあるだろう。





そんなことをすべて覚えていて、

精神は大丈夫なのだろうか?

どう乗り越えてきたのだろうか?

特に幼少期など、どうしていたのだろうか?






「こ、小舞千さん・・・」
「は、はい?」





あの小舞千も、素直に返事をしている。
畏れと、期待と、怯えの声音だ。




心配の言葉をかけたい。
でも、心や情報がとっちらかって・・・
ああ!でも待ってくれている!早く形にしないと・・・!!






「頭・・・、大丈夫ですか?」







タコ殴りに遭った。
狐少女と本人に。
でも、何も言えない。


頭が大丈夫か知りたいのは、自分だ。
泣いた。






しかし、事に反して大宮女命様がクスクスと笑いだす。
衣の裾で口を隠して。



「なるほど・・・。神楽。お主はやはり・・・あんなことがあっても・・・毅然と戦うというのだろうな。前しか見ぬお主の瞳に、我らは何度・・・
人の輝きの美しさを感じただろうか。
小舞千にも感謝するとよい。お主が転生できぬ間も頭を丸めて・・・」

「あー!!!大宮女命様ぁ!!次が押してますので!!夜が明ける前に辿り着けなくなりますので我らはこれにて!!」




こんなに慌てる小舞千も珍しい。
このメンバーを率先して引率するのは後にも先にもこの時だけだった。
そんな小舞千のことも微笑みながら見送ってくれる大宮女命様の横に、去り際だけ眷属が現れ、そっと見守ってくれた。




宇迦御魂命(うかのみたまのみこと)様にご挨拶し、激励の言葉を頂いた。
赤い鳥居の前で白い狐に囲まれて、稲穂を思わす金色と、まばゆい光の中で
舞を楽しみにしている事、2人でこの度の難局を乗り越えること。それから祝福を頂いた。





親身になってくれる方、
威厳が内から溢れ加護や激励をくれる方、
ただひたすらに怖い方、
何かとおせっかいを焼いてくれる方、

神様にもそれぞれなのだとつくづく感じた。



そして、あれだけあった酒がもうあと4分の1ぐらいになっている。




夜明けまであとどのくらいなのだろうか?
あとどれだけ回るのだろうか?

疲れと言う概念はどうやら無いようだが、不安はある。
疑問もまだ解消していない。




ふぅ




と、ため息をつくと意外にも小舞千が反応した。

「疲れましたか?」




彼女の自分に対する接し方は統一されていないと感じる。
迷いと、戸惑い。
ぎこちない気まずい雰囲気をいつも感じる。
だが、細かに自分の様子を見ているのはこの中でも彼女が一番のような気がする。

「あ、いえいえ。むしろ体は軽いです」

すると今度はあちらがため息を吐いた気がした。

「どうして…」
「え?」





彼女はこぶしを握り締めたようだった。
彼女は、何を背負っているのだろうか?
何を、そんなに思い詰めているのだろうか?





「神楽君。これから五頭龍様の所に挨拶に行く。さきほど大宮女命様のおっしゃるとおり、自分たちは挨拶もそこそこに鶴岡八幡宮へ行くから、その後は五頭龍様の言に従ってくれ」

益興がそう言って、朗らかに自分の肩に手を乗せる。

が、

この2人が離れてしまうのはかなり不安がある。
何だか、大きなものに守られていた気がするからだ。

このお酒挨拶回りは彼らが進行してきた。

それが無くなるかと思うと、何だか火が消えたような心地になる。



「大丈夫。佐竹さん。私の孫がついてますから。きっと、貴方の一番の理解者になるわ」

ーそうは思えないのですが…。藍子さん





そうとも言えず。
頷くに収めた。


「何だ緊張してるのか神楽君!!?大丈夫だ!!五頭龍様は昔はアレだったが、今は俺の次にいい男になったんだ!神楽君の魂に思い入れもある!!弁財天様が嫉妬するほどの肩の入れようだったんだから、取って食われることもないさ!!」
「だから、アレってなんなんですか?!五頭龍様昔なんだったんですか?!俺との関係どういうことだったんですか?!余計怖いんですけど!まっさん!!」



思い切ってまっさんに突っ込んでみたが、やはりというか女性陣の猛攻が激しすぎて露と消えた感じがする。


弁財天様とか、大宮女命様などと昔色々あったなら物思いと言う妄想に更けられるが、何で野郎とそんなことにならねばならないのだ。
それも、昔の「アレ」が気になる。





「佐竹さん!!」
「はいぃ?!」






小舞千がまっさんを怒りまくっていた勢いで振り返り、
あまつ刀を掲げた。


ーえ?殺される・・・?



「今までなんやかんや言われてきましたが、何かあれば私が退きますのでご安心ください!」
「・・・は、はい」


どっちが男なのか分からない状況になってしまった。

どうして自分は刀を持つ方ではなかったのだろうか?

前というのが女だったと聞いたから余計意識してしまう。

でも、そうすることで「男として振舞う」

というのが完全にゲシュタルト崩壊だ。





-ん?




今まで果たして「男らしい」と言われたことがあっただろうか?





「オカン」
「モッサリドタキャン野郎」





うん。
どうやら無いようだ。

この人に着いていこう。
小舞千の逞しい背中に、酒を抱えながらトボトボ着いていく、
悲しい25歳成人男性の姿があった。

                                        

ご興味頂きましてありがとうございます。書き始めたきっかけは、自分のように海の底、深海のような場所で一筋の光も見えない方のために何かしたいと、一房の藁になりたいと書き始めたのがきっかけでした。これからもそんな一筋の光、一房の藁であり続けたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。