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【料理エッセイ】真夜中の都会を彷徨う屋台バー"Twillo(トワイロゥ)"は夢か現か幻か? 東京砂漠で旅を続ける最後のキャラバン!

 2020年。コロナ禍で多くの飲食店が休業する中、三密が避けられるということで外飲みに注目が集まった。

 ちょうどその頃、仲のいいテレビディレクターが屋台特集の企画を立てた。なんだか面白そうだったので、興味本位、ラーメン屋台のリサーチ取材に同行させてもらった。

 なんでも、2010年代半ばまでは新宿を中心としたラーメン屋台の巨大グループが存在したが、取り締まりによって壊滅状態。いまでは都心に水道橋の「雪虎」、虎ノ門の「幸っちゃん」など数店舗を残すだけになってしまったんだとか。

 おでんの屋台も鶯谷の「華門」というお店があるぐらい。アニメ『サザエさん』で昭和の夜の定番として描かれている景色は過去のもの。少し寂しい気持ちがしてしまう。

 実際、わたしも連れて行ってもらうまで、屋台経験はゼロだった。そのため、はじめて外でラーメンをすすったとき、フィクションの中に迷い込んだような不思議な感覚に包まれた。

 純粋な味だけで言ったら、正直、ぼちぼちもいいところ。なにせ、麺は焼きそばの蒸し麺を使っているんだもの。水を自由に交換できない以上、小麦粉が溶け出ない工夫が必要なわけで、どうしたって、手打ち麺をたっぷりのお湯で茹で上げる専門店とは比較にならない。

 ただ、その分、事前に準備ができるチャーシューはよく煮込まれていたり、出汁の香りはよかったり、そもそもの雰囲気とか歴史とか、多種多様なフレーバーがこれでもかって加味されて、脳みそ的には最高に美味しかった。

 いいなぁ、屋台。

 しみじみ、そんな風に思っていたら、屋台企画を進めていたディレクターさんが、

「実はもっと面白い屋台があるんだよ」

 と、教えてくれた。

「それは屋台のバーで、あてもなく都内を彷徨っているから、毎日、どこで何時にオープンするか、店主のTwitterを見なきゃわからないらしいんだ」

 そして、そんな神出鬼没な屋台バーが現在、秋葉原で営業を開始したいみたいだよ、とTwitterの画面を見せてきた。

 時刻は零時を回っていただろうか。本当か嘘かわからないような話だったけれど、確認せずにはいられない。二つ返事で秋葉原に向かった。

 なお、店主のつぶやきに地図なんてついていない。やたら詩的な表現で、一見するとクイズを出されているかのよう。結果、わたしたちはひっそり閑とした電気街を右往左往歩き回った。

 リアル脱出ゲーム顔負けの謎解きを味わいながらも、果たして、こんなところで屋台のバーなんて本当にあるのだろうかと不安になってきたとき、橋の真ん中に怪しげな集まりを発見した。

 夢か現か幻か。

 白いリヤカーに浮かび上がった"TWILLO(トワイロゥ)"という赤い文字。その中では黒魔術師のような風貌の店主・神条昭太郎さんが葉巻をくゆらせている。

 当時、飲み物はカルバドスとウイスキーの二種類だった。注文すると、琥珀色の液体が見ているだけでうっとりしてしまいそうなガラスに注がれ提供される。聞けば、どれもバカラというから驚きだ。

 隣でディレクターさんが神条さんに質問を重ね、もともとは銀行員だったとか、政治家の秘書をやっていたこともあるとか、気になるエピソードが続々と飛び出していたけれど、わたしは神田川を見下ろしながら、リンゴの芳醇な香りをゆっくりと味わった。

 こんな風景があるっていうのに、お酒を飲むとき、わたしたちはどうして狭い空間に閉じこもっていたのだろう? 素朴な疑問がふつふつと湧いてきた。

 やがて、お客さんが集まり出したので、ぼちぼち退席することにした。お会計を頼むと金額は決まっていないというから、またしてもビックリ。各々の感覚でいくら払うか決めてくれというのだ。

 これがわたしとTwilloの出会いだった。

 以来、神条さんのTwitterアカウントをチェックして、あの経験が現実であったことを確かめるために、何度か訪問している。

 あるときは参宮橋近くの坂道で、苦しそうにリヤカーを引っ張るところに出くわした。微力ながら、後ろから押すのを手伝わさせて頂いた。タイヤがついているとはいえ、その重量は相当なものだった。

 これを毎日引っ張っているとは……。

 改めて、その凄さを思い知らされた。

 ちなみに、残念ながら、ディレクターさんの屋台企画は制作機会に恵まれなかったけれど、資料として神条さんの自伝本を購入したとのことで、貸してもらって、わたしも読んだ。

 この人は詩人なんだなぁと思った。しかも、言葉を使うだけでなく、生き様そのものでポイジーを作り出してしまう生粋の詩人なんだと。

 ところが、突然、白い屋台Twilloが東京から姿を消してしまった。なにがあったのだろう。

 雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けず、神条さんは真夜中の都会を冒険していたはずなのに。画面のこちら側から、密かに心配していた。

 そして、ある日、神条さんはnoteの世界に現れた。

 行きたいなぁ。行きたいなぁ。

 そう思いつつも、タイミングが合わず、なかなか訪問できずにいた。これが普通のお店だったら、頑張れば行けるだろって話なんだけど、そこはTwillo、いつどこで何時にオープンするか、なにもかもが不明だからどうしようもない。

 だが、先日、ついに僥倖がやってきた。

 新宿三丁目で飲んでいたところ、ふと、スマホを見たら、数分前にTwilloが四谷に現れたとの知らせ。すぐさま店を飛び出して、丸の内線に駆け込むと、次の瞬間には迎賓館の前で白い屋台を探し回っていた。

 で、見つけた。虚構じみたオアシスを。

 聞けば、神条さん、けっこうな苦労があったようで、再び、こうしてお会いできたことがなにより嬉しかった。飲み物はカルバドス、ラムに加えて、毒薬があるという。もちろん、毒薬を注文した。 

 さてさて、なにがでてくるんだと身構えていたら、水の入ったグラスの上に角砂糖の載ったスプーンが置かれた。そこに緑色の液体が注がれると、バーナーで炎が灯され、メラメラ、あたりに催眠的な空気が漂い始める。

 毒薬の正体はアブサンだった。あのゴッホが自らの耳を切り落とす前に飲んでいたとされる、いわくつきのお酒であり、ボードレールなど19世紀末の退廃的なアーティストたちを魅了しまくった悪魔の飲み物。なるほど、たしかに毒薬である。

 長いこと、フランスでは禁断の酒として法律で禁止されていたけれど、現在では幻覚作用はないものとして、発売が再開されている。

 なので、別に飲んでも問題はないのだけれど、あえてクラシック・スタイルで出してくれるのが粋というか、ニクい演出というか、目の前に世紀末のパリが現れるので、うっかり狂ってしまいそうになる。

 そうそう。これがTwilloの魅力だよね、と幸せが込み上げてくる。

 袖振り合うも多生の縁。はじめて会った他のお客さんとあれやこれやと会話を楽しみ、一期一会を堪能しながら、寝息をたてる都会のビルに想いを馳せた。

 わたしにとってTwilloは東京砂漠で旅を続ける最後のキャラバン。こうしてたまには合流したいから、いつまでも冒険していてほしい。




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