核攻撃における放射線防護についての備忘録

ウクライナ情勢とロシアのプーチン大統領の核使用の脅し発言があり、再び核が日本のどこかに落ちる可能性は無いとはいえなくなったので、核攻撃における放射線防護について備忘録的に記載する。

核兵器は炸裂時に放出される中性子線とガンマ線による被曝は残留放射能による被曝より比較にならない程大きい。よってここでは炸裂によって放出された放射線への被曝と残留放射能での被曝、2つの対策について記述する。

(1 爆発時の放射線による被曝について

炸裂時の放射線は距離の二乗に比例する。爆心からどれだけ離れているか、十分な遮蔽がなされていたかが生死の分かれ目になる。ちなみに何も遮蔽物のない場合の爆心からの距離と放射線強度、そして核爆発などの大きさの相関は以下のとおり

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E7%88%86%E7%99%BA%E3%81%AE%E5%8A%B9%E6%9E%9C
以下wikipediaの上のリンクより引用

広島型原爆(20kt)の場合は爆心より1.4kmで致死的な被曝量である10Gyに達し、1.8kmで放射線障害の目安である1Gyに達する。ここから先は指数関数的に少なくなる。また爆風や熱線による被害で半径2kmはほぼ壊滅状態になる。半径1kmはほぼ即死であろうから、1.5kmくらいで生き残ってしまった人々が重度の放射線障害になったと思われる。

次に20Mtの水爆の場合は爆心より4.7kmで10Gy、5.4kmで1Gyであるという。ちなみに水爆の場合は原爆よりも大量の熱と爆風が襲う為半径20kmは殆ど壊滅状態になる。であるからそこにいる人々は重度の放射線障害になる以前に即死するであろうから、初期被爆による被害は殆ど考慮にいれなくても良いだろう。

逆に現在北が実験で行っているような10kt未満の小型核の場合は、熱線や爆風による被害よりも放射線による被害が多くなる可能性が高い。例えば1Ktクラスの戦術核であると熱や爆風は爆心から1kmくらいでもそれほど酷くなく、生き残る可能性は高い、ただ放射線については、800mで致死量10Gyの放射線を浴びる。このような状況であるから、核攻撃を受けた場合、被害程度で一体どれほどのクラスの核爆発であり、自分がどの程度の放射線を浴びたと想定されるのかはある程度頭に入れたほうが良いだろう。ちなみにどれだけの初期被爆があるかは以下の症状によって判断できる。

概ね1Gy(約1Sv)以上の被爆をすると、最初の48時間以内に倦怠感や嘔吐など症状が現れる。被曝をしてからこの症状が現れる期間が短ければ短い程大量の被曝をしている可能性が高い。その後は症状は改善するが1週間後ほどから症状が急に悪化する。これは一点には造血幹細胞の破壊による血小板と白血球が再生産できなくなるためで、このため免疫力の低下によって耐性がなくなり死にいたるケースが多くなる。

もっとも大量被曝をするほど近くにいた場合は熱線によるやけどや爆風による怪我から逃れるすべは殆どないであろうからこの危険性は通常の原子力災害よりも遥かに悪化することが想定される。また細胞分裂機能の破壊による組織の壊死などが伴うため、大量被曝者は途轍もない苦痛を経験する。満足な治療施設が確保できない、また回復の見込みが立たない場合は延命措置よりも苦痛の緩和ケアに重点を置くべきである。

(2 残留放射線について 初期の対応

残留放射線の対処に関して最も注意するべきは、半減期の短い短命核種に対する対応である。簡単な対策としては、浴びない事と飲み込まないことである。炸裂時に放出される代表的核種はヨウ素131とバリウム140で共に半減期は8日間、10日間程度である。第二に代表的な核種としてルテニウム103とジルコニウム95とそれぞれ半減期50日前後のものである。最初の2つの核種は2ヶ月もすれば1000分の1に減少し、後者も数ヶ月で10分の1レベルに減少する。

これらは降雨によって洗い流されることも含めて指数関数的に減少するので、初期の対策こそが防護の鍵になる。そして放射性物質の特性として、爆発直後上空に巻き上げられたものが降下(フォールアウト)する際、直接浴びないことを最も注意するべきである。特に爆発後の最初の降雨では相当量の放射能を含んだものになる可能性があり、これを直接浴びないことを大事に考えるべきである。

広島、長崎で観測された黒い雨は爆発によって一気に熱せられた上昇気流が高高度で冷やされて降雨をもたらしたパターンであり、これが季節問わずに起こるか否かは定かではないが、爆発の炸裂後比較的短時間での降雨の可能性は常に念頭に置くべきであろう。降雨がなくても、爆発によって巻き上げられた塵が灰となって降り注ぐこともあり(ビキニ環礁の第五福竜丸がこれに当たる、ハザードラインから外の爆心地より160kmも離れた場所にいながら、風下だった為に爆発によって生成した灰を浴びてしまい、約2Sv相当の被曝をしたと言われている)、こちらも十分に注意が必要である。

もし家屋等に被害がないのであれば、戸をしっかりと閉めて外気をあまり入れないようにすることでやり過ごすのが良いし、比較的距離があり、風下であるのなら避難も有効かもしれない。ただしいたずらな避難は交通の大混乱を招き、その結果無防備な状況でフォールアウトを迎えなければならない場合もあるので、屋内退避を基本にするのが最善かと思う。

(3 残留放射線 中期から長期の対応

次に問題になるのは食料、飲料水による内部被曝であるが、放射能による汚染は降下によってもたらされる。よって福島事故と同じように、上部に覆いの無い浄水施設から供給される水、フォールアウト後の草を飼料にした牛からの牛乳などは数ヶ月間は注意するべきである。これら当初の食物汚染における内部被曝と比較すれば、その後のセシウムやストロンチウムなど長命核種による内部被曝などは本当に微々たるものである。

また福島事故における汚染と比較すると核兵器により放出される核種は随分違うということを憶えておいたほうが良い。福島事故ではヨウ素131とセシウム134、137が代表核種であったが、核爆発においてはこれらの核種にバリウムやジルコニウム、そしてストロンチウム等が加わることになる。よくセシウムのみを比較して広島原爆よりも酷い汚染等の言説を目にするが、それは一面においては正しいのだが、他の核種の被曝を勘案すると核兵器における被爆のほうが遥かに影響が大きく、その点で大きな誤解を生む。

以下のリンク上に核兵器や福島原発事故などにより発生した放射線核種の比較を掲載しておいた。それぞれの放出量をベクレル単位で表すと共に、それぞれの核種が人体にどの程度影響をおよぼすかを、直近、一ヶ月後、そして50年という単位で表し、放出量とそれぞれの影響量の積を求めた一覧になっている。核兵器における核種が福島原発やチェルノブイリと如何に違うかの参考にしてほしい。

https://docs.google.com/spreadsheets/d/1uXewdKtO1tR0wZXlJ15w5ZAJye6N3-azPdjjBXut12k/edit#gid=0

(4 上記の3つの放射能をどう捉えるべきか

爆心地付近における爆発によって発生する放射線による大量被曝と、爆発直後のフォールアウトを浴びてしまうことによる被曝、そしてその後の食料等による内部被曝に関して、それぞれの危険度は後者になるほど少ないと考えて良い。ただし自分で対策ができる状態というのは、まず前者のように爆心地近くで被災した人は、自らが何かをできる状況にはなくなる為、あまり対策自体が考えにくく、放射線対策という意味では個人の行動としては後の二つに重点を置くことが重要である。またこの二点については福島原発事故で得た教訓が非常に役に立つと言える。

(5 福島を経験して得た教訓といえば、

第一に過剰すぎるハザードと、長期にわたる退去措置により、域内の家畜の放置、大量死など大きな被害がでた。汚染された家畜は、正常な飼料によって生体内の放射性物質を排出することが可能であるため、本来であれば屠殺する必要はほぼ皆無であるにも関わらずこのような結果になった点は非常に問題である。

第二に数ヶ月から数年かけて醸成された不安感が現在の100Bq/kgという食料における過剰な放射性物質の制限に現れているが、このレベルの瑣末な対策に貴重な資源を投入するのは正直馬鹿げたことである。基本放射能対策というものは程度の問題であり、微々たる残留放射能を気にするのであれば、当初の対策にもっと力を入れるべきである。

ちなみに核兵器によるフォールアウトでどの程度の汚染が起こるかという例を挙げるのであれば。桜蘭における中国の水爆実験で1000km離れたカザフスタンに放射性物質を帯びた雲が到達して、そこの乳牛から採取された牛乳のヨウ素131は10万ベクレル/kgにも達したそうである。カルシウムと結びつきやすいストロンチウム89にいたっては1リットル(kg)当たり335万ベクレルという値(参照 Technical report DTRA01-03-D-0022)を記録している。

上記の核兵器、チェルノブイリ、福島事故の放出核種の比較などで明らかなように、1Mtクラスの水爆では福島原発事故の20倍以上のヨウ素131が放出されるので、1000km離れた場所でこのレベルの激甚な汚染になる。

当然福島事故においても原発周辺においては、なんの対策もしなければこのレベルのヨウ素131(ストロンチウムに関しては核兵器の爆発によって出されるもののほうが遥かに多いため福島では殆ど検出されなかった)が牛乳などから検出されたはずである(ただし実際は避難計画等によって搾乳されることも市場に出回ることも一切なかった)。チェルノブイリ事故では事故の存在が当初伏せられた故に、完全に初期対策に失敗した。このため数十万ベクレルの牛乳を知らずに子どもたちが飲んでいた。そしてこの激烈な値も数ヶ月後には殆ど消えてしまう。

要するに注意する期間というものが短期間、かつ当初の対策が全ての決め手になる点を、多くの人々は知らない故に福島事故では事故しばらく経ってから非常に歪且つ不毛な対策がなされてしまった感がある。(尤も放射線防護という意味では初期の方策は非常に有効に機能しており、チェルノブイリと違い激甚な内部被曝にさらされた人々が皆無だった点は非常に評価できる。)

第三に放射能とは様々な物質(塵や降雨時の水滴)と結びついて降下するという性質を捉えきれないで無策に終わる点である。事故原発や核の爆心地に近ければ全ての物が汚染されているという強迫観念にとらわれて密閉された容器に入った水や食料まで食べられないと考えてしまったら、食糧難等で過酷な状況を生き抜くことはできないだろうし(核戦争後の世界を扱った漫画や小説ではこの手の誤解を助長するような読み物が多くある)、また特に降雨によるフォールアウトで汚染が起こることを知っていれば、むき出しの浄水場や作物は降雨前にブルーシートでも被せれば9割以上の対策ができてしまう訳で、風下でフォールアウトの危険があるところはこの対策をするだけで随分違ってくるはずである。(例えば水田であれば、水を張ってやるだけでその後の除染が非常に楽になる)

仮に核の投下を再び経験することになるとすれば、恐らく満足な医療や満足な食糧支援を得られなくなる可能性は爆心地に近くなればなるほど大きくなる。よって様々なリスクの中から比較的リスクの少ないものをチョイスしながらバランスのよい対策を個々がしていくことが恐らく求められる。当初のフォールアウトをやり過ごした後に、如何に生き延びるかは、恐らく食料の調達が最も重要な課題になると考えられ、そのためにはある程度のリスクテイクはしなければならないかもしれない。

例えば農産物であれば葉物類にはフォールアウトした放射性物質が大量に付着するが、地中にあるイモ類などは放射性物質室が降雨によって定着したり、養分を吸い取るまでのタイムラグがある為、すぐには汚染されない等、その時その時でどの農産物の汚染が問題になるのかは今回の福島で貴重なデータは揃っている。

水を求める際も井戸水は井戸の上がしっかりと遮蔽されているのであれば、むき出しのままの浄水場から取れる水よりも遥かに安全な水を得ることができるといった知識は事後1週間ほどの対策を考える際に非常に重要なことだろう。また浄水場から供給される水もフォールアウトで汚染されてから自宅に届くまでは当然タイムラグが生じる。また爆発からフォールアウトにもタイムラグがある。よって例えば自宅から1000km近辺で爆発があったら、一度飲料水用に水を取り置くことも非常に有効な防衛手段だろう。

(6 結びに

ちなみに中米ロを含めた全面核戦争に発展したとしたら、どんな感じになるかというと、、反核映画の「渚にて」なんかを観ている人は核の被害を受けていない豪州の人々も、最後は放射能で死滅してしまうといった思考停止状態になってしまうのだろうが、、実はああはならない。

もちろん生き残った人々は高濃度のセシウムとストロンチウムに曝される世界で生きることになるのだが、癌による死亡率は高くなったとしても急性放射線障害を起こすほどの内部被曝をする訳ではない。

もし「渚にて」レベル(映画では核の被害を受けていない豪州の人々が放射能の雲に最終的に覆われて、急性放射線障害になり死に絶える)の状況になるとすれば、それはゴイアニア事故で被災した人と同じく数TBqレベルのセシウム被曝をするということであって内部被曝でそこまでいくということは数値的にはあまり現実的ではない。

まあ内部・外部被曝で核戦争後向こう数十年は宇宙飛行士が浴びる程度の被ばくをしないと生きていけないような環境になる可能性はなくはないが、それで人類が死滅するということはないだろう。そういう意味では北斗の拳のほうがそれなりに信憑性があるかと思う。

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