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機関投資家に対する解像度を上げる為に

こんにちは、ITVというベンチャーキャピタルでスタートアップ投資を行っている中上と申します。

現職への参画以前は、コンサルティングファームやPEファンドにて、上場企業/未上場企業の買収、売却のプロジェクトに従事しておりました。


これまでのnoteでは、IPO後を見据えたスタートアップファイナンスや、上場スタートアップによる資金調達事例について取り上げてきました。


今回はスタートアップの領域のプレーヤーにとって、比較的なじみの薄い、上場株を扱う資本市場のプレーヤー(機関投資家等)への解像度を上げる為の情報を簡単に整理してみたいと思います。



スタートアップと機関投資家の間の断絶


上場を意識するフェーズのスタートアップとの会話の中で、「IPOに際しては、安定的な株主としての機関投資家に株式を保有してもらいたい」といった発言や意向を耳にすることが比較的多くあります。

一方、スタートアップが日常的に交流を行う投資家としては、VC等の未公開株式へ投資を行うプレーヤーが一般的であり、上場株を取り扱う機関投資家との交流機会は非常に限られた状況かと思います。 例えば、上場準備に入ってから証券会社経由で初めてコミュニケーションをとるといったケースが多い印象です。

勿論、限られた経営リソースの中で、当面はVC等の未上場株のプレーヤーとの交流を中心に行い、目の前の事業を大きくすることに集中することは一般的かつ合理的な意思決定です。
しかし、上場準備段階で初めて機関投資家とコミュニケーションをとるも、業績やバリュエーションに対する目線感や期待感が合わずに苦慮したり、また上場後に初めてその後の資本政策を考えることになり、投資家へのIRもゼロスタートとなり後手後手に回る、といったシナリオに陥る可能性を踏まえると、どこかのタイミングで機関投資家の存在や思考様式等を多少なりとも意識しておくことは、一定の意義があると言えるかと思います。

また、VCの立場からみても、スタートアップのような未上場企業に関する投資検討の考え方と、機関投資家を始めとする上場市場における投資検討の考え方との違いを改めて認識しておくことは、投資先企業に対して上場後も見据えた資本政策等のアドバイスを行うにあたって有用だと考えられます。

以下の章では、そうした課題意識をもとに、上場株を扱う資本市場のプレーヤー(機関投資家等)について、ごく簡単に整理したいと思います。

グロース市場について


機関投資家について取り上げるにあたって、本章ではまず、スタートアップの一般的な上場先であるグロース市場の状況について簡単に概観します。

日本のグロース市場のパフォーマンスは、直近で大きな上昇を実現してきたプライム市場等と比較して、残念ながら大きく劣後している状況にあります。

プライム/スタンダード/グロース市場指数推移


日本のグロース(旧マザーズ)市場は、毎年継続的に60社を超える企業が上場していく中で、特に大きく成長した銘柄については、プライム市場へ市場変更する(=グロース市場を卒業する)ケースも多く(例えばメルカリ、ビジョナル、ANYCOLOR、M&A総研、等)、構造的にグロース市場のパフォーマンスが上がりづらい状況にはあります。

とはいえ、本テーマを整理するにあたり、グロース市場に対する機関投資家の目線や評価を聞いてみたいと思い、知人のファンドマネジャーと飲みながら議論を持ち掛けてみたのですが、開口一番に、向こうから投げかけられたコメントがあります。

「日本にはグロース市場なんてものは存在しない」

このコメントに込められた意味について、もう少しかみ砕くと、以下となります。

  • グロース市場は、売上や利益の成長率が高く今後も高い成長が見込まれる銘柄が上場するもの

  • 日本のグロース市場は、過去から現在に至るまで、投資家の期待に応えられるだけの高い成長を実現できてきた銘柄は極めて少ない

  • ファンドマネジャーとしては、有望な投資対象として、日本のグロース市場は選定できない


これはスタートアップやVCに対する、非常に痛烈なコメントですが、一定の真実をついていると感じます(自戒も込めて)。勿論、個別の企業について、上場後も大きな成長を実現したり、機関投資家に投資対象として選定されている会社も一定数あることは事実ですが、現職VCの人間としては、こうしたグロース市場やそこへ上場するスタートアップ全体に対する認識や印象について、今後どう覆していくかという点が大きな課題になっていると考えさせられます。

尚、上記のコメントは、先日発刊された著名な投資家である清原達郎氏の書籍「わが投資術」での「グロース市場は最悪の市場です」というコメントに通じるものもあり、大変興味深いものがありました。


グロース株を扱うファンド・機関投資家


そうはいっても、上記コメントはあくまで一ファンドマネジャーの意見であり、上場しているスタートアップ等の企業を主要な投資対象としている機関投資家は、当然ながら存在しています。

本稿ではそうした機関投資家を網羅的に紹介することは行いませんが、例えば以下記事にて、高い投資パフォーマンスを上げているファンド及び機関投資家がランキングされています。

ご参考までですが、当該記事で取り上げられているファンドの内、成績上位2ファンドは以下の通りです。どちらも、グロース市場銘柄を主要な投資対象としています。

  • 運用者:アセットマネジメントONE

  • ファンド:DIAM新興市場日本株ファンド

  • 主要投資対象:新興市場(東証グロース市場等)に上場されている銘柄(上場予定を含む)


  • 運用者:日興アセットマネジメント

  • ファンド:日本新興株オープン

  • 主要投資対象:グロース市場およびスタンダード市場に上場されている新興企業の株式


尚、より幅広い種別の機関投資家について、概略を掴むにあたっては、例えば以下の書籍も参考になるかと思います。


機関投資家の理解を深める為の論点


本章では機関投資家の理解を深める為に、

  1. どのような基準に基づき投資対象を選定するのか

  2. 投資決定を行う際のポイントは何か

  3. 具体的にどのような企業が選好されているか

といった論点に基づいて整理していきます。



1. どのような基準に基づき投資対象を選定するのか  

  • 時価総額

    • これは一般的に良く言及されるポイントですが、一定のサイズの時価総額が無いと、そもそも機関投資家の投資対象に入らないことになります。運用ファンド毎に投資方針や規定は異なりますが、時価総額として少なくとも数百億円超の規模でないとそもそも投資検討さえなされないということも一般的です。
      ※後述しますが、より小さな時価総額でも投資対象となり得る場合も当然あります

    • 運用に係る人員リソースが一定数に規定されている以上、あまりに多数かつ小粒の投資を行っていては、十分なファンド運用やパフォーマンスを実現できないこととなります。

  • 流動性

    • また、投資対象になる企業の株式が市場でどの程度取引が為されているか、という流動性の観点も非常に意識されます。

    • どれほど魅力的な銘柄であっても、買おうと思った際に(また売ろうと思った際に)市場で十分な量の取引が無いと、投資対象としては不適格となります。(例えば流動性が低いと、自社で株式を取得する際に、大きく株価を上げてしまうことになります)

    • 流動性については、スタートアップ側からロングオンリー(基本的に買い持ち)の投資家を選好し、ロングショート(売り買いを繰り返す)のヘッジファンドを避けようとするコメントも聞くこともありますが、市場における流動性を提供するプレーヤーとして、ヘッジファンドの意義も一定有ることも事実です。

    • 尚、余談ですが、知人のファンドマネジャーとの議論の中では、「本当に気に入った銘柄については、流動性が低くても、地道にコツコツ市場で買い進める」といったコメントもあり、上記はあくまで原則論としてご理解ください。



2. 投資決定を行う際のポイントは何か

続いて、投資決定を行う際に考慮すべきポイントの例としてTAM、成長性、経営陣について触れていきます。

  • TAM(Total Addressable Market, 総市場規模)

    • ごく当たり前のことではありますが、どれほど順調に業績が伸長していても、市場規模の関係から、その成長の上限が低水準なものになっていると、投資家としては投資対象として選定しづらいことになります。

    • これは未上場時であっても、VCのような投資家から同種のフィードバックをなされることがあるかと思いますが、上場に向けて数十億円の売上規模まで成長させても、上場後には引き続き、場合によっては更に高い成長率で市場の投資家からの期待にこたえ続けることが必要となります。

    • 上場時に、既にアップサイド余地は限定的とみなされると、「グロース」銘柄とはもう言えず、一定の成長や利益獲得は実現できても、機関投資家から積極的に選好される対象とはなり辛くなる可能性があります。

    • この点、前回の記事で取り上げたマネーフォワード社などは、上場後積極的なM&Aや事業開発を繰り返し、TAMを上場時から継続的に拡大させ続けると共に、IRとして投資家に同趣旨を発信し続けています。


  • 成長性

    • 上記のTAMの観点にも関連しますが、グロース銘柄としては、とにかく大きなTAMの中で、高い成長率を実現し続けることが重要になります。

    • 高い成長率を実現させるための要素は、業界やビジネスモデルによっても異なりますが、上場後も継続的に高い成長率を実現できるということについて、投資家目線でも納得できるだけの計画や施策が対外的に提示されていることが望ましいと言えます。

    • この点について、グロース銘柄の中でも、M&Aを積極的に活用することで、インオーガニックな成長を実現している企業も複数見られます。


  • 経営陣

    • TAMや成長性は当然重要なポイントでありつつも、最終的には企業を運営する経営陣が重要であることは言うまでもありません。機関投資家のファンドマネジャーは、投資対象の経営陣とのコミュニケーションの中で、経営陣の人間性や資質を見極めようとしています。

    • 有望な経営陣及び投資先として見込んだ企業について、投資後すぐに主要な経営陣が退陣してしまうことは当然避けるべき事象であり、その点から、長期的な企業価値の向上に向けた、主要な経営陣のインセンティブのアラインやそれを補完する為の各種制度設計が重要となります。


3. 具体的にどのような企業が選好されているか

最後に、前章で取り上げたアセットマネジメントONE社が運用するファンド(DIAM新興市場日本株ファンド)について、具体的な組入れ銘柄を紹介します。

アセットマネジメントONE
DIAM新興市場日本株ファンド 月次レポート(2024年4月末)

細かい説明は省きますが、昨年の2023年に上場した会社だけでも、AnyMind Group、エコナビスタ、GENDA、また今年上場したばかりのソラコムが上位に組入れられているのが分かります。
また、上位10位のツクルバ社の直近(2024年4月末)時価総額は約116億円であり、必ずしも数百億円クラスのサイズでない銘柄も組み込まれていることが分かります。

個別銘柄について、投資に至った経緯やその検討プロセスは外部からはわかり得ませんが、当該ファンドでは、組入銘柄の一部を紹介しており、以下は、AnyMind Group社の事例となります。

【企業名】AnyMind Group

同社は、「Make Every Business Borderless 次世代のビジネスインフラへ」をコーポレートミッションに掲げています。ビジネスモデルは、①一気通貫でソリューション提供を行うブランドコマース領域と、②各国のパブリッシャー及びクリエイターのローカルネットワークを構築するパートナーグロース領域とからなり、これら双方の相乗効果で事業拡大を推進するモデルとなっています。

同社は、多国展開・オペレーションを得意とし、13ヵ国・地域で事業運営を行っています。メディア・クリエイターのローカルネットワーク構築など、多様な文化・言語で分断されたアジア各国において統一された価値提供を進めています。同様に、テクノロ ジー開発・提供体制もグローバル組織を組むなど、ユニークな経営を進めています。

同社は、設立以来、高い加速度で成長を遂げており、売上粗利益の成長率は2017年から2022年のCAGR(年平均成長率)で +43%、売上収益の成長率は同+54%となっています。

当ファンドでは、同社の事業ドメインが高成長の領域に根差していること、展開地域も広大なアジア市場としていること、強いローカルチームと優れたマネジメントによる多国間オペレーションで経営をすすめていること、また、同社がアジア全域においてM&A及びPMI(経営統合プロセス)のトラックレコードを有していることなどに注目しています。

なお同社は、IPOの後にあらためてPO(公募・売出)を実施するなど、流動性づくりに尽力している模様です。このような施策は、円滑な株価形成のために有効となる可能性があり、引き続き今後の動向を注視して参ります。

アセットマネジメントONE
DIAM新興市場日本株ファンド 月次レポート(2024年4月末) 
組入銘柄個別コメント


本ファンドではAnymind Group社に対して、既に本稿でも取り上げた、大きなTAMや高い成長率、経営陣といったポイント、また株式の流動性づくりを進めている点について評価をしていることが確認できます。


終わりに


本稿では、スタートアップの領域のプレーヤーと上場株を扱う資本市場のプレーヤー(機関投資家等)の間の断絶といった課題意識をもとに、機関投資家に対する解像度をあげる為の参考材料を整理してみました。

スタートアップにとっては、上場という一つの大きなイベントを実現させることだけでも、大変高いハードルがあるものですが、せっかく上場した後に、機関投資家を始めとする上場市場の投資家に投資対象として選好されないシナリオに陥ることは、上場後の成長オプションの確保という観点から、大変勿体無いことだと考えています。

当然ながら、全ての上場企業が機関投資家の投資対象に選定されるべき、ということではありませんが、上場後も継続的に投資家との対話を繰り返しながら、必要に応じた資金調達も行って企業価値増大を実現させる為には、本稿で取り上げた機関投資家とのコミュニケーションは非常に重要だと考えています。

スタートアップにとっては、自身がまだ未上場のフェーズであったとしても、将来的に目指す世界(資本市場)におけるプレーヤーの一つとして、機関投資家に対する解像度を上げておくことで、求められる目線や水準感を意識することに繋がるかと思います。

最後に、本稿の内容については、上場株式を専門に扱う方々から見た際に、ご納得いただく部分も有れば、また認識や見解の異なる部分もあるかもしれません。本稿で取り上げたテーマについては今後も継続的に掘り下げたく、是非、積極的に意見交換をさせていただければ嬉しく思います。

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