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2021年6月12日 ロリータ


人生で初めての台湾式マッサージの施術し、硬すぎると言われた肩・腰・頭を指圧でごりごりと揉みほぐされたあとに、まだなんか痛い感じのする背中の筋を引きずりながらその町を見つけたカフェで過ごした空間はとても良かった。

とても良い気分だった。台湾人のおばちゃんは陽気でやさしい方でたくさん褒めてくれた。「ふく綺麗だね」「あし綺麗だね」「若いね」「彼氏はまだいないんだね」「かわいいね」-かけてもらった言葉を反芻しいまでもにやけが止まらない。気持ち良いです、身体が軽いです、寝てしまいそうです-おばちゃんに対するたくさんのポジティブな言葉が自然と溢れてくる。こういうようなひととのやりとりで世の中がうんと満たされていけば良いと思った。

そのカフェは突如あった。出稼ぎの外国人が集まる場末感のつよい線路沿いに上述の台湾マッサージ屋さんはあったが、そのカフェはそこから少し駅に向かって歩く道中にあった。躊躇なく吸い込まれる常連さんのような方が後を絶たないローカルな雰囲気。「豆から焙煎」と書かれたレトロな看板。入店時は少しだけ緊張したが、きっと杞憂だった。

その店はこのご時世に珍しく喫煙席の占めるスペースのほうが禁煙席スペースよりも倍以上広かった。空いている喫煙席に何の気なしに着席したら「灰皿要りますか?」の一言。喫煙席から会計に向かう、髪をワックスで立て、耳にピアスをつけた、ガタイの良い若い男性二人組を見送るときにはなんだか良い感じがあった。次は煙草をもってきて、灰皿を頼みたいと思った。

グラタンスパゲッティと食後にホットコーヒーを注文した。台湾マッサージによって気分も体調も良くて食欲がすっかり湧いていた。グラタンスパゲッティは思っていたよりも早く出来上がり、焦げたチーズとトマトソースが絡み合い、昔ながらの味がしてたまらなく、ペロリと平らげた。

コーヒーとともにナボコフの「ロリータ」を読みながら、空いた時間さえあれば小説を読みまくっていた大学時代を思い出した。時間が腐るほどあり、当時気になっていた小説を何冊でも、何時間でもかけて、コーヒー1杯でカフェで居座り読みふけっていたあの頃は、社会人になったらこんな風に贅沢に時間を使えないんだろうなと悲観していた。そして今ならそれは違うのだとわかる。そのカフェで、わたしはあの時と同じように「ロリータ」に没頭していた。

若い少女に対する性愛を文学として美しく語る描写には、適切に距離をとって、できるだけ客観的に、公平に、これを十分に理解しようとする集中力にみなぎっていた。詩的で、物語の運びが丁寧で、かなり面白い。まだ序盤、各所のレビューから想像されるような「ロリータ」の悲惨な諸々へ到達していないのもあるのかもしれないが。結局、古典がなんだかんだ面白いのは間違いないのかもしれない。

店内は店員さんと常連さんとの掛け合いや、お客さんのお話しする声でにぎわっていたが、あまり気にならないむしろ心地のよいBGMとなっていた。そういえば、マッサージのあとから目がよく見えるような気がしていた。そのときは錯覚だと思っていたが、もしかしたらおばちゃんに頭や目のあたりもぐりぐりにほぐされていたので、その効果だったのかもしれない。

20代後半の女性が、常連でにぎわうカフェでひとり、「ロリータ」というものものしいような長編小説に夢中になっていてもちっとも気にならない。一見さんを排除しない安心感とアットホームな感じにはひとの集まる空間の良い点を想起した。こだわりのコーヒーは豆のにおいがいつまでも香ばしく、冷めてもなお味と香りががつよく残っているのが舌先に感じられた。

夢に向かって頑張ります‼