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あなただけが、なにも知らない#23

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 一番手前にある右の部屋は何もなかった。

 次の右の部屋には机と本の入っていない書棚があった。

 一番奥の左の部屋は、入口の向かいの壁に丸い小窓があって、そこからいつもの小さな庭が一望できた。右の壁際にベッドが置かれ、布団は綺麗に整えられていた。彼女の部屋だろう。入ったことに罪悪感を覚えた。


 外は陽が沈み始めたのか薄暗い。その窓の前に置いてある机。窓から入る薄日が机の上を照らしている。僕は机の下に潜っている小さな丸い椅子を引き出し、その上に静かに座った。
 静かな広い部屋。彼女の香り。心臓の音が壁に反響した様に大きく僕の耳の中で響いている。
 この部屋は僕の住んでいるアパートの六畳の部屋と同じくらいの広さだった。
 木目調の部屋は、温もり以上に、なぜが寂しさを連想させる。一階よりも冷たい部屋の温度や、温もりの裏にある満足感は、彼女よりも僕の方が似合っていた。ここで彼女は一人、何を考えているのだろうか。自分の母親を殺した人の子供が、一階で寝ているのをどう捉えているのだろうか。一緒に食事をし、朝日の中を散歩することに違和感を覚えないのだろうか。彼女は、どうして僕をあの海へ連れて行ったのだろうか。絶望に飲み込まれていた僕に、南海は何故手を差し伸べたのか。考えても、考えても、何度考えても分からなかった。

 机の上に肘を掛けた。木の冷たさがそこから伝わってくる。視線を落とすと小さい時計が一つ置かれていた。机の引き出しに手が伸びた。中には家族写真が一枚、入っていた。

 僕は見るのが怖かったが、確認しない訳にはいかなかい。そう……思った。
 一番左側に南海の父親だろうか……写っていて、真ん中で手を繋がれ笑っているのがおそらくあの頃の彼女。

 その右側に僕が、否、母さんが殺した、南海の母親が……写っていた。

 解けてしまいそうな歪な感情が僕を襲う。それはまるで殺した母親に眼球を掴まれたような。写真の中で僕の帰りをずっと待っていたかのような。そんな恐怖や沈鬱。それと共に、写真に写る南海の母親から目が離れなかった。

 手が震え、温もりが消えてゆく。

 呼吸が乱れ、息が出来ない。出口のない部屋に居るような気がした。

 口から出てくる涎で、写真が濡れた。

「あぁ、あぁ」
 喉の奥に黒い血が詰まったような固い声。

 苦しくて体を丸めた。胸と足が癒着したように離れない。僕は小さく、とても小さくなっていた。

 写真は僕の目の前まで来ていた。僕の目から一センチも離れていなかった。小刻みな震えに身を任せるしかなかった。


「僕の母さんは犯罪者で……。僕も犯罪者で……。母さんは自殺して……。僕も自殺し……」


「拓海!」」


 そうだ。母さんは生きてなんかいない。死んだんだ。自殺したんだ。


 ……良かった。本当に良かったよ。

 やっと……、

 ……眠れる。


 オレンジ色の光の中で横になって浮いているような、そんな感覚。時間がゆっくりと流れている、そんな感覚。僕は仰向けになっている。目を静かに開けた。

 彼女は倒れている。僕の隣で静かに目を閉じている。まるで死んでいるかのように安らかに。
 彼女の頬には青い絵の具が付いている。机の上に置かれていた時計は床に落ち、僕の頭の上に転がっていた。時計の針は、午前三時を指していた。こんな時間に起きるのは久し振りだった。もう一度眠ろう。次に目を覚ますのはいつだろう。次は南海と一緒に目覚めたい。そんな事を想いながら、僕はまた静かに目を閉じた
 写真の中には、僕の家族も申し訳なさそうに写っていた。


 潮の香り、波の音。暗い海は僕には浅く見えていた。
 僕は、彼女と一緒に床に寝転んでいた筈なのに気が付くとあの海に来ていた。
 幼い頃に何度も訪れているのに、今日も南海と一緒に来たのに、なぜか不安になった。
 風は静かで、波は優しく砂浜を撫でている。月明かりが海面を照らし、笑うように揺れている。よく見ると波の飛沫が薄青く光っていた。それが微かに眩しく、なぜか足が竦んだ。

 ……どこに居るの?

 そんな声が聴こえた気がした。その子は何故か心配そうな声で僕を呼んでいる。


「海だよ」
 なぜだろう、僕は微笑んでいる。


 僕は砂浜を歩き、飲み込まれるように海に入った。
 海水が肌に纏わりつくように感じ、僕を引き込もうとしている。腕をとる。足を絡めてくる。海は青く光っている。夜光虫が僕の体を取り囲む。
 なぜだろう苦しい。なぜ沖に進んで行くのだろう。誰が僕の背中を押すのだろうか。目の前に小さな気泡が無数に見える。耳に纏わりつく夜光虫を振り払おうとしても、どんどん入ってくる。僕の中に……入ってくる。


 僕は、何がしたいのだろうか。


 色々な思いが混ざっているような気がするから、僕は海水が水と違って重く感じるんだよ。不思議だろ……普通は逆なのに。

 決まったリズムで押し寄せる波に抗いながら、僕は目の前に出来た道を歩いた。道は僕の腰に入り、僕は道に飲み込まれる。いつもは足の裏の靴の裏の……その下にあるのに。
 道が僕の上に見える。なぜだか分からない。見上げる道は途切れ途切れに揺れていた。その道は奥の方へ、ずっと奥の方まで続いていた。そのぼやけた道の始まりが気になって、僕はそこに行こうとしているのかもしれない。

 今日は……何の日だっけ……。

 ……つづく。by masato

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