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歌姫再訪

  NiziUに泣き、NiziUに笑う。
 「Make you happy」の韓国語バージョンを聴く。雪解けの水のように沁みてくるものがある。その微妙な味わいを楽しんでいる。
 「Step and a step」彼女たちの一歩、一歩がそれぞれの軌跡を描いている、波紋のように、虹のように。あの声は一度聞いただけで、記憶に残る。
 
「一人はさみしい」と息子がぼやいている。
 そのせいか、最近、午後9時半を過ぎて、就寝を促すと、あまり抵抗なく受け入れてくれる。寝床では、なぜか尻を取らない尻取りとかオセロと囲碁の悪いところだけを拾い集めたようなゲームをやったりするが、定番は、昔話だ。
 むかし、むかし、で始まる手短な話を五、六個話すと、安心したのか、眠っている。
 最初の頃は、蛙の王子とか、蛸の王様とか、十三匹の猫と子豚とか、思い付くままに作り話をしてみたが、所詮、能力に限りはある。話が短いとよくクレームが付いた。
 最近では、シンデレラとか白雪姫、青い鳥、ピノキオ、桃太郎などのうろ覚えのあらすじを適当にアレンジして、だいたいオチはあまり違わないように、話を作ると、結構聞き入っているようで、二、三話も話せば、眠ってくれる。
 昔から伝わる民話や童話の威力たるや凄まじ。
 
 最近よく聴いているのは、GReeeeNの「星影のエール」、番組(朝ドラ)では1番しか流していなかった(と思う。いつも、NHKプラスの見逃し配信で見ていて、歌の部分は適当にショートカットしていた)ので、最後まで聴いてみると受ける印象が全然違う曲だと思った。応援というよりも、果てしないもの、未来からのもの(約束、それを受け止める誓いのような感じ)に向かう、祈りの歌として聞こえてくる。
 
 大塚愛「サクランボ」、コメント欄を読むと、ハングルが躍動している。最近、韓国で日本のポップスの中では一番人気らしい。本当かどうかは、確かめようもないが、軽快で、なにより肯定的で、キュートな曲調、乗りの良さ。
 GLOBEの「Depature」、TRFの「寒い夜だから」、冬の季節になるとなぜか思い出す、スキーの深いエッジを切る音とともに。
 SPEEDの「WHITE LOVE」、冬の澄んだ空を突き抜けるような声も。
 絢香の「三日月」、一青窈の「ハナミズキ」、懐かしい曲ばかりだ。
 あいみょんも相変わらず聴いている。もしかして、あれは、演歌の生まれ変わりか、いや、おそらくは、モンゴルの草原を駆け抜ける裸馬、馬追い唄が風を吹き抜けるときのような少しくぐもった響き、不思議な短調のメロデイーだろうか。しばらくは、こころ静かに耳を傾けていたいものだ。
 
 最近、気になる言葉
 感染者数、この使われる意味の曖昧な言葉がマスコミやSNSを席捲することで、どれだけの人が右往左往し、振り回されていることだろう。
 感染が確認された人の数、陽性と判定された人の数、抗体を保有すると確認された人の数……、正確な言葉を使わないと、正確なピントはいつまで経ってもつかめない。
 夜の街、どの街にも等しく夜は訪れるものと思うが、夜の街には光は差さないのだろうか。明けない夜はない、などと愚痴って済む話ではないはず。
 緊急事態宣言、いったい誰がどのような緊急の事態に追い込まれ(陥っ)ているのか、よく分からない。宣言を出したという事実が、これらの事態を越えて一人歩きしているとしかわたしには見えないのだが。
 不要不急、不要と不急をつなぐものが、「AND」なのか、「OR」なのか、それともその両方なのか、判別できずに、活動を制限、停止させられる破目に。文化とか芸術とか大上段に構えることも不自然だが、日常の楽しみであるスポーツやエンターテインメント(歌舞音曲の類い)まで蚕食されては、立つ瀬がない。
 まして、法に基づいた正当な補償を受けることはできず、一方的に権利を制限され、その命令(禁止)に従わなければ容赦なく処罰されるというアンバランスさだ。憲法の最も基本的かつ重要な理念が踏みにじられている。
 宣言前の一斉休校の呼び掛けや税金を使った布マスクの全国配布、そうした一連の政策の効果、影響を客観的に評価し、新たな政策に反映することもなく、ただ漫然と時を過ごし、感染が拡大期に入ると、医療崩壊と騒ぎ立て、治療も受けられずに死んだ人が続出すれば、罰則を振りかざし、闇雲に自粛を強要し、感染した者とその家族を結果的に鞭打つ。
 
 昼の間に、タブレット端末で見た「雨の朝巴里に死す」
 フィッツジェラルドの「バビロン再訪」を下敷きにしているようで、最後のシーンは、人の善意(人は本来善なるものであるという意)というか愛の発露する瞬間、その唐突で、不可解で、不可避な様に、心を揺さぶられた。
 姉の死に複雑な思いを抱いていた、頑な妹が、その夫の深い愛に気付いたとき、自らの報われない愛を憎しみの固い殻に閉ざしていた彼女の内なるものから、ゆるし、囚われのない自由が甦り、それが愛のしずくとなって滴る。
 
 雨の朝、硬い殻を被っていた彼女の何かが死に、新しい命、人の生がそこから芽吹いていた。
 簡潔でいて清々しいラスト、久しぶりに心が洗われ、目がすっきりした。
 
 小雨交じりの保育園の帰り、近くのスーパーに寄り、子どものお菓子を買う。入口付近には、恵方巻がこれでもかと大量に並べられている。
 母が元気な頃は、節分の日は、日が暮れると歳の数だけめいめい豆を撒き、年越しの蕎麦を食べたものだ。恵方巻は、まだ、無かった。
 
 明ければ、立春大吉、左右対称、裏表無し、鬼の目も欺くめでたさとか。
 明日からいよいよ春だ。長かった冬も終わるが、まだまだ油断はならない。

※ 2023年11月 NiziUは、とうとう韓国デビューを果たした。今後の活躍を期待している。
 

 

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