【小説】「straight」101
「リタイアだと?!」
増沢は、手にしたスマートフォンを思わず取り落としそうになった。
第五区の選手が、ガードレールに激突して途中棄権。
これで、地区大会出場条件である二位以内確保の望みも完全に絶たれた事になる。
「揃いも揃って、この役立たずが!!」
怒鳴りながら通話を切った彼は、ギャラリーが詰めかける市役所通りの沿道へと戻った。
「……結局、信じられるのは自分だけか」
彼の右手には、中身の入っていない空き缶が握りしめられていた。
なに食わぬ顔をして、最前列へと割り込んでいく。
(まさか、昔やった『イタズラ』が、ここで活きてくるとはな)
増沢の脳裏に、6年前の箱根駅伝での光景がよみがえった。
(ランナーの脚なんて、意外と脆いものだ)
そう思った彼の口元に、嫌らしい笑みが浮かんだ。
「トップが来たぞ!」
観客の誰かが叫んだと同時に、応援の小旗が一斉に振られた。
力走を見せる光璃に向かって、歓声が沸き起こる。
その誰もが、自分達の足元など全く意識していない。
「Bye」
増沢はそう呟いて、缶を手から離した。
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