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この舞台の片隅に。


「はい、10分休憩しましょう。再開は、15:37分から!」

演出助手が金切り声をあげた。演出家に〈頑張ってるアピール〉でもしてるつもりなのだろうか。
わたしは心の中で「15:40まで休憩でいいだろ」と、助手に向かってツバを吐く。

「はーい!」

しかし、文句をたれることはない。
わたしは七福神のお面みたいな笑顔で返事した。

他のキャストたちは、わたしよりももっと正直だった。メインキャストで若手一番手のHくんは、ボソッと「刻んだなぁ」と苦笑い。わたしより年上のアンサンブルキャストNさんは「はいはい」と、ウンザリ顔。喫煙者チームは、逃げ出すように稽古場から飛び出していく。きっと喫煙所で「休憩時間短すぎません?」なんて会話をするのだろう。

わたしはタンブラーを片手に、お茶場に設置されたウォーターサーバーの元へスキップする。あくまでも平常心で。いや、いつもよりも明るく元気にみられるように。

多少の誇張が混じるのは否めないが、心のうちで悪態をつくときは、いつも以上に態度に気をつけることを意識していた。少し大袈裟くらいで丁度いい。人間、単純なもので、心の声は顔や声に出てしまうもの。でも、そんなことはおくびにも出さないのが本物の役者だ。

常日頃からウソをつく。

ウソをまことにするのが、わたしたちの仕事なのだ。河原乞食と言われようと、後ろ指をさされようと関係ない。ただ、わたしたちは、ウソをつき続ける。

タンブラーに注がれる水を眺めたあと、わたしは改めて稽古場を見渡した。

会話は聞こえてこない。
みな、黙々とスマホをいじっている。

——こんな稽古場で、いいものが作れるのだろうか。

まずい、まずい。口角が下がってしまう。わたしはキュッと頬の筋肉を引き締めて微笑を作りながら自席へと戻った。共演者がチラリとスマホから目を上げる。「あ、気まずい」と思ったが、わたしはコクリと頷いた。なんの頷きかは分からない。だが、それだけで、相手もニコリと頷いてくれる。いや、もはや頷きというよりも、小さな会釈といってもいいだろう。困った時は、とりあえずこれでやり過ごす。

隣の席にいるはずのRさんは、稽古場の隅の方で一人ストレッチをしていた。ストレッチポールを腰にあてながら、静かに呼吸を整えている。

本当に静かな稽古場だな、と思う。誰一人、人と関わろうとしない。コミュニケーションを取らない。休憩時間に限らず、お芝居を作っている最中も。

こんなとき、喫煙チームを羨ましく思う。これまでの経験上、喫煙チームには不思議な連帯感が生まれているのだ。煙と一緒にストレスも吐き出しているのだろうか。連れションならぬ、連れスモーキングは当たり前で、小さな個室の中でクリエイションが行われていることもしばしばある。タバコを吸う人たちは、その行為だけでコミュニケーションが生まれているのだろう。

それに比べて……。
ボオ、と空調の音が響く静かな稽古場。
殺伐、という言葉がピッタリだ。

わたしは、いてもたってもいられず、Rさんを倣うようにストレッチを始めた。

もうすぐ、休憩時間が終わる。
誰もが本音と建前を上手に使いながら、複雑怪奇なこの世界を生きている。

わたしは、舞台の隅からじっと見つめる。

この世界がどんなカタチをしているのかを・・・。

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