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【怪談】なまはげの話

神罰なのかもしれないし、別の何かに付け込まれたのかもしれない。
今となっては、もう確かめようのない話である。

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今年でもう40半ばになるNさんは、東北の出身である。
本人曰く、「東京からすればド田舎だけど、地元の方では比較的都会」な場所に生まれたのだとか。
少なくとも、スーパーやコンビニ、病院などは不自由しない範囲内にあったらしい。

そんな場所でも、季節ごとの行事や儀式はしっかりと行っていたようで。
「トラウマなんだよな、なまはげが」
そう、Nさんはしみじみと語った。

なまはげ。
無形文化遺産に登録までされている、日本の伝統的な行事である。
大晦日の夜に、大きな鬼の面をつけて包丁を持った人物が「泣く子はいねがぁ~」「悪い子はいねがぁ~」と子供を脅して回るものだ。
大抵、その正体は地域の若者によるボランティアで、彼らが模している鬼もありがたい神様なのだが、そんなことを知らない子供にとっては恐怖でしかないだろう。
トラウマになるのも無理はない。

しかし、Nさんは「違うんだよ」と言った。
「俺が子供の頃には、あの中には近所の兄ちゃんが入ってるってことはもう知ってた。ませたガキだったんだよなぁ」
それなら何故トラウマになったのか、と聞くと、Nさんはぽつりぽつりと語り出した。

Nさんがなまはげの正体を知ったのは、4歳かそこらのときだった。
物心がついているかどうかすら、まだ怪しい時期である。
「あの中には向かいの家の○○兄ちゃんが入ってる」とNさんに教えたのは、Nさんの兄だった。
兄は当時小学校の高学年で、大人による子供だましに敏感になる年頃だった。
そのため、得意になってまだ幼いNさんに繰り返しそれを教え込み、Nさんは「なまはげ=中に人が入っている」という図式を完全に理解した。

それからの大晦日は、いくら見た目のインパクトが強かろうとなまはげのことは怖くはなくなった。
もちろん、まったく恐怖がないわけではない。
しかし、同年代の子供が泣きわめいて親にすがりつく中、Nさんだけがにやにやと笑っていられるくらいの余裕はあったという。

「今から思うと、ほんとに可愛くない子供だったね。なまはげを舐めくさってた。そんなんだから、バチが当たったのかもしれないな」

それは、Nさんが小学校に入った年の大晦日。
その年もなまはげがやってきたが、Nさんは毎度のごとく余裕の態度で迎えた。

包丁を振りかざし、「悪い子はいねがぁ~」と家に上がってくるなまはげに、Nさんはむしろ自分から向かっていったそうだ。
お前なんか怖くないぞ、というアピールのように、Nさんは笑顔でなまはげの顔をぐいっと覗き込んでみせた。

その、口の中。

ぽっかりと空いた空洞の奥に、人の手があったそうだ。

Nさんは、てっきり「中の人」の顔が見えると思っていたので、呆気に取られてしまった。

その手は右手だった。
恐らく女性であろう、滑らかな輪郭の白い手。
それが、授業中に手を上げるように、指先をぴんと揃えて上向きに伸びていたのだ。

一体どういうことだ。中の人はどんな体勢なんだ?
そもそも、ここに手があるんだったら、あの包丁はどうやって握っている?

混乱するNさんの目の前で、手が"増えた"。

すっ、と。
下から、もう一本の手が伸びてきたそうだ。

別人の手だった。
ごつごつとした男の手で、それも同じ右手だった。

Nさんは火がついたように泣き出した。
その場にへたりこみ、母を呼んで号泣していたのだ。

普段からませていて気丈なNさんがそんなことになったので、場は騒然としたという。
大人たちになだめられ、なまはげもオロオロとした様子で面を取った。
そこには、よく見知った、向かいの家に住むお兄さんの顔があったという。

「幻覚だった……って思い込むようにはしてるんだけどねぇ」
それにしては意味が分からなすぎるでしょ、とNさんは笑った。
「だから、それ以来なまはげが怖いんだよ。そのときの恐怖を思い出すから……ってのもあるんだけどさ。何よりも、傍に近づかない限り、うまい具合に中が見えないあのお面が怖くなったんだよ。なんだかさ、手だけじゃなくてもっと色んな……恐ろしいものが見えるんじゃないかって。そんな気がして」

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