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やさしさの伝染


世界はときに冷たく見えもするけど、温かさってあると思う。そんな小話を3つほど。


●ケーキ屋さんにて

とある人気のケーキ屋さんに、ウッキウキで出かけて行って開店前から並んだ日のこと。受付番号を受け取らなければいけなかったらしいのですが、みんな順番に並んでいるし、特に案内もなかったので、不要なのかと思ってとらなかったのです。

ところが、少し列が進んだところで、番号札の数字順で呼ばれていることに気づき、慌てて発券しました。

すると、私の目の前に並んでいる人の数字より3つ後ろの数が印字されていました。つまり、後ろ2人分余計に待たなければならなくなったわけです。

本来の私の番号が呼ばれ、私を押しのけるようにして後ろの人が注文カウンターへ行きました。私の落ち度とはいえ、沈んだ心でその人の背中を見ていました。たかが2人分。でも雨の日に開店前から並んでいた私にとって、自分の順番が抜かされて、抜いて行った人がルンルンで商品を選んでいる姿を見ているのは、悲しくなるのに十分な出来事でした。

そうやって静かに打ちひしがれていると、後ろのご婦人が「番号札、交換しませんか?あなたの方が先に並んでらしたでしょ?」と声をかけてくれました。私は驚きつつも、「いいんですか?」と尋ね、頷くご婦人に持っていた番号札を差し出すと、快く交換してもらえたのでした。

ご婦人のスマートなやさしさが嬉しくて、お礼を述べた直後くらいからうっすら目に涙が浮かんできました。世の中見ず知らずの人に対して、こんなに素でやさしい人っているんだな。しかもなんてことない事のように自然体で親切にしてくれたことが、余計にジーンときたのでした。
その後、私もご婦人もほぼ同じタイミングで番号が呼ばれ、それがちょっと救いでもありました。

さすがは高級住宅地エリアのマダム。私もせめて心だけでも、こんなふうになりたいなと思いました。

そのケーキ屋さんで半世紀以上愛されているという、レモンパイ。
驚くほどにかろやかで、いくらでも食べ続けられそうなおいしさ。


●郵便局の窓口にて

役所に返信用封筒を入れて郵便を送ろうとしたときのこと。送付用も返信用も、どちらの封筒も特定記録郵便の切手で郵送したかったので郵便局へ行きました。その地方のターミナル駅前の郵便局は、朝からかなり混み合っていました。

少し並んで、特定記録郵便分の切手を2通分を購入。窓口の人から、特定記録郵便は窓口のみでの郵送ですよと案内があったので、「封筒の中に入れる返信用封筒にも貼り付けて封をしてから、もう一度並びます。」と答えたところ、窓口の人は「それなら今対応しますよ。」と申し出てくれて、私が並び直さなくても良いように、窓口の手前にある作業用カウンターまで出てきて、私が切手を貼るのに付き合ってくれたのです。

列を振り返ると3,4人は人が並んでいたので、正直その対応をしてもらえて助かりました。この日は新幹線で移動する予定が入っていたので、時間短縮のありがたみはなおさら大きかったです。

郵便局はお役所のような四角四面な対応が基本だと勝手に思っていたので、思いがけない親切な対応が嬉しかったです。

●新幹線の車内にて

その日の新幹線の座席は、3人掛けの通路側(C席)でした。車内に乗り込むと、既に混み合い始めていて、私の後にも続々と人が乗ってきました。

発車時刻間際に、たくさんの荷物を抱えた1人の若い女性が乗り込んできました。彼女はスーツケースにリュック、おみやげらしき紙袋とスタバかなにかのカップを手に持っているよう模様。なかなかの大荷物です。彼女は、私の斜め前の2人掛け席に座ろうと立ち止まりました。私はそんな彼女がまとっている、どことなくオドオドした雰囲気が妙に心配になって、さりげなく見守ることに。

どうやら彼女は窓側の席を予約したようなのですが、既に通路側に座っている人がいたため、その人を避けながら多くの手荷物を片付けていくのに、かなり手こずっている様子でした。そうやって彼女が荷物と格闘していると、別の乗客が自分の座席を探して、私たちのいる車両にやってきました。その人は、彼女のところで通せんぼされる形になったので、彼女が座るのはまだかとじっと見つめていました。

そのことに彼女は気づいていません。荷物は少しずつ片付けられていたので、私が手助けに出て行く程でもないかと思い、内心ハラハラしながら見守っていました。

そうこうしているうちに、なんとか彼女は腰を下ろすことができ、通せんぼを食らっていた乗客も、どこかへ歩いて行きました。


ところがその後、先ほど私が感じていたハラハラは、違う形で的中することになるのです…。

しばらくして、通路を挟んで隣の席の男性がなにやら慌てている様子が、私の視界の端に映り込みました。何事かと思ってそちらを見ると、男性の足元がカフェラテ色の液体でビショビショになっているではありませんか。
そしてその男性の斜め前に座った、先ほどまで大荷物と戦っていた女性が、男性の方へ向かって小さな声で「すみません」と繰り返していました。しかし、隣の席に座っている人がいたためなのか、自席から出て来ないでひたすら謝るだけの彼女。カフェラテに濡れた男性は、どうしたものかと困ったような呆れ顔でした。


……あぁ、この車内でのドリンクこぼしパターン、私知ってる。
以前、私の前に座った女性2人組が手持ちドリンクをこぼして、そのドリンクが私の足元まで流れてきたことがありました。その際の経験を活かすときは、いま。


状況を把握後、すかさず私は持っていたティッシュを男性に渡し、一緒に床を拭いていきました。
それから、「前にも似たようなことがあったんですが、乗務員さんに声をかければ、拭くものを持ってきてくれますよ!」と、私は怯えたように縮こまっている女性に声をかけ、努めて明るく床を拭くことに徹すること数分。男性の足元には、カフェラテに濡れたティッシュの山ができ上がっていました。でも、それを片付けるための袋も男性は持っていないようで。仕方がないので、私は持ち合わせていたコンビニの小袋を供出しようと自席の方へ振り返ると……

なんと、私の隣に座っていたサラリーマンのおじさんが、ポケットティッシュを私に向かって差し出してくれていたのです!そして、私の前の席に座っていた肝っ玉母さん風の女性からも「これ使って!返さなくて良いからね。」と声をかけられ、ウェットティッシュをいただくことに…!

私が勝手なおせっかいで飛び出して行ったのではありますが、そんな私を周りの人たちも応援してくれるような空気が、いつの間にか私のことを包んでくれていました。その見知らぬ者同士の間にでき上がった連帯感に有機的なあたたかさを感じて、私は素直に嬉しくなりました。

世の中は冷たいように見えるときもあるけれど、まだまだ捨てたもんじゃないですね。


さて、私がビニール袋を差し出しても、男性はカフェラテを吸ってグショグショになったティッシュを触りたくなかったようです。固まったまま動きません。そうですか、と心の中でつぶやいて、私は水分をたっぷり含んだティッシュを素手で掴んで袋に入れていきました。汚れると言ったって、どうせ手は洗えば良いのですから。まだ少し床は濡れていましたが、応急処置としては十分でしょう。袋を捨てるついでに手を洗うため、私はデッキに向かいました。

用を済ませてデッキから私が戻ってきた時には、乗務員さんが対応をしてくれていて、私はお役御免に。一件落着というところでした。

普段の私だったら、今回のようにとっさに飛び出していけなかったのではないだろうかと思います。きっと、私が躊躇ちゅうちょなく誰かに手を差し伸べられたのは、前日に出会ったマダムと、この日の朝に出会った郵便局員さんのやさしさに触れていたから。そう、やさしさの伝染──。


ちなみに、カフェラテ被害の男性は40代くらいの人で、一時期騒がれた筋肉医師に少し似ていました。

私はその男性のことを勝手に、会社かなにかで少し上の立場にいる方なのかな?と想像しました。だから雑用みたいな汚れ仕事に慣れてないのか抵抗があるのか、はたまた乗務員さんにさせればいいと思っていたのか、そのせいで動きが鈍かったのかなぁと。でも、どんなにステキに着飾って、社会的地位があったとしても、汚れ仕事にも、パッと動けるフッ軽さがあると、いっそうステキなのになぁと思ってしまいました。(今回は被害者といえども自分事でもあるわけですし、誰かがやらなければならないことですからね。)それに、だいぶいい大人なわけですし。

とはいうものの、キレ散らかしたりしないでいただけ、その人も良い人なのかもしれません。たとえばもし私が一張羅いっちょうらを汚されたとしたら、落ち込むか不機嫌になってしまいそうですもの。その点、その男性はフリーズ気味だったとはいえ淡々と対応していたので、やっぱりオトナなのかもしれないな……とも思います。悪く言ってすみませんでした、筋肉医師似の人よ。

ちなみに新幹線の降り際に、その男性は私にお礼を言ってくれました。ふふん、良いってことよ。

言葉遣いは全然なってないけれど、私も少しはマダムに近づけたかしら?



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