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『金木犀とメテオラ』 安壇 美緒

出会い

カットとカラーを頼んだが、担当の美容師さんが引っ張りだこで中々進まない中見つけた1冊。夏だし、なんかキラキラした感じの本がいいなと各出版社の夏限定サイトを流し見していて装丁に惹かれた。ジャンバースカートの制服で駆ける淡い少女たちと、如何にも女の子を彷彿とさせるタイトルで即決。


あらすじ

東京出身の宮田佳乃は12歳の春、北海道の中高一貫校に入学した。秀才の宮田自身が望んだ学校ではないが、まだ12歳の彼女には受け入れるしかなかった。宮田は入学式の新入生挨拶をした人物が自分ではないことに、高いプライドをさらに傷つけられる。壇上に上がったのは、短く刈りそろえたショートヘアの似合う奥沢叶だった。美人の彼女に会場の視線は集まるが、宮田は奥沢からただの優等生とは異なる違和感を感じていた。時折現れる宮田だけが気付く奥沢の表情や視線。少女たちの気まずくて不完全な心の交わり。表面には現れないその人の真実を感じさせられる物語。




物語は東京の小学6年で、受験を控えた宮田佳乃の視点から始まる。
この宮田には弁護士の父親がいるが、突如全く志望していない北海道の新設私立に行くことを決められてしまう。母親が1年前に亡くなった宮田は、その母親からピアノや進路について高みを目指してあれこれ言われて育っていた。父親は家に関心がなく、そんな父親を宮田も冷めた目で見ていた。父親にもそれが伝わっており、厄介払いも兼ねて寮のある北海道の学校を勧めてきたのだった。

宮田は北海道の私立に来たことに諦めもあったが、東京に戻るために成績をキープし続ける。出席番号の近いみなみと親しくなるが、みなみの一方的な友達としての関わりをさして興味もなく受け止める。宮田が唯一自分の感情をむき出しにするのは、自分の自信のあるもので誰かを絶望させる時。北海道の田舎のピアノ教室を探していたときには、「音大を目指す高校生」の練習を見学するはずだったが無理矢理ピアノの前に座る。狂いのない指運びでラフマニノフの音を聞く人に突き刺していく。それは奥沢のいる場所で初めてピアノを披露するときもそうだった。

宮田から見た奥沢は、可憐で嘘っぽいほどに外見も仕草も作り込まれた少女だった。だからこそ、宮田のピアノを聴いた後に見せた一瞬の醜く歪んだ嫉妬の表情は宮田の頭から離れなかった。



物語は奥沢視点に移っていく。
奥沢から見た宮田は自分勝手でマイペースな東京の恵まれた女の子だった。自信に溢れ、そつなく勉強やピアノをやり遂げてしまう。その上それが当たり前のように淡々としていた。奥沢の家は貧しかった。2部屋しかないアパートには勉強の机もなく、カラーボックスの上で奥沢は学年2位の成績を生み出していた。家には若くて派手な母親を愛人にする会社の社長が出入りし、奥沢の学費もこの男が出していた。その環境がコンプレックスの奥沢は、学校では高貴で清らかな立ち振る舞いを心がけていた。

学校の仲良しグループによくあるイベントごとに、金銭感覚の違いや自分が普通の子ではないことに奥沢は苦しむ。それでもそこから抜け出せる未来に希望を持って、毎日を耐えていた。勉強とルックス以外に奥沢は絵の才能を理科の教師に見出され、高校に上がる頃には賞を受賞するまで腕を磨く。内申点や絵も大学に行くための奨学金を手に入れるための手段だが、ことはそう上手くいかない。




過去に感じたことのある憧れや、自分には手の届かない他者の持つ才能、環境への嫉妬。20代になると流石にほとんどないが、学校の中で生きていたあの頃にこの本を読んでいたらもっとのめり込んでいたと思う。宮田はプライドで選んできた自らの進路と、自分にできることややりたいことで進路を選び始めた周囲との差に後半気付く。奥沢も宮田がただの悩み多き17歳だということに気付く。誰しもが持っている周りに溢れていない、秘密や気持ちを少女たちが関わり合いの中で気付いていく。大人ももちろん同じ。最後に出てくる寮母さんの本当の気持ちを吐露する場面に一番グッとしてしまった。

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