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失恋オムニバス【0413】
いたみわけの想いが
男の人って苦手。
苦手っていうか、怖い。
ゴツゴツしてるし、大きいし。
何考えてるかわからない。宇宙人みたい。
「ねー、ゆっちょん。ゆっちょんは好きな人とかいないの?」
そう声を掛けてくれるのは、水原実祈ちゃん。
数少ない、わたしのお友達。
暗い性格のわたしなんかに、よく話かけてくれるクラスメイト。
本人は自分のことをガサツだなんて言うけれど、本当は誰よりも女の子らしいところを、わたしは知っています。
恋バナとか凄く好きみたいだし。
「わたしは、いないよ。そういうの」
結久保由美。
親しい人からは、ゆっちょんって呼ばれてる。
女子高校生。
十七歳。
サンリオが好き。
男の子が嫌い。
女の子のほうが良い。
わたしは————
————水原実祈ちゃんのことが、好き。
「ゆっちょんさ。なんでそんなに可愛いのに。彼氏つくらないかなー?」
「か、可愛くなんて……、ないよ」
すぐ実祈ちゃんは、すぐにそういうことを言います。
誰にでも、そういうことを言います。
彼女のそういうい性格は、わかっているんだけど、なんだか顔が熱くなる。
「なんで実尽ちゃんは、そういうこと聞くのかな……?」
「そりゃ。ラブマスターとしては、友達の恋愛事情は把握しておきたいでしょ!」
「ラブマスター……」
それに関しては、ダサさ極まれりです。
昭和でもありえないネーミングセンス。
そういうところも好き。
「……実尽ちゃんは、いないの? 好きな人、とか」
「え!? あーいや。わたしも、そういうのはいないかなー」
それは嘘です。
わたしは知っています。
同じクラスの大矢舵治夢くんのことが、実祈ちゃんは好きだということを。
幼馴染で仲も良いけど、その想いを伝えきれずにいるってことを。
「……そうなんだ」
ああ。わたしはなんて卑しい子なんでしょう。
願わくば、その恋が実らないで欲しい、なんて思ってしまうのです。
卑しいついでに、妨害工作を施すことにしました。
大矢舵くんに、あることないこと吹き込んで、実祈ちゃんの評価をガタ落ちさせる作戦を実行します。
好きな人を悪く言うのは気がひけるけど、この恋を成就させるためだもん。仕方ないよね。
ただでさえ、報われるのが難しい同性どうしなのですから。
それくらい強かに行かなくちゃです。
授業の合間の休み時間、わたしは実祈ちゃんがお手洗いの隙に大矢舵くんに話しかけました。
「あああああああああのぅ、おおおおおぉ大矢舵くん。いいい今いいかな!?」
「え、なに!? どうした!?」
どもりすぎました。
奥に芯が詰まった、電動鉛筆削りみたいになってしまいました。
どうしましょう。どうしましょう。
すっかり、わたしが男性恐怖症なのを忘れていました。
発汗が止まりません。
心臓が無慈悲なビートを刻んでいます。
「お、落ち着け。結久保……だっけ? リラックスだ。リラックス」
大矢舵くんの声など耳には入りません。
「あああのね! 実祈ちゃんは、悪い子なんだよ! 」
「は?」
いや、下手か。
言うに事欠いて『悪い子』とは。
実祈ちゃんはイタズラした小学生かなにかでしょうか。
こんなんじゃ大矢舵くんに、まともに取り合って貰えるはずもありません。
そう思っていたのですが、
「……結久保。実祈となにがあったかはわかんねえけど、あいつは絶対に『悪いやつ』なんかじゃねぇよ。誓って言える」
真面目に返されてしまいました!
しかも実祈ちゃんへの揺るぎない信頼を感じます。
これが幼馴染の絆でしょうか。
「もし結久保がそう感じたなら、きっと、それは勘違いってやつだからさ。どういう経緯でお前が実祈と喧嘩したのかは知らないけど、お願いだ。もう少しだけ実祈と、ちゃんと話をしてやってくれないか?」
そう困ったように大矢舵くんは笑います。
うう……。
少しキザな感じの言葉ですが、なんでしょう。
大矢舵治夢。男子だけど、悪い人ではないのかもしれません……。
……は。
危ない危ない。何を考えているのでしょう、わたしは。
男子はみんな悪い人でした。それに間違いはありません。
一旦退散です。
一目退散です。
わたしは「むぉわぁ」と、言葉にならない声を残して、自分の席に戻りました。
ああもう。恥ずかしい、恥をかきました。
これだから男子は嫌いなのです。
わたしのエピソードにおいて、真に大事なのは、実祈ちゃんと過ごすかけがえのない時間なのですから、さっきの茶番は忘れてください。
ここからは、ただただ実祈ちゃんのとのイチャイチャラブコメディをお送りいたしましょう。
「わたしはやっぱり、タコさんウィンナーの足は四本で良いと思うんだよねー。八本はやり過ぎというか……」
くだらないことを言いながら、お弁当を頬張る実尽ちゃんの姿を眺める。
この時が一番の幸せです。
この幸福が、ずっと続いたら良いのに。
「お。実祈と結久保、仲直りしたのか? よかったよかった!」
そんな幸福は続きませんでした。
お邪魔虫野郎が話しかけてきました。
いえ、正確には虫ではなく大矢舵くんという、ヒト科オスの半成体なのですが。
「はー? 別にケンカなんかしてないんだけど? わたしとゆっちょんはズッ友なんだけど?」
そうだそうだ!
わたしは心の中でまくしたてます。
「あれ、そうなん? ……ふーん?」
一瞬、チラリとこっちを見た大矢舵くんと、不覚にも目があってしまいました。
わたしは「ピィ!」という音を発し、俯きます。
まずいです。まずいです。
さっきのことを実祈ちゃんに言われてしまうのでしょうか?
わたしが実祈ちゃんを陰で『悪い子』なんて言っていたことがバレでもしたら……。
「まあ! なら良かったわ!」
しかし大矢舵くんは、そう言いニカっと笑うだけでした。
「ちょっと治夢。ゆっちょんは男子苦手なんだから、あまり怖がらせないでよね!」
「あ、そうなの?! そっか悪かったな結久保。まあでも、またなんかあったときは話かけてくれよ」
「も……ぅすぅ」
大矢舵くんは他のクラスの男子のもとへ去って行きました。
「…………」
あれ!? なぜか実祈ちゃんが黙りこくっています。
「ど、どうしたの……? 実尽ちゃん?」
女の子に対しては普通に発声できるわたしです。
「……『また話しかけてくれ』って。ゆっちょん、治夢と何か話してたの? ……わたしの、いないところで?」
「えと……? 少し……。聞きたいこと、あって」
「男性恐怖症のゆっちょんが? 自分から? 話しかけたんだ?」
「あぅ……」
恐怖症ってわけではないんだけど。
あれ? 実祈ちゃん、なにか怒ってる?
「ふぅん……」
「……」
その日はなんだか、ギクシャクしたまま一日が終わってしまいました。
「……え?」
次の日です。
開口一番。実祈ちゃんの台詞は「わたし、ゆっちょんの恋を応援するよ!」でした。
聞き間違いだと思いましたが。
聞き間違いだと願いましたが。
実祈ちゃんは昨日の一連から、わたしが大矢舵くんのことが好きだと勘違いしてしまっているようです。
わたしは、身体の奥底のほうから、悲しみとも怒りともとれる感情が湧き出るのを感じました。
そんなふうな勘違い。他の誰でもない、実祈ちゃんだけにはして欲しくなかったからです。
「まったく水臭いなー、みっちょんは。早くわたしに相談してくれれば良かったのにー」
「み……実祈ちゃん? 違うよ。わたし別に、大矢舵くんのこと……、好きじゃないよ?」
「いいっていいって、謙遜しなくてもさ! 隠さないでよ、親友でしょ!? いやいや、わたしは嬉しいんだよ。みっちょんが恋に興味を持ってくれたことが! って何目線だって話よね! あはは」
「謙遜て……。意味……わからないよ」
「相手が大矢舵ってのが、少し見る目ないかなーって感じだけど」
「……めて」
「でも安心して! わたしは応援するからね」
「やめて!!」
と、教室中に響き渡るような大きな声で叫べたら良かったのですが、わたしには、俯いてポロポロと涙を零すことが精一杯です。
「ゆっちょん?」
泣いたわたしを見て、一瞬、驚きの表情を見せましたが、すぐに心配そうな声をあげる実祈ちゃん。
そして「大丈夫?」「ごめんね?」「わたし、何か悪いと言っちゃったかな?」と、オロオロし出します。
すぐ調子に乗るくせに、人を傷つけてしまったかと思うと必ず気遣います。
そーいうとこが好きでした。
誰よりも彼のことを好きなくせに、わたしも大矢舵くんに気があると勘違いしては、自分を差し置いて他人の方に肩入れしてします。
そーいうとこも好きでした。
でも。いま。
とてもイヤな気持ちです。
そーいうとこは好きけど。
そーされることには我慢がならないのです。
「もう…………よ」
「……え?」
どうせ最初から、叶うことなんてない恋ですもの。
なんでもいいよ。
どうでもよくなってきました——
だからわたしは、涙を拭ったあと、実尽ちゃんの顔に目を向け言いました。
「ありがとう! 実祈ちゃん。わたしの……恋、応援してね」
実尽ちゃんは、少し戸惑ったかのように「あ。……うん」とだけ答えます。
——もう、どうなっても知らないから。
わたしは、心の中でそう呟きました。
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