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失恋オムニバス【0626】

かすれ声で綴って


 わたし水原実祈みずはらみのりと、大矢舵治夢おおやだおさむは腐れ縁だ。

 親同士の仲が良くて、物心つく前からの付き合い。

 幼稚園が一緒で。

 小学校が一緒で。

 中学校が一緒で。

 いま通う高校までもが一緒だ。

 ほとんど兄妹みたいな感覚。

 いや、あいつが兄だなんて癪だな。姉弟だ。

 昔は一緒にお風呂だって入ったことがある。(って聞かされている)

「だから大丈夫。いまさら緊張なんてするわけない」

 この手に握りしめた手紙を渡すだけだ。なんてことない。

 そう自分に言い聞かせ、わたしは呼び出した治夢を待つ。

 いつからだろう。あいつに恋心を感じたのは。

 気が付いたときには、好きになっていた。

 異性として意識し始めていた。

「おそいね……。大矢舵くん」

 校舎裏にて、治夢が来るまでの時間、無理を言って友達のゆっちょんに付き添ってもらっていた。

 結久保由美ゆいくぼゆみでゆっちょん。クラスで一番仲の良い子。

 ちなみに付き添いには、めちゃくちゃ嫌がっていた

「大矢舵くんが来たら、わたしすぐに隠れるからね!」

 ゆっちょんは基本的に男子があまり得意ではない。

 ていうか男子と話しているところを見たことがない。

「わかってるよ」

 でもわたしは、みっちょんがクラスの男子から一番の人気を得ているのを知っている。

 おとなしくて、おしとやかで、おくゆかしい子が男子は好きなのだ。

 わたしだって、そっちのほうが可愛く思う。

 対してわたしなんて、『女の子らしさ』みたいなのが微塵もない。

 髪のセットが苦手で強引にゴムでまとめたり。そんなヘアースタイルがしょっちゅうだ。

 爪とか深爪してるし。

 言葉遣いだってガサツだ。

 みっちょんくらい可愛かったら、わたしだって、どうどうとあいつに「好きだ」って言えるのかな。

 そんなふうに思った。

 意味もないのに思った。

 どうせ今日、決着がつくのだ。

 わたしの想いに。

「……みのりちゃん」

 突如、みっちょんがわたしの髪に手を伸す。

 わたしは、ビクッと退き「え、なに? どした?」と問う。なんかこのときメチャクチャ声が裏返った。

「あ、ごめん。髪に、ごみ……ついてたから」

 カアァという音が、頭の奥のほうから聞こえた。

 わたしの耳が熱を帯びる。

 なにかこう、差を見せつけられてる気がした。

 女子力というか。可愛らしさというか。

 女の子としての差を。

「……大丈夫かな」
 
 そうみっちょんが呟いた。

 いや、それをあなたが言うのかい。そう心の中でツッコミを入れる。

「あ、ごめんね……。なんかやっぱり、心配で」

「もー、みっちょんがそんなこと言うなら、わたし帰っちゃうよ」

「そ、それはダメ、だよ」

 本気で焦りの表情を見せる彼女に、わたしは

「冗談だよ」

と告げた。

 本心は、本当に帰りたいと思っていた。

 土壇場になると逃げたくなるのは心の弱さだ。
 
 自分が情けない。

 今日、『この思い』を治夢に絶対伝えるんだ。

 そう決めたじゃないか。

「あ。来たよ。大矢舵くん」

 ドクンと心臓が高鳴るのを感じた。

 治夢の来訪で、彼に気付かれないようにみっちょんがフェードアウトする。

「なんだよ? こんなとこに呼び出して」

 ぶっきらぼうに治夢は言い、大きなあくびをした。

 あくびて。

 なんでこんなやつを好きになったんだろう。

 惚れたほうが負けとはよく言うが、本当にその通りだと思う。

 こんな男でも好きなのだ。

 むかし海に遊びに行ったとき、綺麗な貝殻をプレゼントしてくれた彼が好き。

 失くしたクマのキーホルダーを、遅くまで一緒に探してくれた彼が好き。

 間違えて塩を大量に入れたクッキーを、美味しいといって食べてくれた彼が好き。

 男みたいな女ってからかわれたわたしを、庇ってくれた彼が好き。

 嫌だったクセッ毛を縛ったとき、「似合うじゃん」って言ってくれた彼が好き。

 好きだ。

 大好きなのだ。

 この期におよんで、逃げたくなるのは心の弱さだ。

 自分が情けない。
 
 今日、『この思い』を絶対に伝えるって。

 そう決めたじゃないか。

 わたしは握りしめていた恋文を、治夢に差し出た。


「これ……。みっちょんから」


 結久保由美もまた、彼に恋をしていた。

 男嫌いなあの子が唯一好きになったのが治夢だった。

 わたしは、彼女にこの恋文を渡すように頼まれた。

 わたしの気持ちなど、知る由もない彼女に頼まれた。

 わたしは、それを拒むことなどできなかった。

「みっちょんって。結久保から……?うわ、すげえ嬉しい、かも」

 彼の気持ちを知っていたから。

 彼の気持ちがわたしではなく、結久保由美の方に向いてることを知っていたから。

 治夢は口を手で覆い、ほんのりとした赤面を見せる。

 その手紙には、みっちょんの真っ直ぐな気持ちが想いが綴られていた。

 わたしがずっと伝えられずにいた思いが綴られていた。

「どうする?わたしから、返事言っておこうか?」

「いや、いい。……自分で直接、言うよ」

 それもわたしには出来なかったことだった。

 大矢舵治夢は――――わたしの初恋は嬉しそうに言う。

 うん。いいんだ。

 これで。

 ほんの些細でも構わない。好きな人の幸せに加担できた。

 それがわたしは、嬉しくてたまらない。

「ありがとなっ! 実祈!」

 

 ……うるせー、バーカ。

 憎まれ口すら、声がかすれて出てこない。


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