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今年も栗を買ってしまった話。

先々月、採用試験を受けに行った会社が入っていたビルの1階に、手頃なスーパーがあった。

八百屋をちょっと大きくしたようなスペースだけれど、生鮮食品だけでなく、加工商品や手作りのお惣菜まで、ひと通り揃っている。

私の家は、いわゆる「高級住宅地」に位置している為、けっこう物価が高めなのだが、そのスーパーは、なかなか良い品揃え(例えばリンツのチョコレートが置いてあるとか)なのに、家の近くのスーパーよりも安かった。

面接前の微妙な空き時間でひと通り店内を散策した後、一旦面接を受け、スーパーに戻り、今度はじっくり物色する。

いつもは「結構高いけど好きだから買っちゃうんだよな〜」と思いながら籠に入れていた果物(蜜柑とかイチジク)を、「え、東京でもこんな値段で売ってるところあるの!?」と思いながら、嬉々として籠に入れる。

他に幾つかの野菜やキノコ類も。

これ以上は重たくなるし、そろそろ会計しようかなと思ったところで、店頭に並んである品に目を向ける。  

実は、お店に入る時に最初に目にしたのがコイツだった。

「茨城県産・栗」。

栗を初めて自分で調理したのは、2020年の秋。
確か、その時月2でとっていたお野菜宅配に入っていたと思う。
その頃はまだ、一人暮らしを始めて半年程度で、料理にもまだ、新鮮な好奇心が宿っていた。栗の調理は大変だとは聞いていたものの、「一度やってみたい!」という気持ちが勝った。

深夜の台所。一口コンロ。緑のまな板。よく切れる包丁を手に、栗の皮と格闘する私。

やってみたいと思いつつ、手がつけられていなかった栗にやっと手を伸ばした。
明日は、友人と公園に行く予定。
「その時にお弁当として、栗ご飯を持って行ったらいいじゃないか!」
そう思いつき、明日の朝にご飯が炊けるように、米を研ぎ、栗は茹でて皮を剥いた。

なかなか剥けない栗。痛くなる爪。閉じてくる瞼。

それでも、明日のお出かけが楽しみで、栗ご飯がどんな風に炊けるか楽しみで、友達がどんな反応を示してくれるかも楽しみだった。

塩と酒のみでシンプルに炊いた栗ご飯。
ほんのり甘い。

まさかお弁当を持って来ていると思っていなかった友人が、美味しそうに食べてくれた。
大満足。

その時の成功体験?に味をしめて、翌年も栗を買った。

熊本県産、30%OFF。

値引きされているということは、鮮度もいくらか落ちているはずなので、急いで茹でて冷凍した。

時折少しずつ解凍しては皮を剥き、せっせと栗ご飯を炊く。

残った栗ご飯で、クリームリゾットも作った。
食べたのは私だけだけど、美味しかった。
オシャレだし。大満足。

その翌年の2022年、栗の事は、僅かに頭の片隅にあった。
2年連続やり続けたと言う理由から、変なプライドが出来てしまい、「今年もやらなきゃ」とは思っていたものの、激務続きで、栗の調理どころか料理自体疎かになってしまった。この年は、スーパーで栗を見かけても、素通りで通した。残念。

そして、無職で迎えた今年。

時間はたっぷりあるものの、栗は結構高い。

近所の行きつけの自然食品店で売られている栗は高くて手が出ず、「今年ももういいか〜」と諦めそうになっていた頃。

思わぬ場所で出会ってしまった。

茨城県産・栗。

近所のスーパーより、ずっと安い。

蜜柑が売られている時によく見かける赤いネットに入っている。

今年はやろう。

働く事から逃げても、栗の皮剥きとはきちんと向き合おう。

そう決めて、栗を購入した。

とりあえず腐らせないよう、40分ほど茹でて冷凍する。

時間はたっぷりあるので、長時間茹でるなんて事は、何でもない。

ただ、なかなか栗を食べたい気分が訪れず、半月ほど経った頃に、思い出したように半分だけ解凍した。

昼食を摂り終わった午後、まな板をテーブルに移動させ、座りながら剥き始める。

座りながらやれば幾分か楽かと思ったけど、意外に力が入りづらい。
親指の爪に、深く栗の皮が入り込んでしまい、痛い。

いくつかの綺麗な形に剥けた栗と、他のボソボソとした栗を炊飯器に放り込んで、炊飯スタート。味付けはいつも通り、酒と塩のみ。
栗の自然な甘さを味わうには、余計なものは入れないのがいい。

炊き上がった、1年ぶりの栗ご飯。

栗たっぷりだし、美味しそう。

が、あまり美味しくない。

思ったほど、美味しくないと言うべきか。

期待したような甘さがそこにはない。

栗自体が外れだったのか、冷凍の仕方が良くなかったのか、皮の剥き方が良くなかったのか。

私が何とか向き合おうとした栗は、私に振り向いてくれなかった。
残念。

友達に作ってあげた、初めての栗ご飯が恋しい。私は、あの栗が食べたかったのだ。

今年も残った分はクリームリゾットにしようかな〜、とウキウキしていた食べる前の自分は、もういない。   

明日の昼食に、機械的にクリームリゾットを作るだけだ。親指の痛みを噛み締めながら。

採用試験はその後、役員面接まで進み、不採用となった。

栗はあと半量、冷凍庫の中に今もまだ眠っている。

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