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2021年7月のメッセージ

7月は波乱万丈の月となります。
6月の流れを受け、沈殿物の取り除き作業が引き続き続きます。
6月のメッセージでお伝えしましたが、泥水を放置しておくと、透明な水部分と沈殿した泥部分とに分かれます。

これを意識の段階と見た時、その人のいるところで起こる出来事が違います。泥の部分を意識の重い部分と見れば、その分量の多い人ほど浄化作業が大変ということです。
もうすでに透明な水のような意識の人はとくに問題ありません。

それを前提とした話です。
泥と水部分に二等分されるというより、グラデーションがあると思ってください。

自分の状態を見つめ直す良い時期です。

雨の日も曇りの日も、私たちの頭上では太陽が輝いています。
あなたのコアにはその太陽があると思ってください。
内なる太陽です。

気持ちがくぐもっていても、内なる太陽はいつも輝いていることを知っていれば、常にそこに戻れます。それはあなたの気持ちとは関係なくありますから。

灯台の光に例えるのもいいでしょう。
暗くても悪天候でも灯台の光はそこにあります。天候によっては見えなくなる時もありますが、消えるわけではありません。一時的に見えなくなっているだけです。

天上の太陽も見えなくてもなくなりはしません。地上部は雲の下なので、雨は降るし、曇りにもなります。

先ほどの泥水の話に戻れば、泥の部分は雲の下と言えます。
上澄みの透明な水は常にそこにあるのです。なくなるわけではありません。

ビンの中の泥水をぐちゃぐちゃとかき混ぜるなら、一時、泥と水はごっちゃになります。水全体が濁り、見通しは悪くなります。混沌とした状態です。

しかしこの濁った泥水の中に透明な水も含まれています。
時が経てばまた二分されます。

もしあなたが泥部分にいるなーと感じたとしても、位置が違うだけで、透明な水部分もあなたとつながっています。

常にあるのです。
常に太陽が天上にあるように。

それを知っている人は、時として濁った泥水になったとしても、そのうちまた透明な水が現れることを信じて行動できます。明るい未来をちゃんと見ています。

自分の中の透明な光を信じて、そこに向かって進んでいれば、嵐が来ようと、泥沼にはまろうと、いずれ浄化されて純粋な領域に到達します。

そのお試しが来ていると思いましょう。

泥水をかき混ぜていったんごちゃごちゃにし、その後、泥は下にたまります。そのプロセスの中、泥の下にとどまるのかは自分で決めていくことができます。

でも同じ泥水なのです。

透明な水を純粋な自分の心、精神としてみると、不純物に惑わされない純粋で中庸な心を保つ訓練が来ていると思うと良いです。透明感を保つよう、そこに意識を向けましょう。

ではエキサイティングな7月をお過ごしください。

「和音」2021.7.1


追記:

今月はいろいろあるのかな? それも人によりけりかな?

ここで強調されているのは、何かが起こるということではなく、「あなたの中の純粋性をちゃんと保っていれば、濁っても、いずれ澄みますよ」ということです。

内なる太陽」はあなたの気持ちとは関係なく、いつもあなたの中で輝いています。あなたがどんな人物でも、何をしていても、今どうであろうと、内なる太陽は輝いています。

「いやいや、そんなものは私の中にはないよ。暗い闇が広がっている、、、」とあなたが思ったとしても、その向こうではやはり輝いています。あなたがどうこうできる範疇を超えています。あなたが惑星の太陽を消すことができないように、あなたの内なる太陽もそこにあり続けます。

消えるとしたら、あなたの意識がそう念じて、そう感じるからです。
闇を感じても、見えてないだけか、その向こうでは光を発しています。

消えることはないのです。

地上が雨でも曇りでも、空の上には太陽が輝いていて、泥水になって濁っていても、その中には透明な水が含まれています。

要するに、外の事象に振り回されなければ大丈夫ですよ、ということなのでしょう。

それがわかっている人にとっては、起こる出来事は通り過ぎる嵐のようなものなので、心ブレずに過ごせます。

嵐だから、大丈夫かもしれないし、家が吹き飛ぶかもしれません。
起こる出来事は止められないとしても、そこで自分がどうあるか?は自分次第です。

ブレない自分を保てたとしたら、その後は、透明な水のようにクリアーになっていくのでしょう。自分の心が澄んだ領域にあるのなら、外の事象にあまり振り回されないですみます。
その状態を保てるようにしたいですね。まずはその状態になることが先決です!

では、楽しい7月となりますように!

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