黒木郁

だいたいエッセイ、たまに日記。3歳息子+0歳娘。noteは宝もの入れみたいな存在にして…

黒木郁

だいたいエッセイ、たまに日記。3歳息子+0歳娘。noteは宝もの入れみたいな存在にしておきたい。 「#この春やりたいこと」資生堂 Hand in Hand Project賞、「#あの失敗があったから」グランプリ、「#メルカリで見つけたもの」メルカリ賞。

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ピンクのドレスが、私に教えてくれたこと

その昔、私はまぎれもなく、クラスで一番ダサい女の子だった。 物心ついた頃から、服を買いに行くのが苦手だった。 うちの母は、1000円で買ったクマのワッペンがついた毛玉だらけのトレーナーを何年も着潰しているような人で、その母と一緒に買い物に行っても、可愛い!似合う!なんて会話は皆無。ふたりして黙々と、端から値札をひっくり返しては見ているばかりだった。 「高い」と顔をしかめられるのがいやで、本当に欲しい服は選べず、もっぱら、パーティハウス(地方のしまむら的なお店)の山のように

    • 温かくて、びしょびしょに濡れている

      今年のゴールデンウィーク明け、一番鳴って欲しくなかったLINEグループの通知がきた。 それはもうすぐ4歳になる息子が、生後半年の頃に支援センターで出会ったママ友ふたりとのグループ。 私たち3人にとって、それぞれが第一子の男の子だった。 月齢も近く、どちらも気さくで明るく話し上手なママで、支援センターに行くたびに、2人がいると嬉しかった。 出産という未知で衝撃的な経験の感想を話し合い、 育児の悩み、可愛さ、たわいないことを分かち合い、 お互いの赤ちゃんの、日々のちいさな成

      • 【最終回】けたたましい心音 #10

        「久しぶりだねー」と言って目を細めたさん陽さんの感じを懐かしいと思い、でも記憶の中よりもすこし老けて、疲れているように見えた陽さんに、会わなかったあいだにも時間が存在していたのを感じた。  炉だんを辞めてから、ちょうど一年が経っていた。  梅雨のさなかに初めての内定をもらった。それは人材派遣会社の営業職だった。それからも少し悩みながら就活を続けていたとき、面接で炉だんの近くに行く機会があり、軽い気持ちで顔を出した。 「きゅうりのナムルと、鬼おろしの唐揚げをハーフで、あと梅

        • けたたましい心音 #9

           年明け早々、母親からの着信が止まらなくなった。一日に二度、三度と連絡が来て、何か用事があるのだと分かった。  恐る恐る電話に出ると、重々しい声で母親が言った。 「香子、アルバイトしすぎなんじゃない? 大学は行ってるの?」  ついに時が来たのだとわかった。  炉だんでのアルバイトが多かったことで、扶養から抜け、父親への税金が増えたことで何かおかしいと親が気づいたらしかった。 「香子、大学は辞めてないよね? 就活はしてるの?」 「……大学は辞めてない。就活はしてない」 「え

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          けたたましい心音 #8

           ノックというには控えめすぎる小さな音を、夢のなかで聴いた気がする。 「カコちゃん、いいかな?」  声がして一瞬ののち、私はやっと飛び起きた。目の前にあったはずのお膳はなくなっていて、代わりにブランケットが掛けられていた。 「……はい」  呟くように返事をすると、そっと襖が開けられて、友香さんが心配そうな顔でこちらを見ていた。 「寝れた? 大変だったね」 「あ、はい……めちゃくちゃ寝ました。……って、もう営業始まってます…?」 「あ、えっとね、もうすぐ終わるところかな」

          けたたましい心音 #8

          けたたましい心音 #7

           目が覚めたのは、正午を回った頃だった。  布団に入ったまま携帯を見る。誰からも何の連絡も入っておらず、時間がうまく進みださない。ニュースサイトの見出しだけを眺める。どれもどうでもいいことだった。  昨日の寝しなに見ていた質問サイトが目に入った。 「大学生 お金がない」  検索窓に打ち込むと、たくさんの質問が表示された。  毎月いつの間にかお金が無くなっているという女子学生(同じ気持ちだ)。学費を使い込んで親に言いたくないという男子学生(顛末が気になるが書いていない)。いろ

          けたたましい心音 #7

          けたたましい心音 #6

           十一月に入った頃から、炉だんのお客さんが少ない日が続いている。  寒さが本格的になってきたうえに長雨が続き、駅へ向かう人たちが足早に路地を通り過ぎていく。  炉だんは外から様子が窺えるせいか、お客さんが多い日は人が人を呼ぶように混み合い、誰も来てくれないときは本当にさっぱり来てくれない。  そういう日は、まるで街中から無視されているような、ここだけが世界から外れてしまったような、しんしんとした寂しさにお店が丸ごと包まれる。  お客さんがいないのに、金曜日の今日は、私も友

          けたたましい心音 #6

          けたたましい心音 #5

           十月。久しぶりに会おうよ、という連絡をもらって青井さんと食事に行った。  水曜日だった。渋谷の駅からすこし離れた書店で待ち合わせた仕事終わりの青井さんは、濃いグレーのスーツに白いシャツを着ていて、そのシンプルな恰好にもかかわらず、なぜだかすごく野暮ったくみえた。  青井さんはいつもそうだ。それは締まらない体つきのせいなのかもしれないし、服のサイズが微妙に合っていなかったり、それぞれの服が少しずつくたびれているせいかもしれない。  いずれにせよその冴えない風体のおかげで、私

          けたたましい心音 #5

          けたたましい心音 #4

           みんなで野球を見に行こうと陽さんが言ったとき、私は陽さんと穂高さんと友香さんと、都合がつくならゆりえさんを入れた五人で行くのだと思っていた。  だから後楽園の改札を出て、穂高さんのそばにくっついている女の子を見たとき、はじめは迷子かと思った。 「おと、お姉さんにあいさつしてみな」  初めて聞くような優しい声で、穂高さんは女の子に声をかけた。  穂高さんの腰くらいしかない女の子は、私のほうをじっと見て、不満げな顔のまま微動だにしない。 「おーと、さっき話したお姉さんだよ

          けたたましい心音 #4

          けたたましい心音 #3

           まず、両手をアルコールで消毒する。  業者でクリーニングされてきたタオル地のおしぼりを個包装からだして、きつめに巻き直す。  ラックに一段分詰めると薄めた柔軟剤を霧吹きでかけ、その上にまたおしぼりを敷きつめていく。もう一度柔軟剤。  ふわっといい匂いがするおしぼりは、炉だんのおもてなしのひとつだ。ラック全体を乾かないようにラップで包み、そのまま冷温庫にセットする。  私は単純作業が好きだ。集中できるし、どんなに些細なことでも、できるということはそれだけで嬉しい。 「カコ

          けたたましい心音 #3

          けたたましい心音 #2

              *  玄間のチャイムが鳴ったとき、私はその日四度目のシャワーを浴びていた。  一瞬猫のように身がまえ、次に、昨日アマゾンで注文した半ダースのウーロン茶を思い出す。  チャイムがもう一度鳴らされて、がらんとした部屋に異質であかるい音が響いた。  私は責めたてられるまま、シャワーを止めようと手を伸ばす。焼かれるように暑い九月十日の午後だった。  浴室には東向きの小窓から光があふれ、やさしくて安全で居心地がよかった。  ――いいや。  私はそれまでの動作を再開させる

          けたたましい心音 #2

          けたたましい心音 #1

             校門から勢いよく転がりだす小学生の集団のなかを、ひとりで下校するのはとても心細いことだった。  明るくて楽しげで騒がしい声に「一緒に帰る友達もいない不人気者」だと苛まれながら、制帽の伸びきったゴムを噛みしめ、地面ばかりを睨んで歩く。  ありふれた、だけど毎日繰り返されるその苦行は、気づかぬうちに蓄積していた小石のように、彼女の心の奥底にころりごろりと溜まっていた。  校門からちょうど電柱十本分を歩いたところで右に折れると、まわりを歩く生徒の数が半分に減った。  さ

          けたたましい心音 #1

          3月、青い壺と銀だらの西京焼き

          3月、有吉佐和子の「青い壺」を読んだ。 同じ和歌山にゆかりがあると知っているのに、今まで一冊もこの作者のものを読んだことがなかった。面白かった。 近頃「本屋大賞」の本を読むと、ストーリーやキャラクターで読者を楽しませようとするものが多い。 「青い壺」はそういうものとは毛色が違う。 ある陶芸家が焼き上げた最高傑作の「青い壺」。その周辺を生きる人々を描く連作短編だ。 かなり多くの人物が登場するけれど、どの短編に出てくる登場人物も生々しい。 小説の舞台は戦争前後の日本なのだけ

          3月、青い壺と銀だらの西京焼き

          娘のロンパースをメルカリで売った

          4月に入って急に断捨離熱が高まり、これまで手付かずだった、サイズアウトした子ども服や子供用品を片っ端から売りまくった。 ほとんど使わなかったプラスチックの哺乳瓶を売り、サイズアウトした息子の靴を売り、服を売った。 息子がこれ無しには寝られなかったスワドルアップを、ためしにオキシクリーンでつけてみると綺麗になったのでこれもまた売った。 毛玉もあるものだったけれど、存外すぐに売れた。 勢いが出てくるとハイになり、部屋中を見回して、ほかにも売れるものがないかと探した。 一読

          娘のロンパースをメルカリで売った

          平野啓一郎『本心』、読み終わりたくない小説がある幸せ

          今週はずっと、平野啓一郎「本心」を読んでいた。 端的に言ってめちゃくちゃおすすめ。超いい。 ねえ誰か、わかりあえる人がいるだろうか。 死ぬほどいいからみんな読んでほしい。 と思ったけど、この小説を好きじゃないと言われると関係に亀裂を生じさせそうな勢いなので、すでに読んで好きだった人と語り合いたい。そんな小説。 ストーリーは上記サイトに譲りたい。 素晴らしいサイトだし、なんと3章までは無料で読める。 (そして私は本の要約がめちゃくちゃ苦手だ。) 平野啓一郎の文章は読

          平野啓一郎『本心』、読み終わりたくない小説がある幸せ

          1月、生ホッケの冷蔵庫干しを教わる

          長年家活をしてきたけれど、今月ついに土地の引き渡しを終え、地鎮祭が控えている。 米塩酒、野菜や果物など、地鎮祭では神様に備える為に必要な物がいくつかある。 せっかく神様にお供えするのだからいいものをと、まずは昆布とするめいかを買いに、地域で一番大きな魚屋に行った。 目当てのふたつを早々に見つけ、せっかくだからと、子どもらを連れて広い鮮魚コーナーをじっくりと歩いた。 対面販売コーナーではたっぷりの砂利氷の上に、所狭しと大きな鯛、いさき、ヒラメ、長い長い太刀魚が一本まるま

          1月、生ホッケの冷蔵庫干しを教わる