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138 ずっと歯医者に通ってる

歯なしの話

 先にオチを言うようだが、今回は歯なしの話である。
 たとえば、94歳になる父親はいまも20本以上の歯が残っている。なんでも食べられる。「おいしくない」と文句は言うけれど。89歳の母は総入れ歯である。
 そして私は、母側の血のせいだろうか、50代でかなり歯を失っている。いわゆる歯周病で、書籍を1冊つくるたびに歯が1本抜ける(親知らず含む)ようなありさまだった。
 あの頃、当時の三倍ぐらい歯に気を配っていれば少しはマシだったはずだが、もう遅いのである。歯医者によると、「恐らくストレスで歯周病が進行した」とのこと。それだけストレスフルな仕事をしていたんだ。でも、それは、「おれ、ゆうべ、寝てないんだ」みたいな話と同じく、捻れた自慢話にもなるので、いいことはなにひとつない。
 だいたい歯ぐきがよく腫れる。そして歯がぐらつく。最後にあっさり抜歯なのだが、たいがい歯の根元は丸くなっていてかなり前にダメになってしまっているのである。
 決定打は、歯の治療をしている最中に、転倒して前歯を強打してしまったことだろう。このとき、1本、その場で抜けてしまった。治療していた歯である。ほかは健康だった歯も大きく毀損してしまった。たぶん、このときにいっぺんに4本ぐらいダメになっている。
 飛行機で移動し、自分の内耳に問題があることはこの時、自覚していなかった。気圧の変化によって平衡感覚が普通ではなく、なおかつ両手に荷物を持っていて、つんのめって顔から地面に激突してしまったのだ。
「死んだかも」と思った。
 痛みは一瞬であとは大量の血に困惑したのを覚えている。同行者が慌てて救急車を呼んでくれたのだが、しばらく待つ間にもぞっとするほど出血してしまい、「こんなので死ぬのか」ともう一度、思った。
 救急車が来て中へ連れ込まれ(歩くことができた)、患部をチェック。「いま、病院へ行きますね」と言われて、信号を渡って左折したら、そこが病院だった。なんと、病院の真裏で救急車を呼んだわけだ。
 医者は親切で、しかも気の毒がってくれた。
「この街は何度目ですか?」
「はじめてなんです」
「あー、残念ですね」
 変な記憶と結びついちゃいましたね。本来、夜に美味しいものでも食べて、いい思い出にするべきでしたけれど。なにも食えん。

その後も治療は続く

 インプラントは残念ながら厳しかった。まず予算。高すぎる。次に骨の問題。
「かなり骨が厳しい状態なので、骨をつくる手術から始めると……」
 改造人間ぐらいの費用と時間がかかりそうだった。
 もう少しお手軽な方法を選ぶ。ブリッジと部分入歯でなんとかする。
 幸い、見栄えもそれほど悪くなく、食事も特別固いものでなければ普通に食べることができた。
 そんないい状態も長続きはしない。しばらくは、いわゆるメンテナンス的な健診だけで歯医者に通っていたのだが、ある時から歯ぐきの中に膿が溜まる現象がはじまった。
 歯周病というやつは、歯がなくてもさらに進行するらしい。
 腫れて痛い。いい歯までぐらつきそう。
 こうして治療が再びはじまる。
 せっかく絶妙なバランスの上に成り立っていた歯が崩れていく。本来、ブリッジなどをすべて取り払って治療したいらしいのだが、そうなるとご飯が食べられないのでムリである。
 そのため、歯の横から穴を開けて、奥へ何かを突っ込んで治療する。
 詳しいことはよくわからないのだが(説明は受けているけれど)、冷蔵庫の後ろに落ちたなにかを棒で取るみたいな作業ではないだろうか。

次回で終わりにしましょうね

 ある時から「強い超音波を使ってやってみたい」と言われて、それをはじめた。痛みはほとんどない。左手で金属の棒を握って、穴から差し込んだ細い棒がスパークする(と勝手に想像する)。それを半年ほどやってきたのだが、今日、「次回で終わりにしましょう」と言われた。
「正直、完治できていないけれど、これ以上はムリなので最終的な薬を入れて固めます。当面、それで症状は抑えられると期待できます」
 あくまで「期待」である。
「歯ぐきを切開して、骨に近いところにある患部をごっそり削り落とす方法もあります。ま、手術ですね」
「手術!」
 そういえば、事故ったときには、歯ぐきをめくって、痛んだ歯根の治療もしたっけ。あれも手術といえば手術だ。
「手術そのものは保険でできますが、もし影響を受けて弱っている骨の部分があったら、そこに増強する物質を補填したい。それは保険の適用外です」
 数万かかるとのこと。
「でも、すぐにやらなくてはいけないとは言えませんので、考えておいてください。それよりも、以前ブリッジで対応したところが、ぐらついてきているので、そこはもう接着剤でがっちりと固めてしまうしかないと思うんですよ。どうします?」
 どうしますったって、ほかに手がないなら、しょうがないよね。あるとしても、びっくりするぐらい高額な費用になるんでしょうし。
 ふと、芸能人のように人前に出てニカッと笑う職業の人たちは、どれほど歯にカネをかけているのだろうと想像してしまう。こっちは、見栄えよりは、機能、ちゃんと噛めればいい。
 とはいえ、この数年、やっぱりあまり固いものは食べられない。とてもリンゴの丸かじりなどできないのである。
 もっとも、食べるのに苦労しているようには見えず、むしろぜんぜん痩せないのであるけれど。

色鉛筆で。お気に入りの毛布で寝ている花ちゃん。


 
 
 

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