粒子仕掛けのネリネ

 「グリップをしっかりと保持。照門と照星が一直線になるように。両目は開く。利き目で見て。射撃用意。撃てFire

銃弾は彗星のように尾を引きながら人型標的マンターゲットの右側頭部を5センチほど逸れていく。続け様に二発三発と流星が飛び立ち、スライドストップがかかる頃には壁面は星座のようなフォトン弾痕で彩られていた。

「15発中命中ゼロ。お見事」
「当たるかこんなもん!!!」
放り投げられるレンタルの拳銃を黒髪の少女がキャッチする。手早くマガジンを装填するとすかさず射撃。
「若干右寄りですが概ね良好です。整備の問題ではありません」
言い終えるのが早いか、最後の薬莢が跳ね飛ばされスライドが止まる。15発中全弾命中。ヒットマーカーは標的の頭部3センチ円内に収まっている。

「ナギ姉だからできんのよ。私は専門外」
「テミス、今どき中学生だってこのくらい当てられます。義務教育は修了していますか?」
呆れた仕草で問うナギ。20メートル圏内の拳銃射撃は義務教育課程に含まれているので当然であるが、しかしナギの技量はそう真似できるものではない。
「私はこれがあるからいいもの」

桜髪の少女はホルスターから銃を抜き放つとトリガーを引いたまま、その場で舞うように回りだす。銃口が標的を捉えるたびにフォトンの火を吹き、着弾点こそ広く散らばっているが全ての弾が標的に命中している。

「オートファイアリングシステムと連携させた、まさしく自動拳銃スマートピストル!敵を識別して勝手に撃つから誤射の危険もないし、我ながら最高の出来」
白い拳銃のアンダーレイルには大型のレンズと装置が取り付けられアンバランスだ。スライド側面には弓矢をモチーフにしたレーザー彫刻エングレイブが施され、テミスのスマートグラスには赤くハイライトされた標的がデジタル描画されている。


 ブンキョウ区の都営射撃訓練場シューティングレンジ。22区の中でも特にブンキョウ区は昔から教育機関が多いため、公営の訓練施設も多く設立されている。自校に設備がない学生や一般向けの練習・レジャーとしての役割もあり、警備職PMSCsや私兵向けの高等戦術教育に特化した大学附属の総合施設も存在している。

「悪くないとは思いますが、それを壊した場合は?」
「あり得ないので考えてませーん。論理セーフティを切れば普通に撃てるし、当たらなくてもビビって引いてくれればどうにかなる。そもそも私がそんなミスすると思ってんの?」
「思う」
「んだとぉ!?」

テミスの反論はしかし、端末の通知音とポップアップによって遮られた。仕事の依頼だ。戦後の法改正により著しい大量虐殺genocideを伴うような内容でない限り、下請け業者の責任は問われない。現行犯で捕まった場合は除くが……
「依頼人不明。報酬は前払いで5割。却下」
拒否にサインしようとするナギの手をテミスが止める。
「なんでよ!匿名でも羽振りいいじゃん!アダチのデカい企業の特命かも!」
「アダチ絡みなら尚更受けない方がいい。下手に介入すると余計な"ツケ"が回ってくる」

アダチ・ディストリクトは独立戦争後、光粒子フォトン技術の供出によって莫大な利益を得た。そ来歴不明のブラックボックス化された技術ではあるが、現代において普及しているほとんどのテクノロジーはアダチによってもたらされたものだ。しかし急激なパラダイムシフトは社会の在り方を一変させ、高度文明と暴力、混沌が共存する新たな秩序が生まれている。

「この前吹っ飛んだバンの修理費!フォトンインジェクターの費用!生活費に開発費!かわいい服!仕事に貴賎なし!私はやるわよ」
そんな歴史は彼女には微塵も関係なく、その上金銭の話となればテミスには勝てない。彼女は既に会計を済ませ外へ歩いていっている。ナギも仕方なく銃を精算機に返却し、射撃訓練場を後にした。






 午前1時、ミナミセンジュ、倉庫E地区。医薬品、兵器、食料品……無数のコンテナ群が積まれた中を無人フォークリフトボット群が静かに作業をしている。低く垂れ込めた暗雲の下、動力ポッドから供給された光粒子フォトンの輝きがパレードのように煌びやかだ。

入口の警備室では唯一、人間の守衛が安酒に合成エイヒレをつまみながら真剣に携帯端末を見つめている。アダチ・グラディエータの闘技中継のようだ。電子チケットとホロディスプレイを交互にたしかめながら、ボウリングのピンの如く薙ぎ倒される参加者を眺めるのに余念がない。当然監視モニターに一瞬走ったノイズに気付くことはなく、警報センサーの稼働を示すランプが消えたことにも気付くことはなかった。

「本当にここで合ってんの?ミナミセンジュなんてほぼアダチだし、ここだって管理区域でしょ?」
「合っています。日付、時間共に合致。それより警備システムの掌握は」
「完璧。映像はループさせてるし、サーマルスキャンは無力化済み」
高楼のように積まれたコンテナの上から下界を見下ろすふたりの少女。監視ドローンがすぐ横を飛び去るが、彼女らを見咎める様子はない。風に乗って人喰いカラスの鳴き声が響いてくる。

「目標は貨物接収。詳細は不明」
「情報なさすぎ。ヒントとかないわけ?」
「コンテナから特定周波数のフォトン波が発振されているそうです。発見は容易とのこと」
「"容易"ねぇ……まあいいわ」
テミスが空中に手をかざすと桜色の粒子がブレスレットから滲み出した。綾取りをするように手を組み踊らせると複雑な立体図がフォトンで描かれ、無数の小さな蝶の形となって散っていった。直後、感知情報がテミスに届く。

「それっぽいのは一つ見つけた。小型の医療機器コンテナみたい。共有する」
スマートグラスの側面に触れると、テミスのフォトン探知情報がナギに共有される。50メートルと離れていない場所だ。AR上に桜色でハイライトされて見える。2人はコンテナから飛び降り、フォークリフトの合間を縫って接近していくが、都合の良いことに見張りはいないようだった。

「こんなに簡単でいいわけ?余裕じゃない」
「経験則からいくと大抵"目標物そのもの"が罠であることが多いです」
「ナギ姉はビビりすぎなの!最近そういうゲームでもやった?」
躊躇うことなくコンテナ扉を開け放つと、そこにはカプセルに収容された人型のものが直立姿勢で収められていた。シルエットは人間に近いが、頭部は三角形がふたつ——猫耳のような造形が見られ、人間の耳はない。ケープコートのような服を纏っており、両腕に腕甲、手の甲には無色の宝石で足も同様だ。テミスの接近を感知してか、フォトン混じりの圧縮空気が排出されていく。

「試作品のオートマタってとこかしら?愛玩用としてはゴツいし、あんまり重いと運ぶの面倒なんだけど……」
やがてカプセルが開き切り、猫耳の自動人形オートマタの目がゆっくりと開いていく。2人が見守る中、鮮やかなライムグリーンの瞳が灯り、宝石がスパークする。やがて双眸が彼女らをスキャンするように見つめると、柔らかな人工皮膚の唇が動き出した。

「ハジメマシテ!コノ度ハDExデクスシリーズヲ運用シテイタダキ、アリガトウゴザイマス!初期設定ヲ開始……」
オートマタは目を光らせながら自己診断を開始した。呟く言葉が徐々に片言から滑らかな発声になり、各駆動部や宝石が輝き始める。
「なんだ、普通に起動するじゃない。これなら楽勝で——」
「駄目、下がって!」

歩み寄ろうとするテミスの肩を無理やり掴み、コンテナから大きく距離を取る。ライムグリーンの粒子がオートマタを包む。測るまでもなく高エネルギー状態だ。
「ユーザー認証に失敗しました。デフォルト設定を適用し、機動試験を行います」
燐光する粒子がオートマタの手から放たれる。稲妻のように迸るそれがコンテナの床に触れると瞬時に加熱。合金が溶け、化合物が気化する匂い。
「依頼要項が改訂された。これは——」


「標的が設定されました。DEx-Machinaはこれより戦闘行動を行います。対象2。殲滅します」




ジェノサイダル・シスターズ
粒子仕掛けのネリネ #1

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