脚本:孔雀が見える
●登場人物
北川 悠真(きたがわ ゆうま)25歳
伊藤 信之(いとう のぶゆき)28歳
■伊藤のアパート・室内(夜)
スマホカメラの視点。
興奮し、怯える伊藤が、自撮りで映っている。
伊藤「い、いた。また来てる、あれ! 今、証明するから。あれが本当にいるって、俺、嘘ついてないって教える――ほら!」
開いた窓の外を映す伊藤。
静かで真っ暗な駐車場。
伊藤「(再び自分を映し)え? た、確かにさっきまでそこにいたんだ!」
焦る伊藤がもう一度窓を映すと。
数メートル先に突然、孔雀が立っている。
伊藤「!」
瞬時に羽根を広げる孔雀――暗い視界が、月明かりを反射した極彩色に染まる。
伊藤「うわああああ!!」
慌ててスマホを落とす伊藤、乱れる視点。
■ファミレス内(数日後)
ハンディカメラの視点。
ドリンクバーのコーヒーを飲んでいる、伊藤が映っている。
撮影しているのは、映像クリエイターの北川悠真。
他の席では小学校高学年ぐらいの少年が、ひとりでオムライスを食べている。
北川「それでは伊藤さん、よろしくお願いします」
伊藤「はい、これもう撮ってるんですよね」
北川「あ、はい。撮影してます。それでさっそくなんだけど、孔雀の話」
伊藤「ええ。北川さんも見てくれたんですよね、俺があげた動画」
北川「見ました。毎晩姿を現す、孔雀の話――本当だったんですね」
伊藤「まさか撮影できるとは思ってなかったですけど……」
タブレット端末を取り出し、操作する伊藤。
伊藤「これが毎日ですよ。こんな都会に孔雀がいるってだけで変なのに」
差し出される端末画面には、撮影された孔雀の姿。
北川「東京のど真ん中ですからね……」
伊藤「噂は結構増えてきたみたいですけど。似たような話がいっぱい見たし……でもみんな、毎回同じみたいなんですよ」
北川「ええと……夜に窓の外を見ると、いきなり孔雀がこっちを見ている……だけ」
伊藤「そう、だけ。こっちを見てたかと思ったら、羽根を見せてくる、だけ」
北川「危害を加えられるわけでは、ない……」
伊藤「ちょっと目を離したらいなくなるんですよ。マジであれ、何がしたいのかわかんなくて」
北川「意味不明ですね……こっちから向かっていったらどうなるんですかね? そもそも敵意があるかもわからないですが」
伊藤「わかんないですね、どうなんだろ。確か孔雀の派手な羽根って、あれで雌にアピールしてるんでしょ?」
北川「ですね。羽根が綺麗なのも雄だけらしいし……伊藤さん、孔雀に惚れられることでもしたんじゃないですか」
苦笑する伊藤。
北川「まあ冗談はさておき……この映像が偽物だとは思ってませんが、こちらのカメラでも抑えておきたいです」
伊藤「え?」
北川「さっそく、今夜。伊藤さんの部屋に泊めていただけませんか」
■コンビニ(夕)
弁当を吟味する伊藤、撮影し続ける北川。
北川「いきなりすみません、早いほうがいいと思いまして」
伊藤「いや、いいっすよ。俺もあれが何なのか早く知りたいですし……にしても北川さん、アクティブですね」
北川「一応ネタ探しは全力なんで」
伊藤「にしても動画あげてから1時間も経ってなかったですよ、DM来るまで。映像クリエイターってすげーなあ」
北川「(苦笑)まだまだ有名作品もないぺーぺーですけどね……」
伊藤「やっぱ何よりも怖くてヤバい映像撮りたい、みたいな野望あるんですか」
北川「もちろんそれはあります。けど僕、自分の映像で誰かに希望あげたいんです」
言いながらのり弁を手に取り、買い物カゴに入れる北川。
伊藤「は? ホラーとか化け物とかで?」
北川「ええ、そういうので。ホラーって嫌う人も多いけど、ホラー見て救われることって絶対あるんです。自分がそうでしたから」
伊藤「はあ……」
北川「うち貧乏で、学校でもぼっちだったんですけど。こっそり見てたホラー映画にいつもワクワクして。あのころ毎日生きるの楽しかったんです」
伊藤「それで自分も作ろうと思ったってことですか。へえ……」
素直に感心している様子の伊藤。
北川「あ、現在進行形で怖い目に遭ってる人に言うことじゃなかったですね」
伊藤「いえいえ、頼りになります」
伊藤ものり弁を手に取る。
■伊藤のアパート・室内(夕)
カーテンのない窓が視界に入るように、固定カメラをセットしている北川。所在なさげに立っている伊藤、クッションを手渡して。
伊藤「狭いですけど」
と、テーブルを挟んで座る。
北川「ああ、ありがとうございます」
北川もクッションを敷いて座る。
北川「あとは夜を待つだけ、ですね。腹減ってたらさっきの弁当食っちゃってください」
伊藤「じゃ遠慮なく」
× × ×
固定カメラ視点。
黙々と弁当を食べる北川と伊藤。
北川「あの、手がかりというか思い当たることってないですか」
伊藤、淡々と噛んでいたものを飲み込み。
伊藤「孔雀見えるきっかけですか。ないですよ、今回以外だと、リアルで見たのも何回かだけだし」
北川「孔雀なんて動物園でしか見ないですよね……他に生活が変わったりとかは?」
伊藤「ないすよ。俺、家族もいないですし変化もないです」
北川「え……?」
伊藤「両親は俺が小さいころ事故で亡くなっちゃって。それからはじーちゃんに育ててもらってたんですけど、そのじーちゃんも五年前に死んじゃいました」
北川「えっと……奥さんとかは……」
伊藤「アラサーのフリーターですよ? 家庭持つ余裕なんかないです」
北川「…………」
伊藤「何にもないんですよね、俺。孔雀が来る意味も、生きてく意味も」
伊藤、弁当を食べ終えてペットボトルの麦茶を飲んでいる。
気まずい北川。
× × ×
夜になり、時を待つ北川と伊藤。
二人ともスマホをいじりながら、チラチラと窓の外を見るが何も起きない。
× × ×
さらに時間が経過し、夜。
北川「……来ないですね」
伊藤「……そうですね。でも毎晩必ず来るんで、ねばってたら必ず……」
ハッと目を見張る伊藤――窓の外を凝視。
伊藤の視線に気づいた北川が、カメラを構えて外を見る。
ハンディカメラ視点。窓の外、夜の闇の向こうで、孔雀がこちらを見ている。
北川、窓を開ける。
孔雀はただ立っているだけ。
感情の感じられない、鳥特有の顔。丸く真っ黒な瞳。
静かだが、異様な雰囲気である。
北川「出た……本当に……!」
伊藤「言ったでしょ……! でも、いつもこうして見られているだけで……」
北川、突然カメラを構えて窓に足をかける。
伊藤「ちょっ……北川さん!?」
北川「捕まえてきます! あれじゃ本物かどうかもよくわかんないから!」
伊藤「つ……捕まえるッ!?」
■駐車場(夜)
転げるように外へ飛び出る北川、ゆっくりと孔雀に近づく。
間近でアップになる、孔雀の無表情。
北川「何者なんだ、お前は……? 本当にただの孔雀か?」
黙っている孔雀。
刹那、孔雀が首をもたげて声をあげ、極彩色の羽根を一気に広げる。
北川「!!」
その迫力に仰け反る北川。
すると孔雀は踵を返して飛翔、駐車場から出て住宅街へと逃げていく。
北川「(慌てて追いかけ)おい、待てッ!」
■住宅街(夜)
迷路のような住宅街を走る北川。
カメラを右に、左にと振るが誰も見えない。
だが一瞬、曲がり角の奥に孔雀の尾らしき影が見える。
慌ててそれを追う北川、荒い呼吸。
曲がり角に辿り着きカメラを向けるも、誰もいない。
困惑しつつゆっくりカメラを持って振り返る。
するとなぜか、未知の奥の曲がり角に、孔雀の尾がちらりと見える。
北川「な、なんで……!?」
呼吸を整え、追いかける北川。
角を曲がると――羽根を広げた孔雀が、こちらに向けて飛翔してくる。
北川「わああぁッ!」
飛び上がる孔雀の鋭い足爪が、北川の頬を切り裂く。
血がしたたる北川だが、その瞳はもう怯んでしない。
そのまま逃げていく孔雀。
北川は、悔しさに唇を噛む。
北川「クソ鳥公が……人間なめてんじゃねーぞッ!」
意気込んでさらに追いかける北川。
孔雀が、公園の中に入っていくのが見える。
■公園(夜)
北川、孔雀を追って公園に入り、周囲をカメラで見る。
北川「出てこいッ! 大人しく出てこねーと、羽根むしって唐揚げにしてやるぞッ!!」
だが、公園内は静まりかえっている。
響くのは北川の息だけ――
と思いきや。
キイキイと、ブランコが揺れる音。
北川「……ん?」
怪訝そうに北川が向かうと、ブランコに無表情の少年が座っている。
実はファミレスにもいた少年だが、北川は気づかない。
北川「おい君。この辺りで大きな鳥を見なかったか? ついさっき入ってきたと思うんだけど」
少年、無表情のまま、横に首を振る。
北川「そうか……凶暴な鳥だから、見たらすぐ逃げるんだぞ。それにこんな時間なんだから、早く帰りなさい」
少年「『まらくた』
北川「……え?」
少年「『まらくた』はお前を見てる」
少年、ブランコから降りてのそのそと帰っていく。
怪訝そうなまま見送る北川。
満月の下、周囲は静か。
カメラを持って見回すが、孔雀は見つかりそうにない。
× × ×
スローの確認映像。たまたま映
ったブランコの下。
少年の足下に、孔雀の羽根が数枚落ちている。
■伊藤のアパート(夜)
ドアから戻ってくる北川。
北川「伊藤さんすみません、孔雀逃がしちゃいました……」
だがそこには伊藤がいない。
開かれっぱなしの窓、つけっぱなしの照明、異様に乾いた空気。
北川「伊藤さん……?」
T『伊藤さんは、その日から消息を断った』
■残っていた映像
T『これは、固定カメラに残っていた映像の一部始終である』
北川が残していったカメラの録画映像、伊藤のアパート。窓から飛
び出していく北川。
伊藤はどうしていいかわからず、立ち尽くしている。
だが、さらにハッと伊藤が立ちすくむ。
窓の外、数匹の孔雀が現れ伊藤を見つめる。
伊藤「これは……まさか……」
伊藤、突然前のめりになり、苦しそうに嗚咽する。
伊藤「そうか……そういうことなんだな」
体を起こす伊藤、その頭部には孔雀特有の、鮮やかな青の冠羽が生えている。
すると他の孔雀達が、嘴を動かして。
孔雀A「まあ、そういうことだから……君もこっちに来る資格あるってことでね」
孔雀B「何も心配しなくて大丈夫だよん。これからは俺達で地球、支配するからさ」
孔雀C「もうひとりじゃないんです、僕達。『まらくた』に力をもらって、僕らを捨てた世界と戦えるんです」
孔雀A「行こう。『まらくた』に選ばれた者達のもとへ」
伊藤「ああ、行こう……」
カメラを見つめる伊藤、その瞳は丸く、
黒い孔雀のそれ。
伊藤「北川さん……これ、公表していいから。俺から世界への、宣戦布告」
■ビルの屋上(数日後・夕)
落ちかけている太陽、晴天。
置かれた固定カメラに向かっている、Tシャツ姿の北川。
その頬には、孔雀につけられた傷の跡が残っている。
北川「えー……伊藤さんはまだ見つかってません。あのとき撮れた動画もネットにはあがってるんですが……」
スマホ画面をカメラに見せる北川。
YouTubeらしき投稿動画のコメント欄、
「安いw」「なんで孔雀」「どこ需要?」など、白けた発言が並ぶ。
北川「本物だとは思われてないみたいです」
スマホを仕舞いながら、Tシャツを脱ぐ北川。
北川「でも俺は本物だってわかってます。自分がカメラを回してたからってわけじゃありません」
北川がカメラの前から少し体をずらす。
すると北川の背後から、北川を見つめる孔雀の姿が。
北川「あれから俺の前にも、孔雀が現れるようになりました。どうやら伊藤さんも俺も、あいつらの仲間になる条件を満たしていたようです」
じりじりと迫ってくる孔雀。
北川「けど――俺は、人間を捨てたあいつらの仲間にはなりません。わかるけど」
すっと顔を下げる北川――顔を上げると、その額には、冠羽が。
その瞳が青く輝くが、そこには勇ましくも力強い、人間の意思が宿っている。
北川「あいつらの気持ち、わかるけど、俺の」
北川の背、極彩色の羽根が広がる。
北川「俺の映像は希望だから」
近づいてきた孔雀、空高く飛翔。
北川、固定カメラを傾けて空を映す。
孔雀は急降下、北川を襲おうとするが。
北川も地面を踏みしめ、瞬時に跳躍。
蹴り上げた北川の足が、孔雀の足とぶつかり合う――衝撃、破裂するような音。
沈みゆく夕日。北川の様は人間のために戦うヒーローそのものであり、終末をもたらす天使のようでもある。
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