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脚本:見出されたもの

■蔵を改造した仕事場

薄暗い仕事場内。
作務衣姿で蚤(のみ)を手にし、仏像を掘っている青年、鴨川。その表情は暗く、芳しくない。

鴨川「駄目だ……まったくなってない」

鴨川、蚤を乱暴に投げ捨てる。

鴨川M「俺は新人の仏師として生活している。仏師とは、仏像彫りを生業にする人間のことだ」

鴨川が彫っているのは、観音菩薩らしき仏像。

鴨川M「だが今の生きかたを選んでから、納得の行く仏像を彫り出せたことはない」

座り込む鴨川、腕まくりをして自分の右腕を睨む。

その腕は所々、機械のパーツが丸見えの義手。

鴨川M「この最新式の機械義手に、責任をぶつけているわけじゃない」

   ×   ×   ×

回想、ビルの建設現場。

鴨山M「5年前まで俺は、建設現場の作業員だった」

鉄骨の上を歩いている鴨山。

誰かの声「危ない!」

ハッと鴨川が見上げると。急降下してくる、巨大な鉄骨。
衝撃による暗転。

鴨川M「あの事故で片腕を失い、この義手を手に入れて以来、俺の指や手は以前より器用になった」

  ×   ×   ×

確かめるように、義手の指を動かす鴨川。

鴨川M「仏師を目指そうと思ったのも、この義手が生み出す芸術に興味を持ったからだ。いや、義手を動かすAIの芸術――と、言うべきか」


■鴨川の自室

六畳ほどの殺風景な和室。
ちゃぶ台の前に座り、台上で開かれたノートPCを眺める鴨川。
PC上の画面で展開される、XらしきSNS。
繊細な少女イラストや、大自然を描いたAIアートの画像の羅列が流れていく。

鴨川M「芸術の分野にAIが利用されるようになって以来、AI特有のアートが多く生み出されてきた――だが」

アート画像へのリプライ的なテキストには、『魂を感じない』『ぬくもりがない』『プロが使うべきではない』『才能の窃盗』『努力したくないだけ』『無断学習』との、攻撃的な意見も。

鴨川M「AIを嫌う気持ちもわかる。しかし俺 は、俺の脳とシンクロしながら俺の想像を超えるこの義手に、可能性を感じていた」

指を見つめ続ける鴨川。

鴨川「だから納得できない問題は、義手や自分以外の部分なのかもしれない……そう」

  ×   ×   ×

作業場、腕も少なく、仏像になりかけの半端な木材。

  ×   ×   ×

鴨川「仏になるべき、仏の材料だ」


■山林

登山ルックで山の中を歩く鴨川。

鴨川M「俺の腕に見合った仏像の素材。それを俺は自分の足で探すことにした」

鴨川、疲労に息を切らせている。

鴨川M「有名な話だが、彫刻家のミケランジェロは、掘り出すべきものはすでに『石』

に宿っている。と言ったそうだ」

  ×   ×   ×

ミケランジェロの『ダビデ』像。

鴨川M「芸術家は、運命的に宿る『それ』を取り出しているだけだと」

  ×   ×   ×

鴨川M「仏像も同じだ。山川草木悉有仏。仏は宿るべくして宿り、我々を待っている……」

歩き続ける鴨川、木々を眺めているが表情は明るくない。

義手も何やらぎこちない動き。

鴨川「この森も駄目か……」

そのとき突然、義手が強烈に振動しはじめる。

鴨川「……!」

義手の人差し指が不自然にぐいと曲がり、左方向の奥を指差す。
おずおずと見る鴨川。
森林の中。巨大で真っ黒に長く、葉までが黒い不気味な木が、周囲から浮いた形でそびえている。その表面にびっしりと生える、乳白色のカビのようなもの。

キノコの菌糸である。

鴨川「――これだ」


■作業場(翌日)

伐採した木材を前に、蚤を持つ鴨川。置いてあるだけの木材から、異様なプレッシャーを感じる。菌糸は付着したままで、取り除かれてはいない。

鴨川「この独特な色合いは、キノコの菌糸みたいだな……これもこのまま使えば、新しい仏像が生まれるかもしれない……」

歯車がこすれるような機械音を鳴らし、動きはじめる義手。

鴨川「(義手を見て)気に入ったか?」

――刹那。
蚤を握った義手が、猛烈な勢いで木材を刻みはじめる。

鴨川「…………!」

困惑する鴨川。
だが、活き活きと動く義手を見ている内に、高揚した表情を浮かべはじめる。

鴨川「いいぞ……! この調子で、俺もイメージを掴もう!」

彫る、彫る、彫る。

鴨山「集中……集中するぞ……おん・しゅちり・きゃらろは・うん・けん・そわか……」

  ×   ×   ×

外は夜。

不眠不休で仏像を掘り続ける鴨川。

鴨川「とてつもない早さで、その仏は姿を表していった」

木材に沁み込んだような乳白色の菌糸。
それがまるでアメーバのように、蠕動しているように見える。

  ×   ×   ×

明くる日の鴨川、やつれながら一心不乱に掘り続ける。
傍らには数本の腕のパーツ。

鴨川「おん・しゅちり・きゃらろは・うん・けん・そわか……おん・しゅちり・きゃらろは・うん・けん・そわか……」

木材の菌糸から、無数の突起のようなものが生えている。
気づかず、彫り続けている鴨川。

  ×   ×   ×

また明くる日、居眠りをしながら掘り続ける鴨川。
義手だけが自分の意思を持ったように、元気に蚤を振っている。
傍らには、王冠を被った無数の髑髏形のパーツ。
前日の菌糸に浮かんでいた突起が、飾りのように王冠を形成している。

鴨川「おん・しゅちり・きゃらろは・うん・けん・そわか……おん・しゅちり・きゃらろは・うん・けん・そわか……!」

  ×   ×   ×

さらに明くる日の夜、鴨川は蚤を握ったまま倒れている。

鴨川M「我を忘れたかのように仏像を掘り続けた俺は、その日……」

窓から、満月の月日が差す。
その光に目を覚ます鴨川、ふと見上げる。
――月光に照らされる、漆黒と乳白色が入り混じる仏。
それは憤怒尊・大威徳明王像に似ているが、それよりもずっと禍々しい。
乱杭歯のような大量の牙、怒りに萌える複数の面、無数の腕が生え、全身に髑髏を纏っている。
歪に、あからさまに欠けている右手。
ゾッとする鴨川。

鴨川「な……なんだ……これは?」

鴨川を見下ろす、苛烈な仏像の顔。

鴨川「これは……俺はこんな、恐ろしいものを彫っていた……見い出したというのか?」

恐怖に後退る鴨川。

鴨川M「慄いた俺は、蚤を手放そうとした。この仏像を世に放ってしまったら――きっと途方もないことが起こる」

蚤から手を離そうとする鴨川。

鴨川M「だが」

鴨川の腕は、逆に蚤を握りしめる。

そしてぐんと腕を前に突き出し、仏像を求めて進もうとする。

鴨川「! や、やめろ……!」

もうひとつの腕で義手を抑え込もうとする鴨川だが、義手がその腕を強く弾く。
その衝撃で派手に転び、倒れる鴨川。

鴨川「頼む、やめて……」

しかし義手は鴨川を引きずり、仏像に向かっていく。

鴨川「やめてくれッ……!」

すでに別の生き物のような動きの義手。
そのまま義手は力任せにぶちぶちとゴムの拘束を破り、仏像に向かっていく。

鴨川「な……」

芋虫のように這う義手が、自ら仏像の体を登っていく。
愕然と見ている鴨川。
義手が仏像の体に、付け根を押し付ける。
すると、まるで元からそうだったかというように、義手が仏像の右腕として接合。
さらに仏像の全身が律動しはじめる。
無数の、乳白色の巨大なキノコが――
仏像の全身を菌床として、急速に成長している。
異様な仏、勝手に動く義手を、蠢く触手のようなエノキ状の長細いキノコが少しずつ動かす。

鴨川「何が起きているんだ……!?」

仏像の額、瞳がカッと見開かれる。
その目が鴨川を冷徹に見下ろす。
絶叫する鴨川。
仏像が怯える鴨川に、覆いかぶさろうとしている。

鴨川「うわあああああああ!!」

弾けるように、作業場を飛び出す鴨川。

鴨川M「俺は必死に、自分の仏像から――自分の腕から逃げた」

■田舎の道路(夜)

闇夜の中、もつれる足をなんとか動かし、汗だくで走り続ける鴨川。後ろを向くと、キノコの触手をキャタピラのように動かし、全身キノコの仏像が追いかけてくる。
ゾッとする鴨川。

鴨川「なんだ……! なんなんだ、あれは!」

角を曲がり、電信柱を見つける鴨川。
咄嗟に電信柱に隠れ、息を潜め、まぶたを閉じる。
うねうねと蠢くキノコと仏像が、通り過ぎていく。
ホッと息を吐く鴨川。
その頬に、細いキノコの傘がぬめりと触れる。
恐怖に息が止まる。
そっと開かれる、鴨川の目。
妙に官能的な仕種で、キノコが鴨川の頬から唇まで動く。
絶望に震えながら、見上げる鴨川。
頭上、電信柱にキノコと義手を絡みつかせて、仏像が鴨川を見つめている。声も出ない鴨川――闇。
その意識に、緞帳が落ちる。

鴨川M「俺が目覚めたのは、朝になってからだった」

  ×   ×   ×

朝日の下、通りがかったトラック運転手から心配そうに起こされている鴨川。

鴨川M「生まれたばかりのあれは、俺に何をしたかったのだろう」


■森林(翌日)

やつれた顔、片腕で彷徨する鴨川。

鴨川M「翌日、作業場を見に行ってみると、仏像も義手もなくなっていた」

  ×   ×   ×

朝日を浴びる、空っぽの作業場。

  ×   ×   ×

鴨川M「そして俺は、あの木を伐採した森に赴いたのだが……」

鴨川、かつて伐採したはずの木の近くへと辿り着く。

だがそこには無数の、沈黙する木々がただあるのみ。

鴨川M「そこには切り株すら残っていなかった。あの木材に付着していたキノコの菌糸の面影もない。俺は本当に、ここであの木を見つけて伐採したのか……?」

唖然と森の奥を見続ける鴨川。

鴨川M「あの木が、自分を彫り出す誰かを待っていたのか……」

片腕だけになった自分を見つめる鴨川。

鴨川M「それとも俺の義手――人とは異なる知性と、あの菌糸が結託して、新しい仏になることを求めたのか」


■田舎の畔道(夜)

満月に照らされる闇。

鴨川M「今となっては、何もわからない」

機械の義手を剥き出しにし、全身のキノコを引きずるようにして、のそりのそりとあの仏像が歩いている。

鴨川M「あの仏像が、これからどこに行くのかも……」

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