居眠り猫と主治医 ㉘夏目先生のお料理教室 連載恋愛小説
次の日、スーパーに寄って手巻き寿司の材料を買いこんだ。
「あ。初デートだ」
「どこが」
昨日の彼はどこへやら、すっかりクールな夏目祐に戻ってしまっている。
おぼつかない手つきの文乃に業を煮やし、祐が包丁を取り上げた。
「刺身があとかたなくなる」
刺身包丁でなくても二回に分けて引くように切るといいと、職人技を見せてくれる。
文乃は卵焼きをねだって、その魔法のような箸さばきに目を丸くし、料亭並みの味だと絶賛した。
***
満を持して、得意料理を披露する。
こころを救ってくれた甘酒ミルクの恩返しが、やっとできる。
「ツナマヨかよ」
「ただのツナマヨではございません」
隠し味に、かつお節とケチャップを入れて、うま味アップ。おむすびにもぴったり。
うまいじゃん、と言われて破顔する。
「はじめてほめられた…」
祐がお父さんだったらよかったのに、とふと思う。
「そしたら、もっとまともな人間に育ちそう」
名を呼ばれて見上げると、彼は神妙な面持ちをしている。
「かわいい」
目をぱちくりさせてしまった。
自分の良さをわかっていないから、これからはポジティブなワードを浴びせるという。
***
照れ隠しに、彼の好きなところを教えてあげた。
「几帳面、説教くさい、要領がいい、裏表激しい」
「あきらかに悪口だろ、それ」
しかも、核心を突いているのが腹立たしいらしい。
もうすこしひねって、ピンポイントで考えてみた。
「料理の手さばき、診察のときの鋭い目、動物にかけるやわらかい声、
子供みたいな寝顔。これでどうだ!」
唐突に腰を引き寄せるから、洗っていた大葉がぺたりとシンクに落ちた。
「…包丁持ってる」
「あーうん」
食前のキスは、なんだか妙な気分になる。
(つづく)
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