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「神様格付け公社――神の労働も義務ですから(小説新人賞最終選考落選歴二度あり、別名義、別作品で)」14

 それからふたりは最寄りの地下鉄の駅に向かい、乗車して五駅目で降車し目的地に向かった。足を運んだのは東木塲、今どきの住宅地と昔ながらの風情の残る風景が同居する町だった。  駅からさほど遠くない場所に武豊神社はあった。大きさはそれほどでもない。  境内に人影はひとつ、巫女服の少女のみだ。 「やあ、美和さん」  児玉が巫女に向かって挨拶する。  それに巫女が挨拶を返した。その視線が淳に止まる。 「こちは査定官の五十嵐淳さんです」  児玉の紹介に淳はかすかに緊張する。  査定官とい

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      「違う、違うって普通にバイトしてるって」 「バイトってなに」  答えを得ても疑いを拭いきれず美森は言葉を重ねた。 「コンビニ」  返ってきたせりふに、美森は想像力を働かせる。あの魅力的な笑みで接客をする弟に、頬を赤めたり目を潤ませる女性が続出する光景が脳裏に浮かんだ。きっと、そのうちまたトラブルが起こるだろう。 「接客業禁止」  美森は無情にも弟に言い渡す。 「ええ、でも女性店長にも『ずっとここに居て』って言われてるし」  手遅れだったか――慌てる弟を傍目に美森はこめかみを押

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        「どうしたの?」  美森はけげんな思いでたずねた。 「聞いたことあるような気がして思い出そうとしたけど」  ここまで来て出てこない、と彼は喉元を手刀で示す。 「ああ、あるよね」  美森は得心顔でうなずいた。 「とにかく、気をつけろよ」  貴文が、ふいに真剣な声で訴える。 「大丈夫だよ、ガイドがいるし」  美森の言葉に、いや山には注意が必要だ、と従兄は告げた。 「ちょっとした油断で命を落とすこともある。何か異変を感じがら、すぐにガイドを頼れ」  何だか、ちょっとくどい。 「まさ

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          ● ● ●  神様格付け公社への非正規雇用の話は人材難ということもあってまたたく間に話が決まった。  やがて、監督官と淳在住の最寄の場所にあるのコーヒーショップで顔を合わせることになった。  約束の時間に店に行き、注文したアイスコーヒーのグラスを手に店内を巡った。それっぽいスーツの相手の襟を観察し目撃の人物を探す。  いた――鳥居を模したピンバッジを身につけた柔和な顔立ちの中背の男性が店の一角の席で静かに本を読んでいた。  こちらの視線に気づいて相手が目線をあげる。目が弓

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          「不器用女子とぶっきら猟師のお仕事(小説新人賞最終選考落選歴二度あり、別名義、別作品で)」10

           美森との関係は、母方の従兄になる。  常に笑顔だが、常に目が笑っていない。かといって、不機嫌ということもなく、感情というものが希薄という印象の男性だ。  その貴文と、美森は夕食をともに摂っている。場所は、美森は何だか馴染めない感じのするオシャレな感じのイタリアンだ。席は貴文が妙にそこにこだわって、壁際、中央で全体を望める席についた。 「フィールドワークか。いいね、楽しそうで」 「別に、遊びでキャンプに行くんじゃないよ」  子どもぽくフォークをふりまわす従兄に、美森は眉をひそ

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           と、そこで床を突き抜けて雅が姿を現す。 「彼は左衛門尉さん、さっきそこで出会ったの。初めてお侍さんに出会ったからあなたにも紹介しようと思って連れてきたの」  彼女の発言で何が起きているか理解できた。  いや、紹介なんていらないから――ただ不可解なのはなぜ、自分に侍を紹介しようと雅が思ったかだ。 「ほう、まことにそれがしが見えるようだな、小僧」  甲冑武者が感心したような口調で告げる。  完全に目が合ってしまったから言い訳も困難だった。  授業中だからどっか行ってくれませんか

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          「どう、青春してるか、少年」  今日は爽やか教師路線なのか、姿を現した雅が白い歯を見せて笑った。  ええ、ですから安心してどっか行って下さい――。 「まあまあ、そう言わず私の相手に任命するわ」  淳が厄介払いをするがあえなく拒否されてしまう。  小さくため息をつく。と、そこで担任教師と目が合った。  虚空に目をやっていたと思ったらため息をつく、その一連の行動をどうやら見られたようだ、担任教師は口角のあたりを引きつらせながら、 「五十嵐、話聞いてたかー」  と取って付けたように

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              3  朝のショートホームルーム前の時間、教室は喧噪に包まれていた。そんな中、淳の友人の後藤工が一際大きな声をあげた。 「マジか、淳」 「声が大きい」淳は慌てて工に人差し指を口に当ててみせる。  つい最前、工に査定官になることに決めたと告げたことへの反応が今の大声だ。  公社にかかわる人間は公平性の観点からなるべく仕事にかかわることを外に漏らさないように求められる、そのため淳は工を注意したのだ。  ごめん、と工は謝って後頭部を掻く。 「でも、おまえって神様を信仰してな

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          『査定官の仕事、継ぐんでしょ?』 「それも、もっと先のことだと思ってたんだけどなあ」  淳の口から泣き言がこぼれた。両親にすら明かしていない本音が、この正体不明の電話の相手には告げることができた。電話がかかってきた当初から、なぜか妙に親しみを感じていたのだ。 『でも、嫌って訳じゃないんでしょ?』  やや間を置いて相手はそう尋ねる。 「まあねえ、でも学生は土日だけっていっても休みが潰れるんだから大変だと思うんだよなあ。平日だって放課後は慣習的に活動しなきゃなんないし、必要なら学

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          「君、また飲み会で“やっちゃった”らしいじゃないか」  教授は邪気のない笑みを浮かべる。 やっちゃった、と言われてすこし思案し、不倫の件についての発言だと美森は思い至る。 「正直なところ、居心地悪いんじゃないか」教授は同情のまなざしを美森にそそいだ。 「僕もね、頑固な性格のせいで長い物に巻かれるべきところで巻かれなくて、色々と苦労したからね、方向性は違うけど世渡りが下手という点で君の気持ちが多少はわかるつもりでいるよ」 「教授」美森は思わず小さく感極まった声をもらす。やはり、

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          「でも、そういうところも含めての楽しみだから。研究もそうでしょ」 「まあ、そりゃそうだよなあ」  浮気を暴露した男子が大仰にうなずいた。 「辛いけど楽しいって、あたしたちドMかもねえ」 「うわあ、変態じゃん」  女子ふたりが笑い合う。  また、美森が理解できない領域に話題が遠ざかる。 「よーし、女王様に今度の休みは可愛がってもらうぞ」 「俺が代わりにやってやろうか」 「キショいキショい、半裸の男同士が同じ部屋にふたりきりって、ド変態じゃんか」  そのやり取りにまた笑いが場で弾

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          「最後の一押しよ、査定官になるつもりだっていうのは分かってるから」  最後の一押しか――乞われてなるほうが、そうでないよりいい気がする、淳の気持ちはそれこそ最後の一歩を決意に向けて踏み出した。 「決まったみたいね。それじゃ、今度は神社で」  一方的に訪問してきた神は、またも一方的に別れを切り出し玄関を離れ表通りに出て去って行った。  本当に俺を誘うためだけに来たんだな――そんなことを思っていると、 「淳、大丈夫か」「怪我はない」  と未だに息子が幽霊と相対していると思っている

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          「だから、小林なんて呼ばないほうがいいって言ったのよ」 「そんなこと言ったって、どうしても渕上のやつが呼んでほしいって言うから」  美森が座るのとは反対側の隅から囁き合う声が聞こえる。  聞こえないと思っているのだろうか――美森は、ああいう行為に及ぶ人間が不思議だ。ただ、その感情よりもまた空気を壊したという居心地の悪さが怖気に似た感触で体にまとわりついた。  それでも、徐々に徐々にふたたび一同は“空気”を形作っていく。その行為になんの意味があるのだろう。シャボン玉と同じでその

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          「ええ、祖父は鬼籍に入りました」  淳は告げながらも、「神様なんだから助けてくれればよかったじゃないか」という思いを抱く。神が人間の寿命を操作してはならない、というルールを知っていてもそう思わずにはいられなかった。 「そうなると、うちの神社の査定官は新しい人間が務めることになるわ。でも、知らない人と一からやっていくのは嫌だから、あなたに次の査定官をお願いしたいの」  淳は“自分”というものがない人間だ。だから、さも当然のごとく「査定官をお願いしたいの」と言われて一瞬、そういう

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          「祖父ちゃんは俺に査定官になるよう望んでたよ」 「だが、言い方は悪いが死人は死人だ。故人の考えにお前が囚われることないんじゃないか」  淳はつぶやくような声で訴える。父は眉根を寄せて告げた。  お互い間を置くように口を閉ざす。そこに玄関のチャイムが聞こえてきた。  母がインターフォンの液晶を覗き込んだ。 「あら、誰もいないわ」  怪訝そうな母の言葉を聞き、淳はソファから立ち上がって母の脇から液晶画面に視線を注いだ。 「いるじゃん、人」  淳はいぶかしげな顔で母のせりふを否定す

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          「なあ、知ってるか。こいつ、人妻と不倫してるんだぜ」  雄犬の一匹がうれしげな顔をしながら、隣りのもう一匹の首を抱え込んだ。 「おまえ、それ秘密って言っただろ」 「別にいいだろ、研究室のメンバーに知れたところで旦那にバレたりしねーじゃん」  秘密を暴露された側が顔色を変えて抗議する。が、明かした側は意に介さず薄ら笑いを浮かべている。  なにが楽しいんだろう、美森はまったく理解できない。 「最低」「ひっどー」といった声が雌犬たちから飛ぶ。でも、その顔には笑みが浮かんでいた。 「

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